エピローグ
第64話 ヤクモ<神域>:神託
「――なさい……」
直接、頭の中に響くような感覚。
「目覚めなさい……目覚めなさい――<勇者>よ」
またか――
「いい加減、パターン化しないで欲しいんだが……」
文句を言い放つ――と同時に気が付く。
俺は再び、実家のリビングにいた――といっても、ここは<神域>なのだろう。
当然のように、母親と瓜二つの姿をした自称<女神>フェイクリューゲがいる。
「今回も、大変でしたね――<勇者>ヤクモ」
「そうだな――」
大変でしたね――と言われも、短期間に色々とあったのでピンと来ない。
まぁ、一つずつ思い出していこう。
まずは『勇者召喚』だが、これは『上手くいった』というよりも『何とか誤魔化せた』といったところだろう。
今のところ――サクラが魔王だ――ということはバレてはいないようだ。
また、皆がバラバラにならなかったことは、素直に良かった。
ある意味、鮫島が悪役を買ってくれたことが功を奏している。
あれで中々役に立つ男だ。
――だが、不安要素はまだ残っていた。
「そんなことはありません。貴方が<勇者>たちのリーダーとなって導いてくれたお陰です」
「だから、そこが一番の不安要素なんだが……」
次に『シグルーン』か――正直、ここまで関わってしまった以上、途中で見捨てる訳にはいかない。アルラシオン王家についても、調べ直した方が良さそうだ。
「応援しています。貴方なら、きっとできると信じています」
――何だろう? 今日は遣り難い……。
「いや、俺ひとりの力じゃ無理だ。サクラの監視もある。今回の『勇者召喚』にも関わってくる問題だし、物事を俯瞰的に見ることができる人物に頼るさ」
俺は猫屋敷さんのことを思い浮かべた。
彼女のことだ。いつものように何らかの答えを導き出してくれるだろう。
そもそも、自称<女神>が教えてくれれば、俺が悩む必要もないのだが――
「申し訳ありません。所詮はマイナー神です。そこまで世界を見通す力はありません」
だったら、何を見通せるというのか?
「明日の夕食の献立とか……」
「……」
「じょ、冗談です。女神ジョークです!(奇怪しいですね……あの本には、たまに冗談を言って、場を和ませた方がいいと……)」
何やらブツブツと言っているが、まぁいい。
後は精霊についてか――これも謎が残っている。
<剣>の精霊といい、<力>の精霊といい、本来の能力を失っているようだ。
確実に、勇者の戦力を削ぎに来ている勢力がある――と考えるべきだろう。
まずは、彼女たちの力を取り戻す方法を考えなければならない。
「そう言えば、聖域とは何だ? 神殿の<地下庭園>以外でも見付けたが……」
俺は『白亜の森』のことを訪ねる。
「そうですね。貴方たちの世界でいうところの<スフィア>ですが――それをこの世界から隔離するための保管場所です」
「まぁ、そうだろな――」
勇者や特別な血統の人間しか、結界には入ることができない――というのだから、予想は付いていた。
「ただ、ジオフロントには結界のような仕組みは無かったんだが……」
「貴方たちの世界では<マナ>が不十分ですので――本来の機能を発揮できていない――と考えてください」
「つまり、本来の<スフィア>は――自分で結界を張り、聖獣に守らせる機能が備わっている――ということか……」
「その通りです。更に言うのであれば『シグルーン』のように<スフィア>に干渉することが可能な人間を造り出すこともあります」
<スフィア>に干渉――つまり『勇者召喚』を可能にする人間か……。
「そこまで聞くと、まるで世界を監視し、コントロールするための装置みたく聞こえるな――」
「間違ってはいません。<スフィア>を創り出し、未だこの世界に残している始祖神たちの真意は分かりませんが、<スフィア>にはその機能が備わっています」
そう言って、自称<女神>は俯いた。彼女自身も、どうしようもないのだろう。
そして、再び顔を上げる。
「世界を創るも壊すも、<スフィア>なら可能でしょう。また、『勇者召喚』を行うと同時に『勇者返還』も行うことができます」
分かってはいたが、やはり重要な装置だ。守れて良かった。
「それを魔王が狙っていた――ということは、奴らは世界を創り変える気なのか?」
「いいえ」
自称<女神>は首を横に振った。
「恐らく、彼らでは使うことはできないでしょう」
断言とまではいかないが、何か確証があるのだろうか?
