第55話 ヤクモ<魔女の家>:竜乙女(1)

「では、覚悟は宜しいでしょうか?」


 と青年兵士。何故か、異様に緊張している。

 ドアをノックするだけなのに――何に覚悟しろ――と言うのだろうか?

 【観察眼】や【危険感知】に反応はない。


 それに、最も頼りになるサクラの野生の感にも反応が無いようだ。

 俺とサクラは視線を交わし、同時に頷く。

 青年兵士は了承を得たと理解し、ゴクリと唾を呑み込んだ後、ドアをノックした。


 返って来たのは――


「はぁーい♪」


 という若い女性の――いや、少女の声だ。

 緊張が少し緩んだサクラに対し、青年兵士は額に汗を浮かべている。

 それはそうだろう。こんな森の奥に、子供が住んでいるとは考え難い。


「お待たせしました」


 そう言って、ドアから顔を覗かせたのは、美しい少女だった。

 銀色の髪に灰色の瞳だったため、シグルーンを連想させた。


 こちらを警戒しているのだろうか?

 完全に外には出て来ず、ドアから顔だけを覗かせている。


「突然の訪問、申し訳ありません。ま、<魔法使い>殿はご在宅でしょうか?」


 そう言いながら、青年兵士からは――居て欲しくない――という感情が駄々洩れだった。少女は、


「お姉ちゃんですか?」


 と首を傾げ、考える素振りをする。



 ――【警告】彼女は嘘を吐いています。



 同時に、その瞳に赤い光が宿ったのを俺は見逃さない。


「悪いな」


 そう言って、俺は青年兵士を後ろに引き倒した。

 青年兵士は尻餅をつきながら、


「ゆ、勇者殿⁉ な、何を……?」


 戸惑う青年兵士。俺は無視をして、


「『誘惑』の魔法――【テンプテーション】――と言ったところか?」


 少女に――いや、少女の振りをしたソイツに、俺は問い掛けた。


「何のことですか?」


 惚ける少女に対し、


「て、【テンプテーション】!……そ、それって、異性を操る魔法ですか⁉」


 と食い付いたのはサクラだ。


「そうだな……異性を魅了し、操る魔法だ」


 俺の説明を聞くや否や、


「是非、教えてください‼」


 サクラは少女の両手を掴み、ブンブンと振り回す。


「????」


 訳もわからず、身体を揺さぶられ、茫然とする少女。

 サクラの言動に思考が追い付かないのだろう。

 だが、サクラが何を考えているのか――俺は理解した。


「待て、サクラ……お前、その魔法――俺に掛ける気だろう!」


 サクラの肩を掴む。


「はい! その通りです☆」


 一切悪びれることなく、真顔で返したので、頬を抓っておいた。


「い、いひゃいれす……」


 サクラは少女の手を離す。

 少女は暫し、茫然としていたが、漸く状況を理解したのか――クスクス――と笑い出した。その表情は先程までとは違い、何処か妖艶で大人びている。


「ゆ、勇者殿?」


 一人、状況を把握できていない青年兵士は、キョトンとした顔で尻餅をついたまま動けずにいた。俺は一呼吸置くと、


「彼女が<魔法使い>殿――いや、この森の『魔女』だ。恐らく、【テンプテーション】の魔法を掛けて、追い返そうとしたんだろう……」


 もし使われたとしても、俺とサクラには効果が無い――だが、青年兵士は素直に言うことを聞いた――ことが予想できる。


「理解できたか?」


 手荒なことをしてすまなかった――と俺は青年兵士に手を差し伸べ、立ち上がらせた。一方、『魔女』は――フフフ――と笑う。


「久方振りの客人で、誰かと思えば勇者様とはね――まぁ、結界が破壊された時は焦ったけど、通りで……」


 何やら楽しそうだ。サクラのことが気に入ったのか、一瞥した後、


「思ったより、面白いことになりそう……」


 そんなことを呟いた。少女――いや、『魔女』は口調をガラリと変えた。

 『面白い』とは言いつつも、詰まらないモノを見るような目付きで、自分の指先を見詰める。


 青いエレメントの光が、鬼火のように揺らめいている。

 恐らく、青年兵士には見えていないのだろう。

 だが、『何か』あることは、感じ取れたようだ。


 一歩、後退ると同時に、今度は足を踏み外し、階段から転げ落ちた。


「大丈夫ですか?」


 とサクラ。青年兵士を心配して屈み込む。一方で、


(この『魔女』――今のは計算してやったな……)


 そう考え、俺は睨んだ。


「そんなに見詰めないで……恥ずかしいわ♥――アタシだって、何もしていないのに怯えられたら、傷つくんだから……」


 頬を抑えたかと思えば腕を組み、プイッとそっぽを向く。

 ふざけているのか、それが本性なのか、今一判断が難しい。


「それで、勇者様は何の用で……フムフム」


 『魔女』は精霊とでも会話をしているのだろうか?

 仮に『微精霊』と呼ぶことにしよう。光の粒が『魔女』の耳元に集まっていた。

 俺が契約している<剣>の精霊や<力>の精霊とは、明らかに異なる。


「なるほど、勇者様が来た理由はわかったわ――そこの兵士、貴方はもう帰っていいわよ」


 『魔女』は――しっしっ――と手を振る。


「し、しかし……」


 任務には真面目なのだろう。青年兵士は言い返そうとするが、『魔女』に威圧され、言葉が出て来ない様子だった。


「勇者様の面倒はアタシが見てあげる……アタシの機嫌がいい内に帰りなさい――目障りよ!」


 『魔女』はカッと目を見開く。その瞳はまるで蛇のようで、俺は爬虫類を連想した。恐怖は先程のエビルヴァイパーの比ではない。

 顔が真っ青になった青年兵士は、見ていて流石に気の毒になった。


 俺は『魔女』と青年兵士の間に立つと――大丈夫だ、帰っていいぞ――と首を動かし、目で合図した。青年兵士は理解したのか、


「わ、わかりました! そ、それでは勇者殿、ご武運を……!」


 敬礼をした後、彼は逃げるように駆け出した。

 やれやれ、最後まで真面目な奴だ。


(あれは長生きできないな……)


 確か、狐坂が――戦場では真面な奴から死んで行く――と言っていた。


「あっ、ご苦労さまでしたー! 気を付けて帰ってくださーい!」


 とサクラ。手を振り見送るが、恐怖に駆られた青年兵士には、果たして聞こえているのだろうか?


「で?」


 俺は『魔女』へと向き直る。


「いやぁん♥」


 『魔女』は急にキャラを変えて来た。

 何だか、ロリババア――いや、自分の母親を彷彿させるので腹が立つ。

 一方、そんなことはお構い無しに、


「あのっ、是非、わたしに魔法を――」


 詰め寄ろうとするサクラの動きを、『魔女』は片手で制すと、


「待って、詳しい話は中でしましょう――でも、男の子を家に居れるのは初めてで緊張するわ……」


「わかります! わたしも二人きりの時はいつもドキドキしています! いえっ、わたしとしては、いつでもウェルカムなのですが、やはり初めては、優しくして欲しいモノです……」


 何だろう――この二人、凄く疲れる。

 俺は、青年兵士と一緒に帰らなかったことを後悔した。

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