第3話 主人公<現代>:修学旅行(2)


「噂だけど――」


 折角なので、俺は鷲宮さんに話し掛けてみる。


「近づく人間によっては、<スフィア>の色が変わることがあるらしいよ――」


「へ、へぇ、不思議……だね」


 そう言って、彼女は俺に微笑でくれた。

 しかし、その表情は何処かぎこちなく、悲しそうに見える。

 照明が暗い所為だろうか。無理をして笑っているような気がする。


 ここで話すのを止めようか?――とも思ったが――急に話を逸らしたり、無言になったりする――というのも、不自然な感じになる。

 俺は様子をうかがいながら、会話を続けることにした。


「もしそれが本当なら、テーマパークとして、より多くの人間を<スフィア>に近づける理由の説明が付くんだけどね」


 少しでも空気を換えようと、聞きかじった都市伝説を冗談めかした口調で言ってみたのだが、鷲宮さんの表情は晴れない。


 一方で、俺の話に興味を持ったのか、犬丸さんが振り返った。


 彼女は案の定――どういう意味ですか?――といった様子で首を傾げていた。

 頭の上には疑問符が浮かんでいる。


 そんな犬丸さんの仕草を可愛いと思いつつ、俺は補足する。


「つまり、パークを訪れた人間の中から<スフィア>が反応する人間を探す――ということだよ」


 結果、<スフィア>が反応する条件を持つ人間を探し出すことに繋がる。

 まぁ、遣り方としては効率が悪いため、ネット上でのみささやかれている噂でしかない。


「<スフィア>が反応した人間は、その後、忽然と姿を消してしまうらしい……」


 まさに、都市伝説にありがちな締め括りだ。

 それでも、どういう訳か犬丸さんは興味を示したようで、


「――ということは?」


 あごに手を当て、考える仕草をしながら、こちらに近づいて来ると――ハッ――とした表情で、


「それは、わたしたちで実験している――ということですね!?」


 そう口に出したかと思うと、


「誘拐事件です! 許せません!(プンプン)」


 いきどおりを見せ、鼻息を荒くする。

 俺はその様子を見て、思わず口元を緩め、失笑してしまう。


「フッ――落ち着いて……只の噂だよ」


 俺は笑ったお詫びと宥める意図も兼ねて『正解』とばかりに彼女の頭を撫でた。

 だが、その後『しまった』と思い――ハッ――とする。


(不用意に女の子の頭に触るなど、何たる失態……)


 普段の自分なら、絶対にしない行動だ。もし言い訳をするなら――丁度いい位置に頭があったから――と理由を述べるしかない。


 しかし、今はそんなことよりも――こんなことをして、嫌がられはしないか――と心配する方が先だ。


 俺は恐る恐る、犬丸さんの様子を確認する。

 しかし、俺の心配を余所に、犬丸さんは何処か嬉しそうに、


「えへへ♥(パタパタ)」


 とはにかんでいた。ポニーテールが動いているのは気の所為だろう。

 どうやら、俺の心配は杞憂きゆうに終わったようだ。

 一先ず――ホッ――とする。


 だが、こうなると次に気になるのは鷲宮さんの反応だ。


(まぁ、犬丸さんの反応からして、大したことはないだろう……)


 と思ったのだが――違った。

 彼女は口元に手を当て、驚愕した様子で顔を真っ青にしている。


(そこまで変なことをしてしまったのか――)


 ガーン――俺は衝撃と後悔で膝から崩れ落ちそうになった。

 だが、ここは公共の場だ。グッと堪える。


「いやっ、これは……」


 慌てて犬丸さんの頭から手を離すも、鷲宮さんの想定外の反応に対し、咄嗟とっさに上手い言い訳が出る筈もない。


「あれ? アオイちゃん……大丈夫ですか?」


 犬丸さんも、鷲宮さんの様子が奇怪しいことに気が付いたのだろう。

 素早く彼女の元に駆け寄ると、躊躇ちゅうちょすることなく抱き着いた。

 鷲宮さんの大きめの胸に――ふよん――と犬丸さんの顔が埋もれる。


「気分が……悪いのですか?」


 胸の谷間から心配そうな表情で見上げる犬丸さんに対し、


「大丈夫だよ――ちょっと、眩暈めまいがしただけだから……」


 と鷲宮さんは返す。明らかに『眩暈がした』という感じではないが、ここは心配させまいとする彼女の意志を尊重しよう。


「多分、気圧の変化が原因かもね――俺も少し、耳が……痛いかな?」


 実際にはそんなことは無いし、この選択が正しいのかも分からない。

 ただ、鷲宮さんも大袈裟にはしたくない筈だ。

 犬丸さんが納得する理由を用意してみた。


 取り敢えず、俺が犬丸さんの頭を撫でたことが原因では無いようだ。

 しかし、だとすれば他に理由がある訳で、安堵していい状況でもない。


「そ、そうでしたか……」


 犬丸さんは名残惜しそうに鷲宮さんから離れると、


「無理はしないでください……」


 殊勝な態度を見せる。その台詞に、


「ありがとう。サクラちゃん」


 と鷲宮さんは返した。俺はそんな二人の遣り取りを見て『良いモノを見せて貰った』と思うのと同時に、そんな感想を抱いてしまった自分に多少の罪悪感を覚えた。


 その感覚を払拭すべく――


「あっちに休憩用のスペースがあるから、二人は座って休んでいて――」


 そう言い残すと、二人の返答を待たずに、俺は駆け足で自動販売機へと向かった。

 鷲宮さんには『お茶』を、犬丸さんには『スポーツドリンク』を、後は自分用に『缶コーヒー』を買おうと考えたが、ここは『りんごジュース』にすることにした。


(もしかしたら、甘いモノの方がいいかも知れない――)


 好きな方を選んで貰おう。

 俺は出てきたペットボトルを抱えると、考え事をしながら歩き出した。

 もしかしたら――という、ちょっとした疑問だ。


(鷲宮さんは<スフィア>について、何か知っている?)


 そして、それを隠しているのかも知れない。確か、ジオフロントの開発に関わった鷲宮重工業の経営者は鷲宮さんの親戚だった筈だ。


(何か知っていても、立場的には奇怪しくない……)


 帯広ジオフロント――地下に作られた実験都市だ。

 巨大台風や豪雪などの異常気象への対策としても期待されている。


(――と表向きは、そういう事になっている)


 ただ、周囲の環境への影響が未知数である上、新たな災害の発生源にもなり兼ねない――というのが専門家の意見だろう。


 特に北海道であれば、農業や漁業への影響が懸念される。

 また、動植物を保護する団体からも、反発する声が上がっている筈だ。


(やはり、修学旅行の『見学先』として選ぶには、学校側へのリスクが高い……)


 それに鷲宮さんの父親は――関連会社の研究機関で責任者をやっている――と旅行前にクラスで話題になっていた。


(裏で何かしらの陰謀が蠢いている――)


 と考えてしまうのは愚かなことだろうか? まぁ、ただの本の読み過ぎだろう。

 俺もつくづく、陰謀論が好きだなと呆れてしまう。


 大抵の修学旅行は安全面や文化・歴史などから旅行代理店がコースを提案しているモノだ。


 今回の場合は、学校のお偉いさん方にコネのある人物がいたことが予想できる。


 きっと、多くの学生たちを招くことで――ジオフロントの安全性を訴えると共に<オベリパーク>と銘打ったこの施設をメジャーにしたい――という思惑があったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る