第8話 ドラゴン使い その2
(……落ち着け! 相手は五位だが、二人で戦えばなんとか――)
と、その時、ピューッッ、という高い音が響いた。
音の発信源は、オセ。
指を咥えて、笛のように音を出したのだ。
嫌な予感がした。
これではまるで、なにかの合図……。
『なにか』を呼んでいるみたいではないか。
そして、その予想は当たり、
バサッバサッ! と、地面に大きな影が生まれる。
雲かなにかだろうと思いたかった。
しかしそれは無情にも裏切られ、ドスン! と、ヨート達の前に降り立つ。
それは、
『ギャアアアアアアアアアアアアアッッ!!』
さっきよりも一回りも大きい、ドラゴンがそこにいた。
「【ドラゴン
この世界にいる全てのドラゴンは、ワタシの支配下だ」
ふざけんな、と言いたいところだが、この状況はあんまりだ。
こんなの一つの国、その軍隊を相手にしているのとなにも変わらない。
「さぁってとっ! ……やるか」
その言葉と共に、オセを乗せたドラゴンが、殺戮のために動き出す。
ヨート達の体は地面に縫い付けられたように動かない。
その重く、固定された足を、ヨートは無理やりに動かす。
(こんな事で、びびるなッ! これ以上の危険が、これから先、待ってんだぞ!?)
そう言い聞かせ、その足を上げる。
べりべりと、足の裏の皮膚を地面から剥がすように。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!」
ドラゴンが吐いた炎の波から、ソラを守るように、前に出る。
炎の球体とは違い、炎の波はドラゴンの意思で出続ける。
ドラゴンが吐くのをやめない限り。
「ちょっと! ヨート!」
ソラは、前に出てきたヨートに叫ぶ。
ヨートの力は、こんな時に都合良く発動するか、まだ分からない。
ヨート自身でもまだ解明できていないのだ。
二分の一の確率で発動するが、しかし二分の一の確率で発動しないのだから。
もし、出なかったら――、
死ななかったとしても、大怪我をする。
そんなのは絶対にダメだ。
ソラは、ヨートの元へ走り出す。
だが、間に合わない。
炎がヨートを飲み込むために迫る。
ヨートは避けようとしない。
避ければ、ソラに当たってしまうからだ。
それが分かってるから、引かない。
そのために前に出たのだ。
犠牲を前提に、前に立ったのだから――。
「ヨート!!」
手を伸ばす。
決して届かないその手を、限界まで伸ばす。
その手は服にすら触れない。
かすりもしない。
ただ、空を切る。
そのままヨートの全身が、炎に飲み込まれる。
――はずだった。
飲み込まれるその瞬間に、
その炎はヨートを避けるように、左右に分かれた。
「?」
炎を吐いたドラゴンではなく、オセが眉をひそめた。
それはそうだろう。
こんな現象、普通ならば起こらない。
だが、それを引き起こす
偶然を引き起こす? 違う。
幸運を呼び寄せる? 違う。
それに、正解はない。
ただ、一番近いものならば。
現象を捻じ曲げる能力。
それが一番、正解に近いと思う。
説明などできない。
もしかしたら、
自由に扱えてこそいれば、神を越えた力かもしれないのだ。
そんな強大な力を持っているにもかかわらず、少年は弱い。
誰かに助けてもらわなければ、弱い。
だからこそ、発動したその能力は強い。
心の強さが能力を強くする、とまでは言わないが、まったく関係ないとも言えない。
誰かに助けられた――恩がある、感謝をしている。
その相手が死にそうな時、本気で見捨てる事などできないだろう。
ヨートは、本気で助けようとする。
そして、ヨートのその気持ちは、誰にも負けない。
弱い。
だからこそ、助けられた恩を忘れてはならない。
その相手を、失う事は許されない。
キセキは、そういう人間の頭上に舞い降りてくる。
「なんとか、無事……、だったな」
「……そうね」
ヨートはソラを見ずに言った。
オセから目を離せば、それだけで危険だと思ったからだ。
その判断は正しく、オセは既に、次の攻撃へ移っていた。
「何が起きたか、いまいち分からねぇが、
そうそう何度もまぐれはねぇだろ、なぁおい」
ドラゴンが、今度は波ではなく、炎の球体を吐き出す。
出し続ける波とは違い、球体は飛んでくる。
つまり、遠距離から狙われる――。
(まず……ッ! もう一回、この力が発動するとは思えねえぞ!?)
