第二章 地下空間に邂逅を求めるのは間違っているだろうか
第7話 ヤクモ<現代>:回想
季節は春――その日は風が気持ち良く、空も青く晴れ渡っていた。
こんな日は、何か特別なことが起こりそうな気がする――そんな開放的な気分になっていためか、見知った顔を目にしたので、挨拶だけでもと近づくことにした。
「ナデシコちゃんには、こういう服も似合うと思いますよ☆」
「えぇー、私には……こういう可愛い服は似合わないよぉ」
何気ないショッピングモールでの女子二人の会話だ。
「いや、似合うと思うけど……」
突然声を掛けられ、やや長身の少女『犬丸撫子』は驚いているのか、目を見開き、対応に困っていた。まぁ、それもその筈で、俺も――驚くかな――と思い、タイミングを合わせて声を掛けたため、この反応は予想通りだった。
「ああ、悪い。余計なことだったか?」
と言いつつ、全然、悪いとは思っていない俺。撫子の死角に入るため、しゃがみ込み頬杖を突いていたのだが、ゆっくりと立ち上がった。撫子も、くの字に曲げていた腰を真っ直ぐにすると、肩まで伸ばした黒髪を撫でた。
ガラスケースの中には少し子供っぽいとも取れるが、白を基調とした可愛らしい洋服が飾られている。彼女は訝しむように――どうして先輩がここにいるんですか?――という表情をしたので、
「俺は、そこのコンビニで買い出しだ」
菓子や飲料の入った袋を見せてやる。言葉にはしないが――また負けたんですか――と彼女の目が訴えていた。休憩時間にやっている、次に廊下を通るのは『男』か『女』かを当てるゲームの話だ。
因みに、俺が罰ゲームを受けている理由は、ゲームに弱い訳ではなく、適度なタイミングと割合で故意に負けているためだ。母親が女優であるため、俺のような親の七光りが、劇団という中で人間関係を円滑に進めるためには――勝ち過ぎない――ということが経験上必要なことだと悟った。
役者のように光と影がはっきりしている業界では、人気があるというだけで他人に妬まれ、憎まれることは日常茶飯事だ。そのため、例え役者志望ではなくても、周囲と上手く関わっていくためには、敢えて自分を低く見せる必要があった。
「あれ? 月影くんではないですか!?」
とは撫子の後ろに隠れていた――元い、小柄なため俺が気付けなかった――のは同じクラスの『犬丸咲良』さんだ。
「やあ、犬丸さん――まぁ、苗字が同じだから、そうかなとは思っていたけど……」
長身でスタイルの良い妹の撫子に比べ、小柄で幼く見える姉の咲良さん。苗字が同じで、学校と学年の違う二人が一緒にいるということは、そういうことだろう。
少し後輩を揶揄うつもりが――ウインドウショッピング中の咲良さんも一緒だった――という訳だ。
(それにしても、身長があべこべだな……)
姉の咲良さんはくりっとした瞳が印象的な愛らしい少女で、同じ高校で同じクラス。一方、妹の撫子は俺の母親が関わっている劇団の団員で、しっかり者の中学生だ。
因みに、俺はその劇団をたまに手伝っている――いや、手伝わされている――だけで正式な団員ではない。役者にも興味はないのだが、言ったところでトラブルの種にしかならないため、基本的には黙って母親に従っている。
撫子とも、それほど接点がある訳ではない。ただ、年齢が近いためか、他の団員たちと比べると、自然と話す機会も多く、雑談や軽口程度なら交わす仲だった。そのため、撫子が自分の身長にコンプレックスを持っている位のことは知っていた。
可愛い洋服が似合わないと言っていたのも、自分が長身であることを気にしてのことだろう。最も身近にいる同性の姉が、自分よりも小柄で可愛らしいのであれば尚の事だ。誰が見ても二人を比べるだろう。
俺にも、血の繋がらない優秀な兄がいる。気持ちはわからなくもない……。
しかし――何とかしてやりたい――とは思うが、俺が何とかできることでもなかった。こういうのは、好きな男性に『似合う』と言って貰うのが一番だろう。
「お姉ちゃん……知り合いなの?」
「はい、同じクラスですよ☆」
にこりと笑って答える咲良さんの表情を見て、撫子の顔が見る見る内に青褪めて行く。そして――
「すみませんっ、先輩! 姉が失礼なことを――」
習慣となっているのか、撫子は慌てて頭を下げた。
「なっ、何故か撫子ちゃんが謝っています!? 言っておきますが、お姉ちゃんは謝らなければならないようなことはしていません!」
ドヤァーッ、とでも言いたげに胸を張る咲良さん。褒めて欲しそうにも見える。
「「……」」
俺と撫子の幾許かの沈黙の後、
「先輩、本当にごめんなさい!!」
と撫子は再び頭を下げた。
「な、なんでですかぁぁぁーーーっ! お、お姉ちゃん、わ、悪いことはしていません……よね?」
途中で自信がなくなったのか、咲良さんはこちらに視線を送ってきた。
俺の返答次第では泣き出し兼ねない。
そういう意味では、今まさに迷惑を掛けられている。
「ああ、大丈夫だ撫子。お姉さんには『まだ』迷惑を掛けられてはいない」
咲良さんは――ほらね――と妹である撫子を見る。
「そうですか――『まだ』掛けられてはいませんか……」
「ちょ、ちょっとぉ、二人共⁉ 言葉に含みがあります!」
咲良さんは恨めしそうに、俺と撫子を交互に見比べる。真面目な表情をしていた俺と撫子だったが、その様子にどちらともなく笑ってしまった。意味がわからずキョトンとする咲良さん。俺は、
「悪い悪い……」
と謝った後、
「心配しなくても大丈夫だ。少なくとも、学校では俺がフォローするよ」
と撫子に告げる。それを聞いて撫子はホッとした表情を浮かべる。
「先輩にそう言って頂けると安心です」
そんな俺たちを交互に見詰める咲良さん。何かを考えているようだ。
それは自分が会話に入っていないことではなく、別のことのようで――
「はっ! もしかして……撫子ちゃんが気になると言っていた劇団の先輩って――」
俺と撫子の遣り取りを見ていて何を勘違いしたのか、検討違いなことを言い出す。
「……」
驚き唖然とする撫子とは違い、冷静な俺は、
「ああ、それは俺じゃなくて――」
と訂正しようとたが、途中で撫子の視線が気になり言葉を止めた。
今度は撫子に泣かれてしまいそうな気がしたからだ。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、
「気になります! 誰ですか?」
グイグイ詰め寄って来る咲良さん。
実際には身長差があるため、圧迫感は殆どない。
「ちょっとぉ、お姉ちゃん! もういいでしょ!」
と撫子が咲良さんを止める。俺はこれ以上、この二人に関わるのは得策ではないと考え、この場を離れることにした。
「そろそろ戻るよ……邪魔して悪かったな」
クルリとターンをする。
「ああっ、待ってください!」
と咲良さんの声が響いたので、俺は一度振り返ると、
「その服、似合うと思うよ」
とだけ言い残し、その場を後にした。
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