第53話 ヤクモ<魔女の森>:探索(2)
「でも、良かったんですか?」
神妙な面持ちをするサクラの問いに――何がだ?――と俺は聞き返す。
「わたしに付いて来たことです……」
珍しく殊勝な態度だ。
正直なところ――後一週間は様子を見てから――と思っていたのは確かだ。
だが、クラスの連中とは別行動を取る予定だったので、口実が欲しかったのも事実だ――
「俺は自分で決めて、自分で考えて行動している。サクラのことが心配で、大切に思うことが間違っていると言うのなら、直ぐに帰るさ」
サクラの大きな瞳が、一層大きく見開かれる。
「いえ、間違っていません! 嬉しいです☆ はっ、これはもしかしてツンデレという奴なのでは……本当は、わたしのことが大好きなんですね!」
いやぁ、照れますねぇ~――と途端に頬を染め、笑顔になるサクラ。
(切り替えの早い奴め……)
しかし、ここまで好意を抱かれる理由に心当たりがない。
色恋沙汰は苦手な――と言うより、慎重に成り過ぎていたようだ。
今一、乗り気になれなかった面もある。
(きっと、美鈴姉のことも原因の一つだろう……)
あの日、俺がまだ小学生だった頃、家に帰ると、二階から――バカァ!――という女性の大きな声と、ポットが降って来た。空だったから良かったものの、大きな音を立て、壁と床を凹ませた。そして、一人の女性が駆け足で降りて来て、通り過ぎた。
――泣いていた。
それが、俺と美鈴姉との最初の出会いだ。
当時。美鈴姉は俺の兄と付き合っていた。
その兄と俺は、血が繋がっていない。母が再婚したためだ。
あの時の兄は、複数の女性と同時に交際していて、変な手紙など、よく投函されていた。今考えると、義母が『桃月胡桃』だったことが原因だとわかる。
美少女顔負けの愛らしい女性と一緒に暮らしているのだ。
余程、魅力的に映ったのだろう。兄は義母に恋をした。
そして、その感情を紛らわすために、複数の女性に手を出した――と考えたなら合点が行く。
兄は真面目で優秀な人間だった。だが同時に、未成年でデリケートだった。
義母への恋慕に狂ってしまいそうになるのを必死に堪えていたのだろう。
女性に不自由しなかった――というのが一番の原因かも知れない。
言い寄って来る女性と、片っ端から交際していた。
結局、義母より魅力的な女性は居なかったようだ。
まぁ、今は落ち着いているので、自分の中で結論が出たのだろう。
俺はどういう訳か、あの後、美鈴姉に目を付けられ、弟のような、子分のような扱いを受け、今に至っている。
いや、都合のいい『おもちゃ』だろうか?
あの時、心配して、美鈴姉に忘れ物を届けに行った俺も悪い。
取り敢えず、元の世界に戻った際には、読書のレパートリーに『少女漫画』と『ロマンス小説』を加えるとしよう。
俺はサクラに、
「何、バカなことを言っている……まぁ、現状問題があるとすれば『靴』だな」
と告げる。当然、サクラは足元を見た。
「結局、初期装備のまま来てしまった――わかっていると思うが、この『靴』は、長時間歩くのには向かない」
神殿や街中を歩くのなら兎も角、整備されていない森や山道なら猶更だ。
次の『勇者会議』では、新しい『靴』の作成を提案する必要がある。
責任者には、陸上部の智田が向いているだろう。
――走ることへの拘りと情熱では、彼が一番だ。
(会議の前に、根回しをしておかなければ……)
「確かに! これでは直ぐに、足が痛くなりますね」
「トレッキング用、ハイキング用、ランニング用など、用途ごとにいくつか『靴』を選びたいところだな。その上で、防御力は勿論だが、防水加工など、色々と工夫が必要だ」
魔物の血は落ち難いと聞く。
また、臭いが付くと他の魔物を呼び寄せる可能性もある。
防水加工にすれば、汚れ難く、洗い易くなるだろう。
「流石はヤクモ……準備に余念がありません☆」
