第51話 ヤクモ<魔女の森>:探索(1)

 季節は初夏――といった所だろうか。


 梅雨のある日本とは違い、過ごし易い気候で助かる。

 間もなく、太陽が空の高い位置に来る頃だろう。

 今日は天気がいいため、外出するには持って来いだ。


 予定外の出来事だったが、神殿から出る口実ができたのは僥倖と言える。


「【ウインドカッター】‼」


 俺は杖を翳し、魔法を音声コマンドで発動させる。

 散々<地下庭園>で草刈りをしていたので、お手の物だ。

 だが、やはり人前で声に出すのは恥ずかしい――


 まぁ、こういう世界なので問題は無いだろう。


 詠唱を行うことで、より細かな設定も可能なようだが、今は必要ない。

 【ウインドカッター】の言葉が意味する通り、翳した杖の先に直径2m程の球体型の魔力力場が形成され、その中を風の刃が飛び交う。


 熟練度やスキルレベルを上げることで、より遠くへ、より正確に、より威力のある攻撃が可能になるのだろう。まだ、レベルが低いためか、熟練度が足りないのか、魔物や強敵と戦うには決め手に欠ける。それでも――


「おおっ、やりましたね☆」


 とサクラは喜ぶ。どうやら開けた場所へ出ることができたらしい。

 道らしき道もある。昨日は神殿都市から少し南下した小さな町に移動し、サクラと一緒に宿屋に泊まった。特に疚しいことはない。


 案内役の青年兵士は――一緒の部屋は恐れ多い――と言うので、宿代を出して、別の部屋を取ってやった。


 そして今、俺とサクラ、案内役の青年兵士は、小一時間程、鬱蒼とした森の中を歩いていた。体力のあるサクラは兎も角、運動系の部活に所属していない俺に取っては、キツイ時間が続いている。


 ご苦労なのは、先頭を切って歩いてくれている青年兵士だ。

 剣を振り回し、邪魔な枝葉を刈り取ってくれている。


「勇者殿、見て参ります!」


 楽な道程ではなかった筈だが、彼はまだ元気なようだ。

 まぁ、最初から道と言えるようなモノは無く、何とか歩けそうな場所を探して進んだ――と言った方が正しいだろう。


 俺も一応は男なので、サクラの前に立ち、枝を折り、草を踏み固める努力はしてみたのだが、あまり効果は無かった。


 青年兵士にも、疲れの色が見え始めていたので、俺が魔法を使用した――という訳だ。MPの消費は避けたいところだが、熟練度が上がったので良しとしよう。


「ヤクモ、ご苦労様です☆」


 サクラがMPポーションを渡してくれる。

 こういう気遣いはできるのに、どうにも起点となる発想がズレている。


(――不思議な奴だ)


「ありがとう」


 俺は礼を言って、小瓶に入ったそれを飲む。疲れて働かなくなった頭がクリアになる――と表現すればいいのだろうか? 味の方は、熊田さんと一緒に改良してくれたのだろう。スポーツドリンクのような酸味と甘みが口に広がる。


(いや、もうこれはスポーツドリンクだ)


 俺は先程助けた妖精の少女にも、残りを渡した。

 どうも懐かれたらしく、サクラに言われて【テイム】し、『プリム』と名付けた。


―【プロフィール】――――

名前:プリム  性別:女  年齢:5

レベル:3  分類:妖精  属性:樹

メインクラス:フラワーフェアリー

スタイル:ファミリア

サブクラス:-

ジョブ:花守

ユニーククラス:フェアリー

タイトル:小さな恋人

―――――――――――――

花の妖精。<勇者>ヤクモの従魔。

―――――――――――――


 『ルビー』の時のように進化はしなかった。

 進化には、特別な条件があるのだろうか?


 年齢は5とあるが、子供という訳では無い。

 知識によると――花の蕾から開花と同時に、成長した姿で生まれてくる――とある。戦闘能力は低いが、回復と飛行能力のあるユニットは助かる。


「少し待っていてくれ!」


 結界の綻びを見付けたので、青年兵士に対し、声を上げる。

 杖を翳し、今日で三度目になる結界の破壊を行った。


 どうも、<EXスキル>【ディスガイザー】を習得していると、隠されたモノの発見や真偽の判定、結界の破壊や封印の解除などが得意になるようだ。


 俺が今、破壊した結界は――方向感覚を狂わせる――という厄介な代物だ。

 そのままにして置くと、一生、この森を彷徨い続けることになり兼ねない。


(地味に性質が悪い……)



 ――ヤクモのレベルが1上がりました。



 『世界の声』が聞こえる。どうやら、経験値が手に入ったようだ。

 結界を破壊したというよりは――騙し合いに勝った――と判断されたのだろう。


 俺は向上させる【能力値】を選択した。<サブクラス>を設定しているので、8ポイントを振り分けることができるようになっていた。手に入るスキル枠も2つから3つに増えている。スキルポイントも手に入ったが、習得は後にしよう。


 落ち着いて考えたい――というのも理由だが、<剣>の精霊や<力>の精霊など、半ば強制的なイベントが発生した場合、スキル枠に予備が無いと困ることがわかったからだ。『魔女』と会った時、イベントが発生するかも知れない。


 それに今は一人じゃない――


「また、レベルが上がったんですか?」


 とサクラ。彼女のお陰で戦闘に余裕ができた。

 習得するスキルをゆっくり決めてもいいだろう。


 一方、サクラは少し羨ましそうだ。

 彼女のレベルも上がっているだが、俺との差を気にしての台詞だろう。


 因みに、俺は他人を騙すと経験値が手に入る。皆には掃除と言ってしまったが、経験値を得るためだ。後で謝ろう。残念ながら、この経験値はパーティーメンバーには振り分けられない。


 嘘を吐いて、小まめに経験値を稼ぐのも手だが、やはり戦闘で勝利した方が入手できる経験値は多い。


「ああ……レベル20位までは、比較的、楽に上がりそうだ――サクラも直ぐに上がるさ」


 と元気付ける。そもそも、そのためにここに来たのだ。

 俺はサクラの頭を撫でた。そして、青年兵士に向かって、


「よし、大丈夫だ!」


 と声を上げる。


「勇者殿、こちらも異常ありません! この道を辿れば、<魔法使い>殿の家に着くと思われます!」


 結界を破壊したお陰だろう。

 方向を正しく認識できるようになったみたいだ。


 発見した道に危険がないことを確認した青年兵士が、こちらを振り返り、合図を送る。彼は、神殿に居た兵士の中では、まだ若いようで、上からの命令で案内をしてくれていた。


 恐らく、今回に限らず、雑用を押し付けられることが多いのだろう。

 ご苦労なことだ。


「わかった! 直ぐ行く――しかし、『魔女の森』と言うから、もっと不気味で危険なイメージだったが――今のところ、特に問題ないな……」


 俺たちは今、『魔女の森』に住むという<魔法使い>を訪ねるために、森を訪れていた。表向きはサクラの魔法を使えるようにすることだが、本来の目的は、どんな人物かを確認することだ。


 猫屋敷さんが言うには、気になる記述を見付けたそうだ。

 どうも、過去の『勇者召喚』に関わることらしい。


「そうですね☆」


 サクラが同意する。聞こえていたのか、青年兵士は、


「いえ、勇者殿お二人が強いからですよ……あははは」


 何故か乾いた笑いを浮かべた。いったい、何があったのだろう。

 俺は、ここに来るまでの間にあったことを思い出してみた。


 グレーウルフの群れが襲って来たが、サクラが群れのボスを蹴り飛ばし、撃退してくれた。


「取り逃がしてしまいましたか――(しゅん)」


 ブラックベアもサクラが一撃を叩き込むと――キューン――と鳴き声を上げて逃げて行った。いつの間にか、サクラが熊の尻尾を毟り取っていたのが印象的だ。


「見てくださいヤクモ! 可愛いモフモフです☆」


 ロックボアが突進して来た時は少し焦ったが、サクラを目にした途端、慌てて止まろうとして、盛大にコケて自滅した。肉は食用なので、体毛を火で炙った後、内臓を取り出し、俺の【アイテムボックス】へと収納した。


「今晩のオカズにしますね☆ 頭は石ですが、毛皮は売れるでしょうか?」


 どれも【分類】では『動物』になる。唯一遭遇した魔物らしい魔物は、エビルヴァイパーで、巨大なモノになると人間を一飲みにするらしい。今回は2、3m程のサイズだったため、サクラが容易に対処してくれた。


「任せてください!」


 大きな口を開け、俺たちの頭上から襲い掛かって来たところを、神殿都市で購入した黒杖を使い、素早く口の中に突っ込むと、甲子園球児も驚きのスイングで、そのまま近くに木へ叩き付けた。


 ――バキッ。


 その後、サクラは杖を引き抜くと、数回殴り付け、頭を潰した。

 死骸からの素材を回収は俺も手伝った。

 『毒牙』や『蛇皮』、『蛇肉』など、後々使えそうだ。


 一応、痛んだ木には【ヒール】を掛けておいた。

 枝を折るのとは違い、放って置くと枯れてしまいそうだったからだ。


「うーん、俺はあまり役に立っていない気がする……」


 魔法で火を点けたり、水で汚れを洗い流したり、草を刈ったり――その程度だ。


「そんなことはありません!」


 とサクラ。


「魔法は便利です☆ 因みに、わたしをお嫁さんにすると、毎日、魔物を狩って来ますよ」


 今回の戦闘で手応えを得たのか、胸を張り、ドンッと叩く。

 形のいい胸がプルンと揺れた。身長の割に結構大きい。

 今の動作は、あまり男の前でやらない方がいいだろう。後で注意が必要だ。


「どんな口説き文句だよ……」


 俺は呆れる。そして、そんな俺たちの会話を聞かされていた青年兵士は、何か言いたそうにしていた。だが、辛うじて口には出さなかったようだ。


 恐らく――問題だらけでしたよ!――とでも言いたかったのだろう。

 サクラの戦闘能力に驚き――凄い!――と何度も称賛していた。


 俺としては、【能力値】と戦闘能力が一致していないことに疑問を抱いていた。

 予想だが、【能力値】とは別に、本来の能力が有り、【能力値】はスキルなどを使用する際の補正値なのかも知れない。


 仮に、サクラが【知力】を上げても、天才になるとは思えないし、【知力】と言っても、記憶力や理解力、洞察力など、色々とある。


 ――もう少し検証が必要だ。


 それにしても、俺がこの森でしたことは、他に何があっただろうか?

 強いて挙げるのであれば、ポイズンスパイダーの巣に掛かっていた妖精の少女・プリムを助けたこと位だろうか。


 ポイズンスパイダーの巣を壊してしまったため、昼食用に持って来ていた『干し肉』を渡しておいた。倒せば『蜘蛛糸』や『麻痺毒』が手に入ったかも知れないが、無理に殺す必要も無い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る