第12話 ゴン

 一方、ほぼ同時刻。


 空中にいるヨートは、世にも奇妙な体験をしていた。


『だから思うわけよ、

 オセさんはもうちょっと、オイラたちのこと労ってくれてもいいんじゃないかってな』


「はあ」


『褒めろとは言わないよ。そりゃ、褒めてはほしいけどさあ、

 こう、キツイことばっかりじゃなくて、もっと優しくしてくれればねえ』


「はぁ」


 さっきからこんな調子である。


 周りから見たらショールな光景だろう。


 愚痴をこぼすドラゴンに、それを聞くヨート。


 さっきから、


「はあ」としか言えないほど、思考回路がストップしてしまっている。


 それもそうだ。

 ヨート自身、なぜドラゴンが喋り出したのか、まったく分からない。


 ネタ明かしをしてしまえば、ヨートの力が働いたのだろう。

 キセキというのは、なにも危険を回避するためだけではない。


 ありえないことを引き起こす。

 それも立派な、キセキだ。


 その力によって、喋れないはずのドラゴンが、喋り出した――、

 そういうことだろう。


(なんか、変なことになっちまったなあ……)


 ヨート自身、自分の力だとは気付いていない。

 気づいたところでどうにかできるわけではないが。

 扱いにくいよりも、扱えない力なのだ。


『だからな、オセさんも――』


「だあもう! 分かったからっ、もういいから!」


 さすがに、これ以上は聞いていられないと、ヨートが遮る。


 ドラゴンも、『えー』と不満そうだった。


「表情が豊かになってきてる……」


 ヨートの見る目が変わっただけかもしれないが。


「おい、お前、名前は?」


 聞いたが、ドラゴンはきょとんとして、


『名前? そんなものはないな。オセさんも特に付けてないし、そもそも、使い捨てにする道具に、名前なんて付けないだろ。オイラたちも特に使わないから、必要ないんだ』


「なんだそれ……、じゃあいいや、おれが付けてやるよ」


 ドラゴンの背中、ヨートがあぐらをかいて考え込む。


『? 名前なんて、別に』


 ドラゴンの意思など関係なく、


「よし、これだな」とヨートが勝手に決める。


「――お前の名前、【ゴン】ってのはどうだ?」



 あぐらをかいて考えた名前にしては……、

 本当によく考えたのか?


 安直過ぎる名前だ。

 まさか、ドラゴンの後半二文字を、いじらずそのまま使うとは。


『お前、センスないな』


「なん!? う、うるせー、別にいいだろ、テキトーなんだしさ」


『オイラの名前、テキトー……?」


 文句を言うも、しかし実は少し気に入っていたらしいドラゴンだ。


 あらため――ゴン。


『あがたく貰うよその名前――』


「そっか、よろしくな、ゴン。おれはヨートだ」


 すると、ヨートの肌を裂いていた鋭い鱗が、丸くなっていた。

 ゴンがヨートのことを認めたのかもしれない……。

 警戒がなくなっている。


 それは素直に嬉しかった。


「なあ、一つ聞くけど、お前は……、オセのことが、恐いのか?」


『別に、そういうわけじゃないけど……体は正直なんだろうね。気持ちに反して、怯えたみたいな反応をしちゃうんだろうなあ……』


 ゴンは思い出す。

 あの苦しかった、恐怖で支配する、オセのやり方を。


『目の前で何人も死んでいった。いや、何匹、何体……まあ、なんでもいいね。

 そこは地獄だったよ。

 あの人は平気で、オイラたちを盾にする。そこに感情はない……あの人はなにも感じない』


 普通なら、その時点で逃げたいと思うだろう。


 首輪はついていない。

 人質だっていないはずだ。


 それらが不要な、支配。

 恐ろしい力だ、と思った。


「お前らは、無理やり支配されて――」


『いや、違う』


「は?」


 疑問が浮かんだ。



『支配じゃない、関係ないよ。

 これはオイラだけかもしれないし、こう思うことがオセさんの力かもしれない――でも』


「なにを、言ってるんだ……?」


『簡単なことなんだよ。

 ただ単にオイラたちは、オセさんのことが、好きなんだ』


 それは――、理解できなかった。

 使い捨てにされ、ボロ雑巾のように扱われ、奴隷のように従えられて。


 それでもまだ、主人が好きだなんて。


 これも、オセの能力だろうと思った。


 だけど、


 目の前にいるゴンの目を見れば、それが本当の感情であることがよく分かった。


(本当に、好きなだけなのか……)


 この好きも、決して、恋愛感情ではない。


 主人への忠誠だ。


 たとえ自分が死ぬ結果になったとしても、オセを守りたいと、本気で思っている。



 それは、誰よりも強い。


 どんなものよりも、きっと強い。


 だからこそ、オセのことが許せなかった。


 こんなにも想ってくれている仲間を、簡単に見捨てられることが。


 今もそうだ。

 普通なら、ゴンがいなくなったことぐらい、気づくべきだ。


 だけどオセは気づかない。

 結局は、その程度の存在だった――。


 関心がない。

 道具を扱うように、壊れたらまた、買い直せばいいと思っているように。



「ゴン、今からあの女をぶっ飛ばしてくる……、いいだろ?」


 そこで良いと言ったら、さっきまでの忠誠はなんだったのか、と思うが、

 それでも、ゴンは言った。


『任せた』


 にっ、と、ヨートが邪悪に笑う。


 だけど、それは良い意味での邪悪さだ。


「なんだよ、否定がくると思ったのにさ」

『別に、ヨートなら、変えてくれると思ったからな』


 なにをだ? と、ヨートが首を傾げる。


『オセさんの中に溜まっているなにかを――ぶっ壊してくれるんじゃないかって』


 すると、ゴンが真上へ急上昇した。


 振り落とされないように、ヨートはしっかりとゴンにしがみつく。


 そんなことをしなくとも、落ちることはないだろう。

 ゴンが自身の尻尾をヨートの体に巻きつけ、ガッチリと固定しているからだ。


「うぉ……っ」

 

 雲の手前、高所でぴたりと静止する。


「お、い……ッ、いくならいくって言え! びっくりするだろ!?」


『ああ、そうか。人間は軟弱なんだったな』


「なに!?」

『冗談だよ、冗談』


 ははは、と笑うゴンを見て、ヨートも同じように笑った。


『向かうのは、オセさんがいる、あのドラゴンだ。

 一気に進むが、大丈夫か?』


 ヨートが頷く。

 そして、一点を見つめる。


 もちろん、オセだ。


(てめぇをぶっ飛ばして、ゴンたちを解放してやる。

 そして、教えてやる、こいつらの、心を――!)


 そう決意し、


 次の瞬間。


 ――急降下が始まった。

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