そう考えてる内にも、炎が迫ってくる。
考える隙など、与えてはくれない。
(――どうする!?)
その時、ビュオッ、と突風が吹いた。
その風がぐるぐると円を描くように回り、一つの大きな竜巻を作り出す。
それは、ドラゴンの目を狂わせるには充分であり、
ヨート達が逃げる時間を僅かだが、作り出した。
偶然ではない。
自然な風ではない。
これは人為的で意図的な、風だ。
「早く! こっちです!」
ヨートが声のする方を向くと、ハヤテがいた。
あの風を起こしたのは、ハヤテだったのだ。
「よしっ、行くぞ! ソラ!
ハヤテがチャンスを作ってくれたんだ、これを使わないなんてあり得ねえよ!」
ヨートがソラの手を引っ張り、ハヤテがいる廃墟ビルへ走る。
だが、危険はまだ続く。
「ヨート! 後ろだ!」
ハヤテが叫び、ヨートが後ろを向いた時には、炎の球体が目の前まで迫っていた。
惑わされた視界の中で、当てずっぽうで放ったのか。
しかし的確に、ヨート達を狙っていた。
「……ッ! こ、の……ソラっ! 跳べぇえええええええっっ!」
二人同時に跳ぶ。
炎の球体は、今、ヨート達が跳ぶ寸前の場所に突き刺さった。
爆発と同時に爆風が生まれ、ヨートとソラの背中を叩く。
その勢いを利用し、廃墟ビルの中へ跳び込んだ。
「はぁ……はぁ……っ! なんとか、いけたな……っ」
「ここまで来れば、もう安心です。完全ではないですけど。
……今の内にここで考えましょう、あのドラゴンを倒す方法を」
ハヤテが淡々と告げた。
逆に、それが不安を呼び起こした。
そこで、一つの疑問が生まれたのだ。
なぜ、こんなにも冷静でいられる?
別に、引っ掛かるほど変な事ではないかもしれない。
さっき、『風』を使っている場面を見たのだ、どうやら能力者らしい。
戦いに慣れたのかもしれないし、こういう状況を何度も体験しているのかもしれない。
それにしてもだ、あまりにも、冷静なのだ。
まるで、こうなる事があらかじめ分かっていたかのような冷静さ。
台本通りに、予定通りに進行しているような、冷たい感覚。
今のハヤテは、それだった。
「一旦、先に進みましょう。ここにいたら危険があります」
三人が立ち上がり、廃ビルの中を突き進む。
途中、施設のようなものがあったが、
木端微塵に破壊されており、使い物にならなくなっていた。
「ここは、なんだ?」
「孤児院ですね」
ハヤテがそう答えた。
悲しい瞳を見せたのはわざとなのか……。
「この様子からすると、孤児院……『だった』んでしょ?」
「ええ、そうです。確かにここは孤児院でしたよ、つい一週間前までは、ね」
ソラは聞くべきか迷った。
彼女自身も、もう予測してしまっていたのだ。
ここで一体、なにが起こったのかを。
「聞きたい事は分かりますよ。なぜこんな状態なのか、でしょ?
その予想で合ってますよ。力を持ち、その力を悪用した、能力者ですよ」
この世界で能力者は二通りの種類がある。
一つは、この世界を元の世界に戻そうとランキングを勝ち上がろうとする者。
もう一つは、ハヤテが言ったように、その能力を悪用する者。
能力を使い、犯罪に手を染める者は、世界が変わって数日で多発した。
最悪、殺人にまで手を出した者がいるのだ。
これがこの世界の現状。
こんなものは、戦争となにも変わらない。
これこそが、謎の男が作り出したかったものなのだろうか?
これが改変されるべき、世界なのか?
(違う! こんなのは絶対に、間違ってるっ!)
人が死んでいい平和なんて絶対にない。
ヨートはただ、それだけを思う。
誰かが犠牲になるハッピーエンドなんて存在しない、と。
「ハヤテは、その能力者を恨んでいるの?」
「ええ、恨んでますよ。僕はここに居ましたからね。
その時はまだ力もなく、黙っている事しかできませんでしたよ。ただ見てる事しか――」
ハヤテはその右拳を力強く握る。
あと少しで、壊れてしまうほどに。
「復讐はやめた方がいい、それだけはダメだよ」
「――あんたになにが分かる!!」
その叫びに、ソラとヨートがビクッと体を震わせた。
この静かな少年から、こんな声が出るとは思っていなかったのだ。
「あんたに、なにが分かるんだ!
