第13話 竜の心

「あが、がががががががッッ」


 急降下による突風がヨートを襲う。

 気を抜けば、すぐに空中へ放り出されてしまうだろう。


 思ったよりもゴンが早く飛んでいるので、すぐに目的地が近くに迫る。

 オセが乗る、あのドラゴンだ。


「――ここでいい」


 え? というゴンの言葉は、もう聞こえていなかった。

 ヨートがゴンの背中から空中へ飛び出す。


 そして、そのまま落下し、


『おい!? まだ結構な高さがあ――』


 ゴンの叫びはヨートには届かず、しぼんで消えていく。

 ダンッ! と、ドラゴンの背中に勢い良く着地する。


 ジーン……と、ヨートの両足に衝撃が響いた。


「いっ……っ、そっ、さすがに無理があったか……」


 もう少し、ゴンに乗っていれば良かったと少し後悔だ。



「あん? ああ、そう言えばいたなあ、お前も」


「えぇ……、本気で眼中にもないのかよ」


 まあ、オセの狙いは八位であるソラで、ヨートではない。

 眼中にないのは当たり前か。


 そこで、疑問があった。

 順位が下である八位のソラが、五位のオセを狙うのは分かる。

 しかし、その逆はおかしくないか?


 たとえ倒したとしても、オセにメリットがない。

 順位が上がるわけではないのだから。


 謎の男も、そういうルールを作っていた。

 自分より下の順位を狙って倒したとしても、状況はなにも変わらない。


 それは、弱者を狙うという弱い者いじめをなくすためだろう。

 しかし、状況が変わらないとしても、狙うクズは多くいるのだが。


「なんで、ソラなんだ? お前だったら、四位や三位を狙えばいいじゃねえか」

「まあ、それでもいいんだけどよお……勝てないわけじゃないが、厳しいんだよなぁ」

「そうは言っても、ソラを倒したところで、なにも変わらないだろ」


 オセはそれを、


「いやあ?」と否定した。


「十位圏内からは、少し変わる。

 普通なら、戦って勝った、自分よりも上の順位のやつと自分の順位が入れ替わるが、十位圏内からは、負ければ終わりだ」


 ヨートは、【キセキ】という不思議な力を持ってはいるが、能力者ではない。

 それは能力者に必ずある、体に刻印された順位がないからだ。


 だからヨートは、このランキング戦には、不参加という扱いになる。

 そのため、ルールを言われても、サッパリ分からない。


「終わりってのは、どういう……?」


「そのままだ。

 このランキング戦からの失格。そして、アビリティの、


 ――、言葉に詰まった。


 永久剥奪。

 それはもう、この世界で、アビリティが二度と使えない――、


 この能力者だらけの世界で……。

 武器を持たずに戦場で暮らすことを意味している。


 ただの一般人に戻る。

 そして、この世界が元に戻るまで、黙って見ていることしかできない。


 それも一度でも、十位圏内に入ってしまったら、

 その地位の恩恵は、中々捨てられない。


 自分の無力さに、耐えることができないだろう。


「……だから、ソラを狙ってんのか」


「まあな。それについて、責められる筋合いはないぞ。

 これも立派な戦略だ。厄介なやつを先に潰しておいて、なにが悪い」


 オセは間違っていない。


 卑怯だと言われようとも、これが戦法というものだ。

 スポーツにだって、そういうやり方はあるし、咎められはしない。

 ルールに違反していれば処罰を受けるだけで。


 だけどこれは、スポーツではない。

 命懸けの戦いなのだ。


 厄介そうだから。

 邪魔だから……、そんな重みのない理由で狙われてたまるか。


「……お前は、間違っちゃいねぇんだろうな。……でも、正解でもない」


「ふん、知ったような口を。

 能力者でもない、お前になにが分かる? 

 ワタシのドラゴンに簡単に殺されるようなやつが、

 ワタシをどうにかできるとでも、思ってんのか?」


 確かに、実力差は圧倒的だ。

 あのソラでさえ、苦戦していた。


 ヨートになにができるのか。

 しかし……約束したから。



 ゴンに言われた、


『なにかを変えてくれるかもしれない』という言葉。


 その言葉が、ヨートを動かす。


「そのドラゴンの心を、お前は考えたことがあるのかよ」


「はあ? 心、だと? 

 はっ、そんなもんが、あるとでも思ってんのか? 

 こ・い・つ・らに、そんなものが、あるとでも?」


 オセは乗っているドラゴンの背中を、何度も何度も踏みつけた。

 ガンッ、ガンッ! と、ハンマーで殴ったような音が響く。


 いつものヨートなら、ここで怒りを爆発させていた。

 だけど、今は抑える。

 まだ、こいつに伝えていないから。


「お前が乱暴に扱ったドラゴンは言ってたよ、お前のことが好きだって! 

