第一章 詰り俺の青春ラブコメははじまっている。

第2話 主人公<現代>:修学旅行(1)


 ここは帯広ジオフロント――通称<オベリパーク>。


 事の始まりは二十年程前に遡る――北海道の中東部に位置するこの場所で、直径三十センチにも満たない完璧な球体が発見された。


 仮に<スフィア>と命名されたソレは、煌々と輝きながら、未だに成長を続けている。


「はわぁ~、やっぱり大きいですね☆」


 同じ班の女子――『犬丸いぬまる咲良さくら』さんが急に駆け出したかと思うと、身を乗り出し、ガラス越しに見える巨大な球体を見詰め、感嘆の声を上げた。


「それに……光ってます!(パタパタ)」


 ポニーテールが尻尾のように揺れて見えるのは、俺の気の所為だろう。

 <スフィア>を指差し、はしゃぐ彼女――そんな彼女に対し、


(そのままの感想だな……)


 と思ってしまう自分は、やはり捻くれているのだろうか?

 だが同時に、彼女の存在が何処か危なっかしく思え、中々に目が離せない自分もいる。


「あまり近づくと危ないよ」


 思わず声を掛けてしまった俺に対し、


「はぅっ! す、すみません……(あせあせ)」


 彼女は謝ると窓枠からピョンと飛退いた。


(慌てなくてもいいのに……悪いことをしたかな?)


 犬丸さんは、くりっとした大きな瞳と栗色のポニーテールがトレードマークの小柄な少女だ。溌溂はつらつな言動からも分かる通り、その愛くるしさも相俟って、マスコット的な人気が出そうなキャラなのだが――


(こんなが要注意人物とは……)


 独特の正義感と生まれ持っての超人的な身体能力が災いしてか、学校では腫れ物を触るかのように扱われていた。噂によると、中学生時代に男子生徒四人を素手で病院送りにしたらしい。


(そんな馬鹿な……)


 俺自身、その真偽を確かめたことはない。

 だが、誰が言い始めたのか――通称<ブラッディドッグ>――彼女はそうささやかれていた。


 勿論、噂を鵜呑みにする訳ではないが、愛くるしい外見通りの人物でないことは、何となく理解していた。そんな偏ったモノの見方をする俺とは違い、


「そうだよ、サクラちゃん」


 まるで幼い子供を叱るように言ったのは『鷲宮わしみやあおい』さんだ。

 色白の肌に長く綺麗な黒髪を持つ、おっとりとした雰囲気の和風美人で、クラスでは男子からの人気を二分している一人だ。


 ただ、本人にはその自覚がないようで――人付き合いは苦手かな――と言っていた。確かに、育ちが良いためか、他人からの悪意に鈍い節がある。


 鷲宮さんは犬丸さんに近づくと、その手を握り、


「危ないから、勝手に走り出さないでね(めっ)」


 と注意をした。


「はい……(しゅん)」


 項垂れる犬丸さんだが、次の瞬間には忘れていそうだ。

 鷲宮さんもそれは分かっているのか――やれやれ――といった感じで肩を落とした。そして、俺に視線を向けると、


「迷惑を掛けてゴメンね」


 と謝った。


「気にしなくていいよ」


 俺は苦笑する。活発で落ち着きのない犬丸さんとは対照的に、落ち着いた雰囲気で口調も穏やかなためか、一緒に居ると和む。


 恐らく、そう思っているのは俺だけではないのだろう。クラス内での人気をかんがみるに、大抵の男子は彼女のことを――守りたい――と思ってしまう筈だ。


 しかし、そんな彼女は、自分の身を守るための護身術を心得ていた。

 そのため、並みの男子よりも強かったりする。

 進んでそういったことに興味を持つ性格とは思えないので、家の方針だろう。


 犬丸さんと仲が良いのも――護身術の師範が同じだ――というのが切欠きっかけらしい。

 正直、クラスの余り者だけで構成された班だと思っていたのだが、彼女と一緒なら楽しい旅行になりそうだ。


 俺は再び、<スフィア>へと視線を向けた。

 今は青白い光を放ち、淡く輝いている。


「まるで地下の太陽――いや、闇に輝く月かな……」


 学校へ提出するためのレポート用の写真を撮りながら、俺は独り言とも取れる会話を投げ掛けた。周囲の照明は<スフィア>を観測し易いようにと、最小限に留められている。


 今、俺たちが居る中層部は様々な研究施設が密集しているエリアで、通路が多少暗くても問題にはならないようだ。これから向かう予定の下層部は、主に居住区や商業区となっていて、クラスの集合場所でもある。


「発見された当初は、サッカーボール程の大きさだったらしいけど、今では直径十メートルを優に超えているらしいよ」


 そんな俺の説明に犬丸さんは、


「へぇー」


 と頷き、再び窓枠へと近づくと、


「何だか、綺麗で吸い込まれそうです……」


 と言って見入っていた。一方で、鷲宮さんは<スフィア>へは近づこうとはせず、握っていた犬丸さんの手を離すと、


「サクラちゃんには、そう見えるんだね……」


 と呟く。気の所為だろうか? 表情は相変わらず柔らかいのだが、その目付きは、まるで恐ろしいモノを見ているかのように感じられた。


 まぁ、得体の知れないモノへの好奇心や恐怖は理解できる――ただ、何処かぎこちない鷲宮さんの反応に、俺は何故だか違和感を覚えた。


 くいう俺も<スフィア>――というよりも学校側の対応――が気になっていた。


「大丈夫?」「ええ、ごめんなさい……」


「謝る必要はないさ――ただ、気分が悪いようだったら、早めに言ってね」


 鷲宮さんは俺のそんな言葉にニコリと微笑んだ。

 現在、俺たちは修学旅行の真っ最中である。

 飛行機に乗り、釧路から出発して、目的地である札幌へと向かう旅の途中だ。


 そのため、帯広を経由しているのだが――旅の目的がこのジオフロントへ学生たちを連れて来ることのような気がしてならなかった。帯広・十勝での観光なら美術館や牧場など、もっと修学旅行に相応しい場所がある筈だ。


 原発でさえ、過剰な反応を示す連中もいる。人類にとっては未知の存在である<スフィア>に対し、リスクを取ってまで生徒たちを見学させる必要性がわからない。

 PTAや世論からの圧力があることも容易に想像できた筈だ。


 ――果たして、学校側は何を考えているのだろうか?

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