復讐はやめた方がいい? ――んな事は僕だって分かってるんだよッ!
でも無理なんだよ! 抑えられないんだよ! あんたにこの気持ちが分かるか!?」
言葉はまだ続く。
「目の前でなにもできずに、妹を殺された、僕の気持ちがッッ!!」
その言葉に思考が止まる。
ヨートもソラも、なにも言えなくなった。
だって、そんな気持ちは分からない。
二人とも、目の前で兄弟(姉妹)が殺された事がないのだから。
なにもできない。
なにも言えない。
ハヤテの気持ちなど分かるはずもない。
ハヤテが復讐をしても、責める事なんてできない。
でも、それでもソラは言う。
「やっぱり、復讐だけはやめた方がいいよ」
静かに、まるで小さい子供を寝かせるように、言った。
「復讐は結局、自分に返ってくる。
復讐に成功したとしても、あるのはただの『無』よ――」
ハヤテはその言葉、そのソラの眼に、気圧された。
ソラが正しいとは限らない。
それでもハヤテの中で、それは正解に変わっていった。
復讐なんて、自分のトラウマを掘り起こすだけじゃないのか?
ソラは、ただ言いたい事をぶつけただけだ。
言ってダメなら諦めていた。それくらいの覚悟だった。
(……やっぱ、ソラには勝てねえなあ)
それでも、ヨートには響いていた。
自分を助けてくれた、あの時と変わらない光。
これだから、追いかける事ができる。
その背中を、目指す事ができる。
「……そうですね、復讐はやめるとします」
「――うんっ、それがいいよ」
ふふふっ、と楽しそうに笑うソラ。
しかし、ヨートは喜ぶまでに時間がかかった。
……あっさりとし過ぎじゃないか?
そして。
――ドンッ! と、唐突に押された。
押した張本人である、ハヤテの表情が変わる。
「復讐はやめますよ。だからこの感情は、あんたらにぶつけるとするよ」
え? という声も出せずに、押されたソラの足場が壊れた。
まるで、狙っていたような崩れ方だった。
「なに!? ――ソラっ!?」
咄嗟に手を伸ばす。
あと少しで、届く。
指と指が触れ合った瞬間――、
ヨートの腕が、ハヤテに蹴られた。
触れた指先が、遠ざかる――、
ソラを、救えなかった。
「が――なっ、ソラぁああああああッ!?」
ソラが落下していく。
すると、下からドラゴンが迫ってきていた。
当然、背中には、オセが乗っていた。
「作戦通りだ、小僧!
そっちは好きにしろ。あと、ワタシの戦いには手を出すなよ、おい」
「はい。分かってますよ、オセさん」
目の前で起こっていたこと。
予想はできたが、それでも信じられないものだった。
(……オセとハヤテは、手を組んでいた!?)
ヨートはそれを信じられなかった。
いや違う、信じたくなかったのだ。
しかしだ、それなら納得がいく、辻褄が合う。
騒ぎが起きても、あれほど冷静だったのも、知っていたから。
ここにドラゴンが来るのも、オセが暴れるのも、知っていたから。
振り返れば、
あのメイド喫茶で食事をしたのも、オセが来る瞬間を見るためだった。
つまり、
(狙いは、おれ達だった……?)
落下するソラを、ドラゴンが口を開け、丸飲みにしようとする。
が、ソラは木刀を使い、落下の軌道を少しだけずらす。
高い運動神経。
彼女は崩れかけたビルを足場にしながら、地面を目指し始めた。
ここで戦うには、圧倒的に不利だからだ。
「おいおい、逃げるなよ! なぁ八位! えぇ、おいッ!」
「来るならきなさいよ! ぶった斬ってやるわっ!」
ソラの無事を確認して、ヨートはホッと、安堵した。
(おれ達、じゃねぇか。そりゃソラだよな、狙いは――)
「一応、聞いておくぞ。なんのつもりだ? てめえ」
ヨートの威嚇に、ハヤテは悪気なく言った。
「裏切らないと生きていけないんだよ、僕みたいに弱い奴はさ」
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