 たとえ使い捨てにされるとしても、道具のように扱われるとしても――、

 変わらず、お前のことが、好きだって、守るってッ!」


 最後の方は叫びに近かった。

 それでも、伝わったはずだ。


「ふうん……、だから――なんだ?」


 オセは揺るがなかった。

 動揺もない。


 心が動かない。


(……ちっ、悪い、ゴン……。

 お前の言っていたもの、変えられそうにねえや――)


 オセは冷たい視線をヨートに向けて、


「はんっ、あのドラゴンたちに、心などあるはずがない。

 結局は、あの男が作り出したものに違いねえんだからなあ――おぉい!」




『心ならきちんとあるぜ! オセさん!』




 それは、上空から聞こえた。


 ゴンが、近くまで接近していたのだ。


「……お前は……いや、喋れたのか……?」



 さすがに、これにはオセも動揺を隠せない。

 こうしてドラゴンたちと向き合ったのが、初めてなのだろう。

 一方通行に近い意思疎通だったのが、

 今回、ドラゴンからの、アクションを感じたのだ。


 こんな風に、心を通じ合わせるのは、初めてなのだろう。


『最初から喋れたわけじゃない……そいつのおかげだよ』


 そう言って、ヨートを示す。

 偶然発動した、キセキの力だが。

 ヨートの自覚がなくとも、ドラゴンはヨートのおかげだと信じている。


「なら、こいつが言った、お前たちの心とは……本当か?」


 オセの心が、少しだけ、揺れた。



『ああ、本当だ。オセさんのためなら、死んでもいい。

 だけど、死にたくない。もっとオセさんと、一緒に過ごしたい!』


 それはゴンの、素直な気持ちだった。

 ドラゴンの本音だ。


 そして、オセの心が傾きかけた。

 あと少しで倒れてしまう、それほどまでには。


 でも、それ以上はなかった。

 あのゴンでも、倒すことはできなかった。


 揺らし、傾けさせるまでで、限界だった。


「……お前たちの心は、分かった。だけどな、もう無理だ。

 ワタシはずっと、こうして生きてきた。そう育てられた。

 ワタシはまだ、お前たちのことを信頼できるわけじゃない!!

 今更、それを止めて新しく生きることなど、できない、できるものか!!」


 それは、わがままを言っている子供のようだった。

 

 そんな子供を、あやすように、


『なら、変えなくていい。オセさんは今まで通りでいい。

 オイラたちが命懸けで守るから、心配なんて、しなくていいから――』


 にこ、と、ゴンが満面の笑みでそう言った。



「……っ、う」


 なにも言えない。

 なぜ、こんなにも尽くしてくれるのだろうか。


 なぜ、あれだけ酷い扱いをした自分を、信じられるのだろう?


