第五章 魔王少女は傷つかない

第54話 グレン<神殿>:研究棟(1)

「あ、レンレンだ」


 レンレン? 聞き覚えのある声に、オレは足を止めた。

 振り向くと、赤い髪の少女が駆け寄って来た。


「やあ、鹿野さん」


 本来なら、他人の名前を覚えるのは苦手だが、彼女はインパクトが強かったので覚えていた。


「あはは、あーしとレンレンの仲だから、ユアっちでいいのに……」


 そこまで仲良くなった覚えは無いが、愛果もお世話になっているようなので、合わせておこう。


「わかったよ。ユアっちさん」


「ぷふー、ユアっちさんだって!」


 どうやら、彼女の琴線に触れたようで――にっしっし――と笑う。


「で? レンレンっていうのは、オレのことかい?」


「そうだよ。アイカっちから聞いたんだけど、紅蓮って名前なんでしょ――あーしの髪と同じっしょ」


 そう言って、彼女は自分の髪を摘まんで見せた。


「綺麗な色だね」


「あは♥ もー、綺麗とか言われちゃったしぃ……レンレン、あーしのこと口説いてんの?」


 いや、全然そんことは無い。


「そうそう、昨日、知りたがっていたことを少し調べてみたよ。使えそうな薬草なら、向こうの植物園で栽培しているみたいだから、貰ってくると――」「マジで!」


 そう言って、簡単なメモを彼女に渡そうとすると、言葉を遮られる。


「ありがと♥ 仕事のできる男ってヤツ? 一緒に行こっ」


「え⁉ おいっ」


 愛果を迎えに来たのだが、鹿野少女に手を取られ、引っ張られてしまう。

 まぁ、確かに、彼女一人に任せるのは問題があるのかも知れない。


「あーし、バカだから、こういうの苦手で――レンレン、一緒に選んでよ」


「あまり、自分を卑下するモノじゃない」


 オレが立ち止まると、当然、手を引いていた彼女も足を止めた。


「少なくともキミは、皆のために頑張っている。誰かのことを考えて、行動している。そういう人間を、オレはバカだとは思えない」


 バカは、つい数日前までの自分だ。娘のためと言い訳をして、愛果に寂しい思いをさせて、周りに気を遣わせ、結局、すべて自分のためだった。


 妻を亡くし、娘を助けられないことから逃げていた自分を許せない――そんな気持ちがあったからだろうか。余計なことを言ってしまった。


 彼女は一瞬、呆けた顔をして――あはは――と笑った。


「レンレン、ヤクモっちと同じこと言うー。あーし、こんなキャラだから、しょーじきぃ、どうしていいかわかんなかったのね。でも、ヤクモっちが、あーしに助けてくれって、自分は人の気持ちを考えるのが苦手だから、あーしに手伝って欲しいって、ウケるー」


 彼女の瞳に涙が浮かぶ。


「泣いているのか?」


「泣いてないし、これ、ただ嬉しいだけだし」


 泣いているじゃないか。オレは彼女が落ち着くのを待って、薬草を管理している植物園へと向かった。まずは練習が必要だと思い、失敗してもいいように、数が多く、使い勝手のいい品種を選び、彼女へ渡した。


 運ぶのを手伝った方がいいか――と思ったが、勇者には<EX魔法>【アイテムボックス】が使えるらしく、その必要は無かった。


(便利なモノだ……)


 クイクイ――と彼女はオレの袖を引っ張った。

 先程までとは打って変わって、しおらしい態度だ。


「また、手伝って貰ってもいい?」


 何だ。普通に話せるではないか――

 オレが――ああ――と答えると、彼女は――にっしっし――と笑い、


「約束だかんね。今日はありがとー」


 そう言って、嬉しそうに駆けていった。

 調子を取り戻したのか、口調は元に戻っている。

 さて、オレも愛果を迎えに行かなければ――急いで向かおう。


 少し駆け足になっていたが、途中の廊下で愛果を連れた鷲宮少女の姿を見付けた。

 オレは声を上げ近づくと、まず、息を整えた。

 待ってくれ――のジェスチャーをする。


「こちらが遅れた上、娘を連れて来て貰って、本当にすまない。碧さん」


 オレは頭を下げる。

 苗字が所長と同じ鷲宮のため、オレは彼女を名前で呼ぶことにした。

 当然、彼女にも了承を取っている。


 今は、その所長が研究室を立ち上げるということで、全員駆り出されていた。

 オレは――娘を迎えに行く――という口実で抜け出して来たのだ。


 流石に、体力作りの後だ。

 今日は現場の下見と簡単な清掃のみを行う。

 人手は要らないだろう。


「いいえ、愛果ちゃんのお世話なら、いつでも――それに今は、サクラちゃんもヤクモも居ませんし……」


 そう言えば、神殿から出て、冒険をしているのだった。


「心配かい?」


 元気が無いようなので質問してみると、彼女は首を横に振る。


「今は、ここに居ない方が安全です」


 どういう意味だろう。喧嘩でもしたのだろうか?


「君は付いて行かなくても、良かったのかい?」


「誘われたけど――断りました。私には、やるべきことがありますから……」


 そう言った彼女の表情は、少しだけ思い詰めているように見えた。

 少し前までの自分を思い出す。


「まぁ、娘が世話になっている。オレで手伝えることがあるなら、協力するから言って欲しい――」


「ありがとうございます」


 彼女は微笑んだ。


(なるほど、同年代にこんな女子がいたら、好きになってしまうかも知れない)


 クラスの男子からは、さぞかし人気があるのだろう。

 彼女が所長に用事があると言うので、オレたちは一緒に研究室へと向かった。


「ところで、話は変わるが、君は武術をやっているらしいね――所長から聞いたよ……」


「父から……ですか?」


「ああ、この世界では役に立ちそうかな?」


「そうですね……私には止めたい人がいるんです」


 やはり、何か思い詰めている様子だ。


「それは月影くんや犬丸さんには、手伝って貰えないのだろうか?」


 彼女は再び、首を横に振ると、


「私が一人で、やらなければならないことなんです……」


 そう言われると、それ以上のことは聞けなくなる。

 そんな話をしている内に、目的の場所へと着いた。

 明日から、ここが研究室になるのだが――


「――あれ? 暁星さん……所長、見ませんでしたか?」


 研究員の一人に声を掛けられる。


「何だ……折角、娘さんが会いに来たのに、所長は居ないのか?」


 どうやら不在らしい。人も少ない。機材でも取りに行っているのだろうか?

 そう言えば昨日、食堂で所長に声を掛けられていた彼の姿も見当たらない。


 部屋に居る連中は、午前中の疲れが残っているのだろう。

 掃除が終わったので、適当に休んでいる。


「すまない。碧さん」


 オレが謝ると、


「いえ、父には何時でも会えます。私はこれで失礼します。じゃあね、愛果ちゃん」


 他の研究員たちに釣られたのだろうか、うつらうつらしていた愛果だったが、はっとして、鷲宮少女を見上げる。


「お姉ちゃん、行っちゃうの?」


 と上目遣いをする。我が娘ながら可愛過ぎる。


(何て、末恐ろしいんだ……)


「ゴメンね。愛果ちゃん……でも、私も強くならなくちゃいけないんだ――」


 そう言えば、勇者には訓練もあるのだ。


「何だか、時間を取らせてすまない」


 再び、オレが謝ると、


「いいえ、私が好きでしていることですから……じゃあね」


 そう言って、彼女は愛果に手を振り、一礼して去って行った。

 どういう訳か、オレはその背中に亡き妻の姿を重ねた。

 彼女もまた、無理をしているのかも知れない。

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