第8話 ヤクモ<現代>:オベリパーク(1)
俺が学校以外でサクラと普通に会話をしたのは、その時くらいだろうか?
逆に学校だとあまり話をした記憶がない。
基本的に――事務的な会話を心掛けている――というのもある。
まぁ、特定のイベントでも無い限り、男子と女子なんてそんなものだろう。
(下手に女子と仲良くしていると、他の男子生徒から妬まれるだけだしな……)
それはそうと、今、サクラが着ている服が、その時の服に似ているような気がする。白を基調としたワンピースで、リボンやフリルの付いた少女趣味の服――父親からのプレゼントだろうか?
いや、そういえば、撫子から――父はもう居ない――と聞いたことがある。
俺の知る限り、彼女の趣味ではない――もしくは、俺が似合うと言ったからか?
(いや、無いな――気の所為だ……)
俺は瞬時に可能性を切り捨てた。
いったい、何が切欠でサクラに懐かれているのか、まったく見当が付かない。
そもそも――懐かれている――というのが勘違いで、彼女自信が天真爛漫な性格のため、俺が勝手に人懐っこいと感じているだけかも知れない。
あまり話す機会が無かったために、俺がそのことに気が付けなかっただけだろう。
(それに、俺の勘違いだった場合、旅行中はずっと気不味い空気になる……)
俺は考えるのが面倒になり、地上へと続く空洞を見上げた。
当然、地上は雨風を防ぐのは勿論、落下物やドローンの侵入を防ぐため、ドームで覆われており、空が見えることはない。
暗闇に青白く輝く<スフィア>と、その<スフィア>を中心に、四方から伸びる十字の通路の影だけが見える。
「不思議な光ですね……」
そんな俺の様子が気になったのか、サクラが声を掛けてきた。
確かに――青い光――と言ってしまえばそれまでだが、白に近い青もあれば、緑色や黄色に近い光も見て取れる。
複数の色の輝きは、大聖堂などにあるステンドグラスを連想させた。手で望遠鏡の形を作って<スフィア>を覗けば、万華鏡のように見えることだろう。
「そうだな……でも、俺はあんなモノが浮いていることの方が驚きだ……」
その言葉にサクラは、
「確かに、そうですね」
と頷く。その表情が思ったよりも真剣だったので、
「まぁ、落ちて来る心配をする必要はないさ」
と補足する。それと同時に、
「でも、確かに――吸い込まれそうだ――と言えなくもないか……」
サクラが先程言っていた言葉を思い出し、俺は冗談めかして笑ってみせた。
サクラが頬を赤らめるのがわかった。少し意地悪だっただろうか?
俺たちは今、クラスの集合場所でもあり、班のメンバーとの合流地点でもある下層部へと降りて来ていた。サクラは勿論、鷲宮さん、そしてアイカちゃんとも一緒だ。
俺たちは観光客などで賑わっている商業区を避け、居住区を通り、ゆっくりとできる広場へと移動している最中だった。丁度、アイカちゃんが父親と待ち合わせをしている場所が、この近くの広場だった――というのが一番の理由だ。
地下施設ということもあり、街並みは夜と変わらないのだろう――と勝手に思い込んでいたのだが、想像以上に明るい。地下だということを忘れてしまいそうになる程だ。ご丁寧に本物の植物まで配置されている。
「あっ、お店が出ています☆ 見てきてもいいですか?」
小腹でも空いているのだろうか? 広場に着くと同時に――ジッとなんていられません!――といった様子のサクラ。まるで公園を駆け回りたいワン子のようだ。
俺が――構わない――と伝えると、
「ありがとうございます☆ では、行きましょうか? アイカちゃん!」
サクラはアイカちゃんの手を引く。アイカちゃんは一言も発しないが、不思議とサクラは彼女の意図を汲んでいるように見える。野生の感だろうか? しかし、それよりも俺が意外だったのは――
「気を付けてね」
と軽く手を振り、鷲宮さんが送り出したことだった。
てっきり、一緒に行くと思っていたのだが、どうやら違うようだ。
「一緒に行かなくても、良かったのかい?」
俺の問いに、
「ええ、二人で座れる場所を探しましょう」
と返してくる。その台詞に他意は無いとわかっていても、可愛い女の子に誘われるというシチュエーションに、俺は不覚にもドキッとしてしまった。
鷲宮碧――彼女もまた、サクラとは違った意味で謎の多い人物だ。
コロコロと表情を変えるサクラに対し、いつも穏やかな笑顔を湛えている印象の彼女は、正直、何を考えているのかわかり難い。
多分、天然という部類に入るのだろう。俺の母親も似たようなところがある。
違うとすれば、母親の場合は男性に対して、計算して行動しているところだ。
(まぁ、女優の前はアイドルだったと聞くし、習慣みたいなモノか……)
それに比べると、鷲宮さんの行動は、
「何か、武術をやっていたんだっけ?」
不意に頭に浮かんだ質問を投げ掛けてしまった。
唐突な質問だったので、鷲宮さんはキョトンとしている。俺は、
「いや、所作にムダが無いというか――、間合いの取り方が独特というか――」
思い付いたことを言ってみた。すると鷲宮さんは口元に手を当て、フフフと笑った。こちらを馬鹿にしている――という感じではない。何だか喜んでいるようで、楽しそうに見える。
(取り敢えず、こういう時は……)
「気に障ったのなら謝るよ。ごめん……」
頭を下げる。逆効果な場合もあるが、今は悪意がないことをアピールしよう。
そして理由を説明する。
「以前、時代劇の撮影に付いて行ったことがあって、その時に『先生』と呼ばれていた人の歩く感じに似ていたから……」
「撮影?」
「ああ、母親がそういった関係の仕事をしていて、どうにも俺を役者にしたかったみたいだけど、あまり興味が持てなくて……」
可愛い女の子と二人きりというシチュエーションに緊張していた所為か、ついつい、余計なことを言ってしまった。どうにも、鷲宮さんが相手だと調子が狂う。
意識し過ぎだ。
しかし、意外なことに鷲宮さんは、
「もしかして、『桃月胡桃』さん?」
正解を言い当てた。
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