 心がぐちゃぐちゃにかき混ぜられているような感覚になった。


 それから。

 出番がきたように、ゆっくりと静かに、彼が告げる。


 キセキの少年が。


「――これがゴンの心なんだよ。

 それでもまだお前は、生き方を変えないのか?」



 ゆっくりと、



「これだけ、お前を信じてくれているのに……それを裏切るのかよ」


「止めろ……」


 ゆっくりと、



「簡単に、友達を見殺しにして、いいのかよッ!」

「止めろ止めろ止めろ止めろォッッ!」



 オセは両耳を、その両手で塞ぐ。

 オセの心は、もうズタズタだった。


 ザッ、ザッと、後ろに後退するオセ。

 だが、その逃げ場も、もうない。



 ヨートがゆっくりと、迫る。

 今のオセを見ても、なにも恐くない。

 恐れる中身が、彼女にはない。


 力では負けているかもしれない。

 だけど、心では勝っているのだから。


「――あ、ああ……っ」


 オセの顔が驚愕に染まっていた。

 こうなればもう、五位なんて地位は関係ない。

 そんなもの、あってないようなものだ。


 ヨートが拳を握る。

 強く、力を込める。


 そして――、



「よく考えろ、そして答えを出せ。

 それがどういうものだったとしても。

 お前自身が決めたのなら、これから先、それはお前を導く、道になるんだから」



 ドスンッ! と、ヨートの拳がオセの腹に突き刺さった。


 オセの力が抜け、その場に倒れる。


「――ゴンがいるから、顔だけは勘弁してやるよ」


 ―――

 ――

 ―


 気絶したオセを背負い、

 ゴンと一緒に地上へ降りた時、ソラの駆ける足音が聞こえてくる。


「ヨート!!」

「おう、もう終わったぞ。って、ソラ? 傷だらけじゃんか!」


 ソラの体には、大量の切り傷が。

 かまいたちによる切り傷だろう。


「それはお互いさまでしょ。

 あんただって全身、傷だらけだし」


 ヨートもまた、傷だらけだった。

 キセキの力があるから、と言っても、防げる攻撃は、ほんの一割くらいなのだ。


 つまり、九割の攻撃を、ヨートは受けている。


 ソラよりも、ヨートの方がダメージは大きい。


「おれは全然、大丈、夫っ、つう――ッッ!?」

「ほらみなさいっ、やっぱり重傷なのよ――ほら、早く見せて」


 ソラは、ヨートの腕をぐいっと引っ張る。


「痛、てててて! 強いって、マジ強いって!!」

「が・ま・ん・し・ろ!」


 まったく、と、ソラが傷口に、消毒液をかける。

 ジュウ、と、なにかが溶けたような幻聴が聞こえて、ヨートが悲鳴をなんとか堪える。


「はい! これでおしまい。

 あとは傷が開かないように安静に……どうしたの?」


「いや……、なんでも」


 プルプルと、ヨートが傷口を押さえて屈む。

 傷口に消毒液というのは、ものすごく痛いのだ。


「ねえ……、さっきから気になってるんだけど、このドラゴンは、なに?」


 ソラの疑問は恐らく、ゴンのことだろう。

 見た目は他のドラゴンと変わらない。


 変わっているのは、人間の言葉が分かるという点だが。


 そこで気づいた。

 ゴンが喋ることに、ソラはどう反応するのだろう?



 たぶん、パニックになるだろう、というのは分かるが。

 事前に説明しておけば――、

 しようとしたところで、遅かった。


『あ、オイラは怪しくないぞ。ヨートの友達の、ただのドラゴンだから』


 ……………………。


「しゃ、しゃう、しゃ――喋ったぁああああああああああああああああああッ!?」


 あーあ、と。

 ヨートの予想が、見事に当たったようだ。



「えっと……、つまりあんたの力で、ゴンは喋れるようになった、ってこと?」

「うん。まあ、そういうことだろうな。おれが触ってから、喋り出したし」


 はあ、とソラが深い溜息をついた。


 呆れたのが、ほとんどだろう。


「相変わらずめちゃくちゃね、そのアビリティ

「でもまあ、なっちゃったもんはしょうがないんだしさあ」


 正直なところ、この力のオンオフのやり方が分からない。

 気づけば発動している、そんな力なのだ。


 リモコンや説明書がないのだ、

 その状態で扱えと言われても、無理だ。


「なあ、ゴン。お前はこれからどうするんだ?」

『とりあえずは、ドラゴンが集まる巣に向かう予定』


「巣? 巣なんて、あるのか?」

『ああ、あるぞ』


 ヨートは拍子抜けしてしまった。

 良い意味で、なのだが。


 オセが脱落したことによって、彼女の力が消えた。


 それは、ゴンたちの消滅を意味していると思っていたが……。


「お前らは、じゃあ消えなくていいのか?」


『消える? そんなわけ――、あ、そうか。

 勘違いをしてるみたいだけど、オセさんの力は支配であって、親じゃない』


 ん? と、ヨートはあまり分かっていない様子だった。

 ソラがそこに、補足を入れる。


「つまり、オセはあなたたちのことを操るだけの能力で、

 負けたからと言っても、消えるのはその操る力だけ……でしょ?」


『うん。オイラたちはオセさんに生み出されたわけじゃないからね。

 あの、顔が分からない男に、生み出されたんだと思う――。

 でも、そのあたりの記憶が曖昧で……』


 ゴンが言う謎の男とは、この世界を変えた、【謎の男】のことだろう。

 未だになんの情報もない、謎に包まれた男。


 辿り着くのは、まだまだ先になりそうだ。


『ヨート、お前のおかげだ』


「ん? なんだよ、急に。

 おれ、特になにもしてないぞ?」


『ヨートがそう思っていても、オイラたちは本当に感謝してる。

 ヨートがいなければ、未だにオセさんと、心は通じ合っていなかったから』


 それでもヨートは、自分はなにもしていない、と思う。

 だって、ヨートがしたことと言えば、

 心と心の間の道を、穴を塞いで舗装しただけなのだから。



 そこから先は、ゴンとオセの問題だ。


 そこから先、どうなるかは、一体と一人にかかっている。



『本当に、あり、が……と……う……』

「ゴン?」


 言葉が途切れ途切れになっていた。

 かろうじて聞こえた、『ありがとう』が、ゴンの最後の言葉だった。



『ギャオオオオオっ』



 次に聞こえたのは、原始的な叫び。

 言語ではない、鳴き声だ。


 ゴンはもう喋らない――喋れない。


 ヨートの力が切れたらしい……今になって。

 別に、永遠に効力があると言い切れるわけではない。


 だから、いつ切れてもおかしくなかったのだ。

 それが今だった――ただ、それだけのことだったのだ。


「……ゴン」


 ゴンがオセをくわえて、自分の背中に乗せる。

 そして、旅立っていく――。


 別れの言葉はなかった。

 もしかしたら、最後の叫びが、そうだったのかもしれない。



「ヨート」


 ソラがヨートの横顔を見た。

 それはいつもと変わらない表情だった。


「また、会えるよな?」

「そうだね、きっと会える」


 もしかしたら、もう会うことはないかもしれない。


 だけど、


 この繋がりは、決して消えない。

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