第18話 ヤクモ<異世界>:地下庭園(2)
どうやら、エリスと呼ばれていた少女の名前は『エリス・フェザーブルク』というらしい。
予めインストールされている知識によると、フェザーブルク家はハウリングフォード家と並ぶ二大貴族で、王家を守る剣であり盾だ。
しかし、対を成す筈のハウリングフォード家とフェザーブルク家は――仲が悪い――というのが、この国の民の間では常識らしい。
本来は切磋琢磨し、王家や国民を守るため、お互いを高め合う関係にあるのだが、長い年月が経つ内に、その関係に軋轢を生じさせてしまったようだ。
ジュリアス――というのは、そのハウリングフォード家の人間で、公の場で二人が仲良くすることは難しいらしい。俺はそんなエリスに、ジュリアスとの仲を取り持つことを条件に和解する運びとなった。
それにしても、そんなお貴族様が、シグルーンを姫様呼びをして問題があるのでは――いや、無粋な考えか……。
エリスのことだ。上手く使い分けているのだろう。
「こちらは御神木と思われます。この庭園は長い間、放置されていたようです」
シグルーンが庭園について、説明してくれる。
因みに、頭上で輝いている球体は<
(御神体――といったところだろうか?)
当然、壊されてはいけないので秘密にされ、結果に守られている。
つまり、この御神木が結界の中心であり、その結界内が聖域と呼ばれていた。
しかし、いつしかそれは忘れられ、荒れ果てた<地下庭園>となったようだ。
彼女の話によると、この真上に<召喚の儀>を執り行う広間が在るらしく、俺は本来、クラスメイトたちと共に、そこで召喚される筈だった。
「ありがとう。シグルーン、色々教えて貰えて助かるよ」
「はい♥ こんなことでよろしければ、いくらでも聞いてください」
彼女は余程嬉しかったのか、頬を染め、笑顔を浮かべた。
どうにも<勇者>とは、彼女に取って特別な存在のようだ。
(まぁ、世界を救う存在だし、当然か……)
「シグルーンも、ここに来たのは今日が初めてなのか?」
「はい、夢で女神様がこの場所を教えてくださいました。正式に行われる<召喚の儀>は一週間後です」
(なるほど――夢のお告げ――という訳か)
自称<女神>が俺だけ、皆より前の時間軸へ転移させると言っていたカラクリがそれだ。まぁ、悪い手ではない。問題は――
「しかし、これでは大手を振って歩けないな……」
シグルーンとエリスは兎も角、今、人目に付くのは好ましくない。
<魔王>サイドに対するアドバンテージが無くなり、後で合流する予定のクラスメイトたちとも溝ができてしまう。
「まぁ、暫くはここで過ごすか……」
仕方が無い――と独り言ちた。
考え方を変えよう――<スキル>や<魔法>、他にも<アビリティ>や<アイテム>など、この世界のシステムを確認するには丁度いいのかも知れない。
俺はシグルーンに向かい、
「聖域は結界に守られているから、シグルーンやエリスみたいな特別な血統の人間しか入って来ることができない――ということでいいんだな」
と確認する。どうやら、ここには<勇者>や王族、それに連なる貴族連中しか入ることはできないらしい。
そのため、この場所を知っている人間はごく一部に限られていた。
(まぁ、荒れ果てたこの様子から、知っている人間は皆無と考えるべきか……)
「はい、後は勇者様のように<勇者>である『条件』を満たした方だけです」
<勇者>である『条件』――インストールされていない知識だ。
(正直、引っ掛かるが今はいいか……)
<勇者>なのに――<勇者>について詳しくない――というのは問題だろう。
「わかった。だがそうなると、次は水や食料か……」
ここが安全なのは理解したが、皆が召喚されるまでの間、ここで過ごすとなると色々と問題が出て来る。
(まさか、サバイバルをする羽目になるとは……)
確か、壊れた井戸があった筈だ。
使えるといいが――
「それでしたら、わたくしが運んで参ります」
両手の指を合わせ、シグルーンが瞳を輝かせる。どうやら、俺の役に立てることが嬉しくて仕方が無いらしい。本来なら喜ぶべきことなのだろうが、<勇者>としての実力不足が明らかな俺にとっては、罪悪感の方が強い。
「いけません! 姫様っ、そんな給仕のような真似を!」
エリスがシグルーンを諫める。
「自分だって、ジュリアスにお弁当を作ってあげたクセに……(プー)」
シグルーンは呟き、頬を膨らませた。一方――
「あ、アレですか――アレは失敗です……(遠)」
エリスは何故か虚空を見詰める。まさか――料理の腕前は壊滅的――とかいう、お約束な展開なのだろうか?
「仕方ありません。アタシが――」「遠慮します」
申し出たエリスに、嫌な予感しかしない俺は即答する。
「遠慮することないわ、アタシが――」「遠慮する!」
少しムッとしたのか、
「どうしてよ!」
声を上げるエリス。俺は不審なモノを見る目付きで――
「今の話でオチが見えたからだ。お前、料理下手だろ?」
「失礼ね……た、食べたら、二、三日目を覚まさないだけよ!」
(ダメだ……予想以上に性質が悪い――というかジュリアスよ、よく食べたな……)
これは俺が態々、仲を取り持つ必要が無い――とさえ思えてくる。
「猶更、要らない」「失礼ね! 大人しく、実験台になりなさい!」「断る!」
俺とエリスがそんな口論をしていると、シグルーンが声を出して笑った。
「お前が変な顔をするから……」
「あ、アタシぃ!?――と言うか、誰が変な顔よ!」
「アハハ! ご、ごめんなさい。二人とも……これは嬉しくて……こんな日が来るなんて――」
今まで仲の良かった友達など居なかったのだろうか?
そう言われてしまうと、これ以上、口論する気にもなれない。
俺とエリスも、そんなシグルーンの様子を微笑みながら見守った。
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