愛依は祝主の後を後追いする
その件以来、
が、結論から言えば、わざわざそう決めるほどの事はなかった。
三つを過ぎて体が丈夫になった翔士は、今度はやんちゃが過ぎて怪我をするようになり、司凉を呼ぶ口実に事欠かなくなったからだ。
度々呼びつけられる司凉はものすごく迷惑そうだったが、呼びつける側の
後追いは未だ健在で、司凉の行くところ、どこにでもついて行こうとする。
その様子は母鳥に必死でついていこうとするカルガモの雛を思わせて、
赤子の頃から、祝主の濃厚な血を乳代わりに含まされ、どの愛依よりも祝主に気を馴染ませている翔士である。
怜悧な美貌で官女らとの浮名を欲しいままにしている司凉の後ろを、二つ三つの幼児が必死に後追いする姿は思わず笑みを誘うもので、わざわざ司凉が泉恕を訪れている時に合わせて顔を覗かせる同胞も出てくるほどだった。
司凉は鬱陶しがって後追いを止めさせようとしたが(何と言っても厠にまでついて来ようとするのである。そりゃあ、嫌だろう)、それで止める翔士ではない。
おしめのつけたお尻を振り振りして、一生懸命後を追っていた。
そうした攻防を繰り返し、ついに
厠についてくるのだけは止めさせたが、それ以外ならばもう仕方がない。
翔士がしつこく後追いしても文句を言う事はなくなった。
そればかりでなく、翔士のために歩く速度を加減するようになった。司凉からすればすごい譲歩である。
ただこれは、後追いしてくる愛依を思いやっての行為ではない。
勝手についてこられた挙句に怪我をされると面倒なので、結果的にそうなったというだけの事だ。
実を言うと、そのちょっと前に翔士は怪我をしていた。司凉に追いつこうとして短い足で駆けて行き、勢いよく地面に突っ込んでいったのだ。
ずべっという音がして、ぎょっとして司凉が後ろを振り返れば、愛依が顔面から道端に倒れ込んでいる。
慌てて抱き起せば、鼻の下に擦り傷を作った翔士が顔を真っ赤にしてギャン泣きを始めた。
「うぎゃああああああああああん」
司凉は呆然とした。
鼻の先ならまだわかる。少し突き出ているから擦り剥く事だってあるだろう。
けれど鼻の先は無事だった。代わりにまるで鼻血でも出したみたいに、鼻の下の皮膚が赤く擦り剝けていた。
「どういう転び方をすれば、鼻の下を擦りむくんだ?」
疑問は至極当然だったが、守役らに言わせればそんな事よりも怪我の手当てが先だった。
あれ以来、司凉は歩く速度を緩めるようになったが、それですべて安心という訳ではない。
幼いせいなのか元々がおっちょこちょいなのか、つい先ほどは自分で自分の
司凉が慌てて抱き上げたが、今回は怪我はしていないようだ。
犬の子のように脇を持って持ち上げられた翔士は、目をきらきらとさせて祝主を見る。
祝主に抱いてもらえた事が嬉しくて、足をぶらんとさせた状態で、翔士は祝主に向かって一生懸命短い手を伸ばした。
「しりょー、しりょー」
その胸に抱きつきたくて、じたばたと暴れる愛依をまじまじと見つめて、司凉は呆れ果てたように言い放った。
「ふん、ぶさいくだな」
ぶさいく……?
翔士は不思議そうに首を傾げた。
ここで改めて言っておくと、翔士は別段ぶさいくではない。
生まれたては猿のようだったが、これはどの赤子にも言える事で、今の翔士は目のくりっとした睫毛の長い幼児である。
唇はぷっくりと弾力があり、鮮やかな珊瑚のような色合いをしていた。
そんな翔士だから、『ぶさいく』などという言葉を掛けられた事は一度もない。なので、ちっちゃい頭でこれは誉め言葉なのだと理解した。
「うん! しりょーも、ぶっさいく!」
思い切り大声で返されて司凉はむっとした。自分は愛依に好き勝手言うくせに、言われるのは嫌であったらしい。
司凉は傍を歩いていた宜張に向かって、愛依を犬の子のように放り投げた。
「うおぉ! あぶねえじゃないか!」
宜張は慌てふためきつつも、放られた翔士を抱きとめた。
もっと文句を言ってやりたいが、既に司凉は数歩先を歩いている。
一方の翔士は放り投げられた事が嬉しかったらしく、宜張の腕の中できゃっきゃっと笑っていた。
「お空飛んだー、もう一回!」
愛依はご機嫌だが、先を歩く祝主は大人げなく本気でへそを曲げていた。
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