「基本戦術として、『たたかう』よりも『にげる』を推奨しているからな……『靴』は重要なファクターだ。それに数で戦うのなら、機動力が重要になってくる。そうなると問題は素材集めだが、先発組がその重要性をどの程度理解してくれているかが問題だな……」
「はぅ、ゲームに詳しいですねぇ」
サクラは腕を組み――うんうん――と頷く。
「いや、ゲームではなく歴史だな……」
俺の知る限り、『靴』に拘るゲームは知らない。精々、アクセサリーで装備すると素早さが上がったり、浮遊状態になったり、雷のダメージを半減するなどの効果があるくらいだ。
「スポーツ選手なら、専用の『靴』を履くだろ? 毎年のように最新モデルが発売されている筈だ」
オリンピックのマラソン足袋が有名だろう。裸足でゴールした話があった筈だ。
ちゃんとした『靴』を履かないと、大変なことになる。
「ダンジョン攻略や旅をする上で、『靴』選びは重要になる。機動力と持久力が増すということは、戦術が広がり、取れる手段が増えることに繋がる」
「なるほど……」
「サクラも体術が基本なら、どういう『靴』がいいか、考えておくといい……」
「そうします☆」
サクラはにこりと微笑んだ。
(まぁ、その『靴』で相手の頭蓋を砕くことを考えると、少し寒気がする……)
神殿に戻る機会があれば、猿渡さんと狐坂、それに猫屋敷さんにも相談しよう。
猿渡さんからは、付与されていると嬉しい効果を――
狐坂からは、軍靴に使用されているギミックを――
猫屋敷さんからは、素材集めから制作までの工程を――
俺は皆の意見を取り纏めるだけ――言うなれば中間管理職に近い。
尊敬の眼差しを向けて来るサクラには悪いが、リーダーとは名ばかりだ。
「ところでヤクモ。聞いていいですか?」
「何だ?」
「鮎川先生のことです」
(美鈴姉のこと?)
「どういう関係なのですか?」
「ああ、別に隠している訳じゃないが、教師と生徒だからな――変な噂が立って、問題になると困るが――まぁ、サクラにならいいか……」
「ありがとうございます☆」
俺は――秘密にしてくれよ――とサクラに耳打ちした。
「美鈴姉は、兄さんの元カノで、俺が小学生の頃からの顔見知りだ……」
「そうだったんですね。でも、それにしては仲がいいです」
「それは――おい、アレじゃないのか? 目的地は……」
別に話を逸らした訳ではないが、建物の屋根らしきモノが見えたので、指差した。
「あ、本当です! 屋根が見えました!」
とサクラ。その言葉に、青年兵士も目を凝らし、
「そうですね……あれが<魔法使い>殿の家です!」
と答える。どうやら、漸く目的の場所に辿り着けたようだ。
この国でも五本の指に入る<魔法使い>らしいのだが、王宮に仕える訳でもなく、一人で森の奥に住んでいる――
どういう理由かは定かではないが、出立前に神官長からは――会うことは勧められません――と言われた。
だが、そうなると俄然会いに行きたくなるのが、『犬丸咲良』という少女だろう。
『押すな』と書いてあると、ついボタンを押したくなるタイプだ。
ダンジョンへ一緒に行く場合は、注意しなければならない。
――よって、サクラには細かい説明をしていない。
凄い<魔法使い>がいる――その程度の説明で十分だろう。
「それにしても、いきなり訪ねて驚かれないでしょうか?」
とサクラ。今更だが、当然の疑問である。
まぁ、その時は俺が説得すればいいだけの話だ。
寧ろ、色々な意味で、サクラから目を離す方が危険だ。
「それについては、問題ないと思います」
とは青年兵士。やけに自信がある様子だ。
何か知っているのだろうか?
「会う気がなければ、魔法を掛けられ、森を彷徨ことになります。無事、辿り着けたということは、会ってくれるということですよ!」
(うん、それ……俺が結界を破壊したから来ることができた訳で――)
多分、向こうには会う気が無いのだろう。
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