第5話 主人公<現代>:修学旅行(4)
「その未知のエネルギーというのが……<マナ>――なんですね!?」
俺は犬丸さんの回答に頷くと、
「まぁ、詳しいことは現在調査中……だけどね」
と補足した。<スフィア>については、既に海外に持ち去られていても奇怪しくはない状況だったが、幸か不幸か、不思議なことに<スフィア>を現在の位置から動かすことは誰にもできなかった。
触れられない訳ではない――動かないのだ。
空中に静止した状態で、微動だにすることなく、ただただ成長し続けている。
それがこの地にジオフロントを建設することになった最大の理由だ。
「ん? どうかしましたか……アイカちゃん?」
アイカちゃんが犬丸さんの袖をクイクイと引っ張っていた。立ち上がると飲み掛けのペットボトルを椅子の上に置き、自分の首に埋め込まれている<人工精霊>へと両手を重ねた。
まるで祈りを捧げているかのような仕草。同時に、微かだが大気が震える感覚。
次の瞬間には光の粒子が<人工精霊>から飛び散った。
気が付くと、薄暗い空間を淡く輝く、小さな魚たちが泳いでいた。
魚たちは、今の<スフィア>と同じ色をしていて、青白く光っている。
プロジェクトマッピング――ではないようだ。
指先で魚に触れると、光の塵となり、弾けるように消える。
熱くはないが、闇へと儚く消えるその様は、まるで線香花火のようだった。
「凄いです☆」
と興奮気味に立ち上がる犬丸さん。鷲宮さんも驚いた表情で、泳ぐ魚たちを見詰めている。それは一分にも満たない短い時間の出来事だったが<魔法>を認識するには十分な時間だった。
心做しか、旅行中の移動による乗り物疲れが無くなり、頭もすっきりした気がする。この研究施設において、神話や伝説に出てくる『ポーション』の生成に成功したという情報を思い出す。
「まさか――【
俺は呟き、鷲宮さんを見た。その表情からは、体調だけではなく、精神的な疲労も改善されているのが見て取れる。
「はわぁ~、これが<マナ>なんですね☆」
感動する犬丸さん。その様子に満足したのか、無表情だったアイカちゃんの顔が、何処か得意げに見えた。
「いや、今の<魔法>といわれる技術だよ」
俺は犬丸さんの言葉を訂正する。<魔法>とは<マナ>を一度<人工精霊>に取り込み、全く別の現象として世界に干渉する力だ。
これも初期の調べでわかっていたことだが、少しずつだが<スフィア>は周囲の物質を取り込んでいるらしい。
らしい――というのは、物質をそのまま取り込むのではなく、何らかのエネルギーに変換してから取り込むため、必ずしも周囲の物質を取り込んでいる訳ではない――という見解のためだ。
その変換されたエネルギーを<マナ>と呼称し、<マナ>を取り込むことで<スフィア>が成長する――と推測されていた。
そのことから――全ての物質は<マナ>に変換することが可能であり、<マナ>から全ての物質を生成することも可能だ――という説が唱えられている。
また最近になり、それを視覚的、または物理的な現象として発現させることに成功した。そのために必要は装置が<人工精霊>であり、その現象が<魔法>である。
「まぁ、俺も初めて見たけど……」
<マナ>は物質を変換する以外にも、大気からの生成が可能だという報告もある。
そのため――周囲の物質を取り除いたとしても、<スフィア>の成長を止めることはできない――との結論が出ていた。
逆にいえば――放射性廃棄物の処理が可能になるのでは――と俺なんかは考えてしまうのだが、そこは素人の意見だ。忘れて欲しい。そもそも、そんなモノを吸収させて問題はないのか?――という検証も必要になってくる。
「――て、聞いてないか……」
犬丸さんはアイカちゃんを抱え、クルクルと回りながら、
「凄いです☆」
と喜んでいる。やれやれ――と頭を掻く俺に対して、元気になったのか、鷲宮さんはその様子を見て微笑んでいた。
「犬丸さん……その辺にしておかないと、アイカちゃんが――」
俺が声を掛けるとほぼ同時に、アイカちゃんのスマホが鳴った。
「あっ! ゴメンなさい……(あせあせ)」
犬丸さんはそう言って、アイカちゃんを慌てて降ろす。
目を回している様子も、ぐったりしている様子もない。
正直、アイカちゃんは身体が弱いと勝手に思い込んでいたのだが、そうではないようだ。アイカちゃんは意に介した様子もなく、淡々とスマホの画面を確認していた。
俺と犬丸さんはその様子に顔を見合わせ、お互い安堵する。
そういえば――<マナ>を取り込むことで身体能力が飛躍的に向上する――という書き込みを読んだ記憶がある。だとすると、<スフィア>を傷つけることができない理由は、<マナ>を大量に取り込んでいる所為ではないだろうか?
(犬丸さんの身体能力が高いのは、もしかして……)
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