いや、そうならないことが分かっているから、始祖神とやらは<スフィア>をそのままにしているのだろう。
そもそも、『勇者返還』は魔王を倒した後に行われる。
通常は行うことができない。
使用するには――特定の条件を満たす必要がある――と考えるべきだ。
――魔王では、その条件を満たせない。
「ただ、先程も言った通り、<スフィア>が無ければ、貴方たち<勇者>を召喚することもできません」
「つまり――人間相手への交渉材料としても、<スフィア>は役に立つ――ということか……」
それに<スフィア>は<マナ>を生成することが可能だ。魔法技術の進んだこの世界では、手元に置くだけでも、有益な使い道があるのだろう。
「また、<スフィア>が掌握されれば、世界のリセットも難しいでしょう」
――世界のリセットと来たか。
「なるほど、魔王に世界が支配された場合――<スフィア>を使って世界を創り直す――という手もあるのか……」
「現状、わたしの知る限り、それが行われたことはありませんが――<スフィア>が複数ある一番の理由を――そのように考えています」
その意見には俺も同意だ。どうやら、聖域を見付けて<スフィア>を保護することも、今後の目的に組み込んだ方が良さそうだ。
「ところで……」「はい?」
「今日のお前、少し変じゃないか?」
――いや、いつも変なのだが……。
「へ、変じゃないですよ――」
そう言って、自称<女神>は視線を泳がせる。
明らかに怪しいが――まぁいい――どうせ、大した理由では無いのだろう。
自称<女神>は話題を変えたかったのか、
「そ、それより、初めての冒険はどうでしたか? 『冒険者ギルド』での一幕は熱い展開でしたね!」
と身を乗り出してきた。
正直、俺からすると、彼女は母親の姿をしているので鬱陶しい。
「いや、冒険に出る前にMPを使わされただけだ――それに、神殿ではサクラに腕をやられた……」
冒険の旅に出る前から、結構、ボロボロのような気がする。
また、勇者には『ペナルティ』が発生することがある。戦闘不能状態――つまり死んだ場合や罪のない人間に危害を加えた場合、【ステータス】が減少するのだ。
勇者が好き勝手しないようにするためのシステムによる保険だろう。
勇者らしくない行動を取ることで、どの程度の『ペナルティ』が発生するのかを知りたかったのだが、俺が盗んだ『五千エグル』とサクラが約束した『五千エグル』でチャラになったようだ。
結構ザルなシステムのようだ。
ただ、敵意を向けてくる相手へ、相応の反撃をする分には問題がないらしい。
――つまり、人間を相手取ることを考慮したシステムとも言える。
「あ! あの魔女・アデルとの出会いはどうでしたか? 新しい能力の獲得は心躍るモノがありますね!」
「いや、魔王の手下の襲撃を受けたし、あまりいい思い出はない……。ただ、彼女の方がお前より、色々とこの世界のことを知っている様子だったな――」
何だろう? この自称<女神>、要らない気がしてきた。
「そもそも、お前が魔王の情報を教えてくれていれば、もう少し、楽に立ち回れたんだが……」
「も、申し訳ありません――<勇者>ヤクモ。今回の魔王たちは慎重な者が多いようです……」
まぁ、向こうもレベルが低いのだろう。序盤はそんなモノか……。
寧ろ、考え無しに突っ込んで行こうとする――サクラが特殊だ――と考えるべきだろう。
「あ! そうです――エリス・フェザーブルクとのご婚約、おめでとうございます!」
「いや、全然めでたくないし、結婚するつもりもない……話を逸らすな――さっきから、何をコソコソと読んでいる?」
「い、いえ、これは……」
俺は自称<女神>から本を引っ手繰る――何々? 『できる女神になるための100の方法』。ハウツー本か? 俺は敢えて見ないようにしていたのだが、リビングのテーブルの上に置かれた書籍にも目を向けた。
「ああ! そ、それは⁉」
自称<女神>は声を上げたが、もう遅い。
――『これで貴女も勇者から信頼される女神になれる!』
――『きっと勇者も貴女を女神扱い。今日から始める女神トレーニング』。
――『褒めて伸ばす。ツンデレ勇者育成方法』。
「うう、そんな目で見ないでください……わたしも努力しようかと思いまして――」
だったら、先ず母親の姿を止めて欲しい。
そもそも、努力の方向性が間違っている。
まぁ、可哀想なので、目覚めたら【信仰:虚飾】のレベルでも上げてやるか……。
「本当ですか! やりました!」
トサッ――本が落ちる。
――『お人好し勇者を手玉に取る~彼から行動させる女神テクニック』。
「……」
「あ、あれぇ~? こんな本、あったかしら?」
「やっぱり止めだ。今日はもう帰る」
「そ、そんなぁ⁉ 待ってくだい! 最後に一つだけ――」
自称<女神>は俺の足に縋り付く。それでいいのか?
――仕方が無い。
「言ってみろ……」「はい!」
自称<女神>は急いで立ち上がると、
「夢で『暁星愛果』さんが言っていた『お姉ちゃん』というのは『犬丸咲良』さんではなく『鷲宮碧』さんのことです」
最後の最後に、重要なことをさらりと言ってくれるものだ。
危なく、本当に帰るところだった……。
――そういうことは、先に教えて欲しい。
{
――<アビリティ>【信仰:虚飾】Lv.2の習得に成功しました。
}
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