第6話 主人公<現代>:修学旅行(5)
俺が視線を向けると、犬丸さんは別のことを考えている様子だった。
どういう訳か、俺を観察するようにジッと見詰めていた。
何か気になることでもあったのだろうか?
「犬丸さん……?」
俺は名前を呼んだ。しかし、彼女は考え事に集中しているようで返答がない。
そんな犬丸さんに、アイカちゃんも何か言いたそうにしていた。
アイカちゃんの様子に気が付いた鷲宮さんは、目線を合わせるために屈むと、
「ちょっと、見せて貰ってもいいかな?」
と手を出す。アイカちゃんはスマホを渡した。
そして、受け取ったスマホの内容を確認すると、
「あら? 待ち合わせ場所はここじゃないみたい――私たちの待ち合わせ場所に近いのね……」
鷲宮さんはスマホをアイカちゃんに返すと、俺を見上げた。
言いたいことは理解できたので、
「じゃあ、一緒に行こうか?」
と俺は返す。
本来ならここで――そうですね☆――とでも聞こえて来そうなモノだが……。
「丁度、俺たちも下に行くところだったし――て、犬丸さん?」
犬丸さんは何やらブツブツと呟き、考え事を続けているようだった。
しかし、答えは出たのか、
「あっ、すみません……わかりました! 行きましょう☆」
と元気に答える。アイカちゃんもそれで良かったのか、犬丸さんの手を握る。
俺は飲み掛けのペットボトルを回収するとキャップを閉めた。そして、
「その前に、写真を撮るのはどうかな?」
と提案した。
「いいですね☆」
とは犬丸さん。アイカちゃんは特に反応しなかったが、鷲宮さんも気持ちの切り替えができたのか、
「じゃあ……<スフィア>を背景にする?」
と率先して行動する。まだ無理をしている感も否めなかったが、彼女なりに皆に心配を掛けまいとした結果なのだろう。
「わかりました! アイカちゃんは真ん中です! ヤッくんもこちらへ……(ドキドキ)」
犬丸さんは俺に手招きする。いや、それよりも気になるのは――
(ヤッくん? ああ、俺のことか……)
「いや、俺はいいよ……三人で並んでくれる?」
「……わかりました(しゅん)」
明らかにテンションが下がり、渋々、了承といった感じの犬丸さん。
何だか悪いことをした気がするが仕方がない。
俺は写真を撮ると後で共有する旨を伝える。
それから、アイカちゃんの連絡先を犬丸さんに把握しておいて貰うように頼んだ。
犬丸さんと鷲宮さんは、少女の歩幅に合わせ、ゆっくりと移動を開始する。
俺は間隔を開け、そんな三人の少し後ろを付いて行く。
そして、三人の後ろ姿を眺めながら、
「もしかしたら、異世界からの<魔法>による侵略行為かもな――」
ネット上に書き込まれていた一文を思い出す。その時は噴飯モノと思い読み飛ばしてしまっていたが、実物を目にしてしまうと、強ち間違いではないような気がする。
(何処まで成長を続けるつもりなのだろう……)
周囲の土地を掘り起こし、<オベリパーク>などという名前を付け、実験都市という形でお茶を濁しているのが、今の日本の現状である。
恐らく、国家の――いや、世界の――危機といっても過言ではない状況なのだが、責任を取るべき立場の人間は誰も声を上げない。本来ならば、それを指摘するのはマスコミの仕事なのだが、彼らはその機能を果たしていない。
(まったく、困ったものだ……)
それにしても、<スフィア>についての情報の多くは、既に海外に流れてしまっているだろう。今後、同様の存在が日本以外で発見されるとも限らないし、既に発見されている可能性もある。
どちらにせよ、今は他国に負けないように、合衆国と共同で海外の情報を集めると共に、一刻も早く<スフィア>の謎を解くため、研究を急ぐ必要がある。最悪の場合は、この北の大地がミサイルやドローンによる攻撃の対象となり兼ねない。
「――とはいっても、日本は移民を多く入れ過ぎた」
票田には海外から多くの金が流れていることだろう。
大陸からの帰化人も多い。既に選挙で日本人が勝つことは難しい状況だ。
「この都市の運用も、今の政府では厳しいだろうな――」
「ヤっくん、何か言いました?」
一人、妄想に耽って呟いてみたつもりだったが、いつの間にか、先に進んでいた筈の犬丸さんが戻って来ていた。その大きな瞳で、俺の顔を覗き込んでいる。
正確には――つま先立ちで見上げていた――という表現の方が正しいだろう。
それにしても顔が近い――警戒心が無さ過ぎだ。
キスの一つでも、できてしまう距離に、俺は思わず一歩下がった。
上目遣いに見詰める彼女の表情は切なく、やけに艶めかしい……。
ゴクリ――
その可愛く、瑞々しい小さな唇から目が離せない。
いや、それよりも先程から気になっていたことがある。
「ヤっくん?」
「はい! そうです☆」
待っていました――とばかりの犬丸さん。続けて、
「『月影八雲』くんだから『ヤっくん』です! ハッ! やっぱり……『カゲっち』の方が良かったですか?」
と聞いてくる。もしかして、先程、俺を見ていた理由はそんなことを考えていたからだろうか? だとしたら、バカバカしい――
俺は呆れつつも、
「どっちも却下だ」
犬丸さんの問いを一蹴し、手に持っていたペットボトルを彼女の頭の上に乗せる。
そして、前の二人に追い付こうと、ゆっくりと歩き出す。
だが、ふと思い直し、足を止める。振り返り、
「普通に呼び捨てで頼むよ……犬丸さん」
と告げた。すると彼女は嬉しそうな表情で、
「わかりました! ではヤクモ……わたしのことは『サクラちゃん』もしくは『おい、サクラ』と呼び捨てで頼みます☆」
と答えた。俺は突っ込むことはせず、ただ、
「……了解」
と手を振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます