第四章 プリンセスヒメゴト Re:Life
第17話 ヤクモ<異世界>:地下庭園(1)
一人の少女が、ゆっくりと近づいて来る。
草叢に隠れ、様子を窺っていたのだろうか?
その綺麗なプラチナブロンドの髪には、葉っぱや小枝などが絡まっている。
小さく可愛らしい顔立ちの少女だが、白を基調とした鎧と外套に身を包み、帯剣している姿から騎士だということが窺える。
どうやら、隠れていた――という訳ではなさそうだ。周囲の探索も兼ね、見回りに行っていた――というところだろうか。戻ってみると、護衛対象のシグルーンの傍に不審な男が居た。確かに――排除しよう――となるな。
流石に斬られたくはないので、俺はシグルーンから距離を取った。
「あっ……」
とシグルーン。何だが名残惜しそうに手を伸ばし、俺を見詰めている。
少女はシグルーンと俺の間に割って入ると、背中に彼女を庇い、抜剣した。
間合いの取り方などはわからない。
仕方が無い――鷲宮さんが見せてくれた居合を参考に距離を取っておこう。
「へぇ……」
少女は何故か関心したような声を上げる――少しはやるようね――といったところだろうか。俺は母に連れられ、撮影現場で見た殺陣の記憶を頼りに、基本的な杖術の構えを取ってみただけなのだが、どうやら、勘違いをしているようだ。
それにしても――少女を庇う女騎士と杖を持った男――この構図では、完全に俺が悪者ではないか。
「シグルーン――彼女の誤解を解いてくれると助かるんだが……」
「何が誤解だというの!」
少女は眉を吊り上げ、同時に俺の鼻先へ、剣先を突き付ける。
取り敢えず、敵意はないと両手を上げておこう。俺は構えを解き、杖を放った。
どういう訳か、杖は地面に転がらず、空中で消えた。
考えるに、自分の持ち物については、亜空間からの取出や収納が可能なようだ。
<EX魔法>【アイテムボックス】の効果か? 推察するに、<勇者>だから使える<魔法>なのだろう。少女は驚き、謎の能力に戸惑った表情をしている。
そこへ――
「止めてください――エリス!」
シグルーンが声を上げた。しかし、エリスと呼ばれた少女は俺から目を離さない。
真っ直ぐに俺を見詰めたまま、
「姫様――貴女はこの男に騙されています!」
目を覚ましてください――とでも言いたいのか、少女はシグルーンに向かって言葉を投げる。護衛としては正しい判断だろう。
(――というか、強ち間違ってもいない……)
「君は、いい人だね」
呟いた俺の言葉に、一旦、剣の切っ先を下げたが、少女は思い直す。
「ふざけているの⁉」
再び剣が突き付けられる。俺は降参ポーズのまま、一歩前進した。
丁度、剣の切っ先が喉に触れた。チクリとした痛みが走る。
少女は驚いたのか、一歩後退った。
「馬鹿なの!」
罵声を浴びせられる。俺は一呼吸おいてから、
「シグルーンのためを思って言っているようだから、俺は君を信じることにするよ」
少女は溜息を吐き、呆れたという表情を浮かべると、剣を降ろした。
どうやら最初から、俺がどういう人間か試すのが目的だったようだ。
そして――
「姫様、決して気を許すことの無きように――そもそも、男というのは、女と見れば見境なく……」
と途中から独り言を呟く。
「この間もジュリアスったら、アタシとの約束を忘れて他の女と……」
どうやら、俺に向けた警戒心の中に、男性に対しての私怨も混じっていたようだ。
シグルーンが――困りました――という表情で少女を見詰めている。
少女はその視線に気が付き、ハッとする。コホンッと咳払いをした後、
「失礼……貴方が<勇者>である――ということは信じましょう」
と落ち着いた仕草で取り繕う。そして、
「アタシも貴方が召喚されるところを見ていました……ですが――」
もう一度、俺を睨み付ける。何だというのだろう。
ゴクリ――俺は固唾を呑む。
「姫様の心の隙に付け入るような真似は頂けません!」
否定はしないが、俺を悪魔か何かとでも思っているのだろうか? 初対面でその扱いは少し傷付く。シグルーンも少女の気持ちは嬉しいが、<勇者>に対して失礼な態度を取る彼女の扱いに困っている様子だ。
血統書付きの猫を思わせるような、しなやかで優雅な少女の立ち振る舞いに、どうしたモノかと、俺も頭を悩ませる。
