第52話 グレン<神殿>:食堂

 訪れる度に、改善箇所が見受けられる。

 その原因はやはり、『熊田亜璃子』という少女だろう。

 質素一辺倒だった食事が、栄養のバランスも良く、味も向上していた。


 見た目も華やかになり、被服も可愛らしいモノが目立つ。

 召喚された勇者たちの中に、裁縫が得意な人物が居るようだ。

 衛生面が改善されたのは大きい。


「にっしっしー、おっさん、ヤクモっちの友達?」


 こういうのは、ギャルというのだろうか? いきなり声を掛けられた。

 もし将来、愛果がこんな格好をしたら、オレは卒倒してしまうかも知れない。


 燃えるような真っ赤な髪をしている――いや、これは染めている訳ではなく、魔法への適性が高いのが原因だ。


「友達? 確かに、それもいいかもな……」


 オレの言葉に、


「あーしぃ、『鹿野結愛』――ユアっちでいいよ」


 随分と馴れ馴れしいが、最近はこうなのだろうか?


「ヤクモっちが、おっさんは医者だから、困ったことがあったら、色々と相談しろって――」


 ああ、そういうことか。


「何か、困っているのかい?」


「うーん、コスメとかー、化粧品とかー、美容品? あ、ここの衣装、あーしが作ったの、イケてるっしょ?」


 話が飛んだな。


「ああ、確かに、華やかになって清潔感がある」


「あはー、おっさん、マジメー。でも、優しぃー。愛果っちが羨ましいんですけど」


 褒められている――ということでいいのだろうか?


「つまり、美容関連で肌に合うモノが欲しい――ということかな?」


 元町医者に相談されても困るのだが……。


「んーんー、あーしぃ、<メインクラス>? が<アルケミスト>でぇ、たぶんー、自分で作れる感じぃ?」


 じゃあ、何故その話をした――と言ってはダメだ。考えるんだ。

 あの月影青年が態々オレに相談しろと言ったのだ。

 彼らに無くて、オレにあるモノ――知識か?


「つまり、『材料』や『作り方』を知りたい――ということかな?」


「そーそー、何かー、ヤクモっちに言われてぇ、ミミとあーしがぁ、『騎士団』? に入ることになってぇ、ちょーウケる~」


 月影青年は彼女とコミュニケーションが取れているのか? 素直に尊敬する。


「わかった。調べておくよ。また、適当に声を掛けてくれ」


「マジでぇ、おっさんいい人だわ。やっぱ、ヤクモっちの友達だね。皆も喜ぶわ」


 そう言って、彼女は席を立った。随分と騒がしい娘だ。

 皆も喜ぶ――か……。


 まぁ、それよりも問題は――絶対、明日は筋肉痛――ということだ。

 お腹は空いているモノの、食べる気力がない。


 他の研究員の連中も同じだだろう。

 まさか、レベル上げに参加することになるとは――

 オレは数時間前の出来事を思い出す。


「まさか、この年になって、学生と一緒に体力作りとは……」


 鷲宮所長の手を取ったのはいいが、オレはその翌日から、神殿の周りを走らされていた。当然、他の研究員も一緒だ。

 学生と一緒――とは言ったが、既に学生たちの姿は無い。


「はっはっは、仕方が無いだろう。我々は勇者では無い。<クラスチェンジ>をするには、レベルを10まで上げる必要がある」


 と所長。貧血で倒れている研究員も居る。


(このおっさんは、どれだけタフなのだろう?)


 オレも息が絶え絶えだ。愛果を所長の娘さんに預かって貰ったのは正解だった。

 こんな格好悪い姿は見られたくない。


「体力を付けたからって、レベルが上がる訳では無いのでは?」


「レベルを上げるためには、魔物を倒すのが一般的だが、そう簡単では無いだろう。まずは体力を付けることだ。それに食事などでも経験値が手に入る。身体を動かし、お腹が空けば、それだけ沢山の食事が取れる。一石二鳥の作戦だろ?」


(いや、既に何人かは脱落しているのだが……)


「何、我々には科学がある。<クラスチェンジ>した暁には、スキルとやらを習得できるようになる。魔物など一掃できるさ」


 このおっさんは、化学兵器でも作ろうというのだろうか?


「あまり穏やかな話ではありませんね……」


 オレは疲れて、とうとう膝を突いた。


「ははっ、もう終わりかね。そんなことでは、愛果ちゃんに笑われるぞ」


 流石に体力の限界だ。俺は他の研究員同様、仰向けに倒れた。


「空が……青い――」


 ダメだ――当たり前の感想しか出て来ない。

 そう言えば、愛果を預かって貰うため、犬丸少女に頼みに行った時、彼女の姿はなかった。どうやら、月影青年と旅に出たようだ。


 街の外には魔物が出るそうだが、二人は大丈夫だろうか?

 いや、オレが心配することではない。オレが今すべきことは――食べることだ。

 そう思い、『食堂』に辿り着いたのだが、このザマだ。


 別に走ることが嫌いな訳ではない。昔は良く、ランニングをしていたし、ジオフロントにはスポーツジムも用意されていた。まぁ、結局、利用することは無かった。


(余裕が無かったのだろう……)


 オレは愛果のためと思い、目の前の食事に手を付ける。

 普通に美味しかった。


(味など気にしたのは、いつ以来だろう……)


 自分の愚かさに笑ってしまいそうになる。犠牲にしていたのは、自分だと思っていたのだが、それは最愛の娘にも犠牲を強いていたようだ。


 ――今度は一緒に、美味しい物を食べよう。


「大丈夫かい?」


 所長だ。オレに声を掛けた訳ではない。別の研究員にだ。


「実は、もう少し簡単にレベルを上げる方法があるのだが、試してみるかい?」


 と聞いている。


(そんな方法があるのなら、最初に言って欲しいモノだ……)


「危険が伴うので、お勧めはしないのだが――まぁ、覚悟ができたら、後でワタシの部屋を訪ねて来るといい」


 所長はそう言って、『食堂』を出て行った。


(危険を伴うのか――)


 まぁ、普通に考えたら――魔物を倒す――ということだろう。


(じゃあ、魔物は何処に居る?)


「おっと、いけない」


 愛果を迎えに行くのを忘れていた。

 オレは急いで食事を終えると、娘の元へと向かった。

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