しかし――
「ジュリアスも散々アタシのことを大切だの守りたいだの言いながら……」
ダメだ――私怨を捨て切れては、いないようだ。何だか、緊張して損をした。
これでは八つ当たりである。仕方が無い――俺は頭を掻くと、
「取り持ってやろうか?」
と提案する。
「……?」
エリスと呼ばれた少女の頭に疑問符が浮かぶ。俺は続けて、
「だから、そのジュリアスと君の仲を――」
「ほ、本当⁉――い、いえ、騙されないわ!」
何だか、面倒なタイプの女性だ。
まぁ、説得する材料の方向性は間違っていないようだ。
「勘違いじゃないのか? 例えば、君へのプレゼントを相談していたとか……」
「た、確かに……そう言われると、アタシの誕生日が近いわ」
言ってみるモノだ――まぁ、俺たちくらいの年齢には良くあることだろう。
異性に対する多大な期待や、こうあって欲しいという願望――それらが目を曇らせる。恐らく――初恋は上手く行かない――という理由の一つだろう。
彼女は貴族のようだし、初めての情熱的な告白に流されてしまったのだろう。
結果、相手に自分の理想を押し付けてしまい、現実に失望する――まさに恋は盲目だ。
「だろ? 俺はただ、シグルーンの銀髪が綺麗だと言っていた――」
「ふざけないで!」
不意にエリスが声を上げた。
「それが嘘だと言っているの! ……銀? この虹色の髪は稀に王族にのみに現れる特徴よ! 同時に<魔王>が復活する兆しでもあるの――」
成る程、そういった理由か――不用意に髪を綺麗だと言ったのは不味かったかも知れない。
「その所為で、陰で姫様が何と言われているか……異世界から来た貴方にはわからないわ!」
虹色の髪――それは異世界から<勇者>を召喚できる特別な魔力を持っている証だ。しかし、それ故に恐怖と畏怖の対象とされて来た――という訳か……。
急ぎ捲し立てたためか、エリスの呼吸が乱れている。俺は間髪を容れずに、
「わかる――と言ったら」
その言葉に、彼女は眉を顰める。エリスには悪いが、今度は俺の番だ。
剣では勝てないが、口先だけの勝負ならどうだ?
「だから、わかると言ったら――君はどうするんだ?」
「わかる訳が無いわ! いい加減なことを言わないで……姫様はその大役故に隠されて、育てられてきたの……両親からの愛情も知らずに!」
「それは――存在を知られれば、命を狙われるからか?」
<魔王>の息が掛かった者か、それとも人間にか――<勇者>を召喚されては困る――と考える連中もいるのだろう。髪を剃って生きるという手もあったのかも知れないが、それは年頃の少女にとって、餘りにも酷というモノだ。
「そうよ! でも、あの日……姫様は自分の正体が世間に知られてしまう危険を承知でアタシを――」
(あ、これ長くなる奴だ……)
「おーいっ」「何よ?」
これから良いところなのに――とでも言いたいのか、話の腰を折られ、やや――いや、元より――不機嫌だったが、再び――気に入らない――といった態度を取るエリス。俺は構わず、
「お前の言葉で、大事なお姫様が傷ついているけど……大丈夫なのか?」
とエリスの後ろに居るシグルーンを指差した。
シグルーンは最初、俺の意図がわからない様子だったが、
「ああーっ! ひ、姫様ぁ!」
慌てて振り返るエリスの様子にピンときたようだ。
シグルーンが実際に傷ついていたのか――俺にはわからないが、彼女はエリスを止めたかったのか、気遣うエリスに対し、よよよ、と芝居をする。
「酷いです……エリス。これでは勇者様に同情されてしまいます(クスン)。わたくしは立場に関係なく、一人の女性として勇者様に見初められたかったのに……(シクシク)」
「も、申し訳ありません! し、しかし、あの者は――」
「ふん! もう、エリスなんて知りません(プンプン)」
「ひ、姫様ぁ~」「姫様呼びも禁止です!」「そんなぁ~(ガクッ)」
やれやれだ。シグルーンが何か変なことを言っていたが、今は気にしないことにしよう。それに、何処か懐かしい。
俺はサクラと鷲宮さんのことを思い出す。
二人も良く、教室で似たような遣り取りをしていたっけ――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます