第6話 ハヤテ
ぐー、と腹の虫が鳴った。
食べ物を早くよこせ! としつこく要求してくる感情をひたすら抑える。
「……最悪」
と、ソラが呟いた。
腹の虫が鳴ってるのもそうだが、それ以上に、バーベキューが台無しになった事がイラつきの原因だろう。
ティラノとの戦いの衝撃なのか、バーベキューの台などがガタンと倒れ、肉、野菜が地面に落ちて食べられなくなっていた。
さすがに三秒ルールは適応できないだろう。
落ちてから三十秒以上は絶対に経っているからだ。
それに、適応できたとしても、さすがに食欲が出ない。
食べてて楽しくないだろう。
不幸に不幸が重なって、今、ソラは絶賛不機嫌最悪なのである。
「あのー、ソラさん? 怒ってらっしゃいますよね?」
恐る恐る聞いてみた。
「……怒ってないわよ」
「絶対怒ってる! なんか感じるもん、その赤いメラメラオーラが!」
ソラは、横目で睨みながら、
「怒ってないわ……」
「そんなに睨みながら怒ってないってのは、相当に失礼だと思うが」
そんなやり取りをしながら秋葉原の道を歩く。
前の世界ほどではないが、中々、人が集まっており、都内でもうまく『町』として機能しているのがここである。
ここに来れば、まず生活に必要な物はだいたい揃う。
食にも困る事はないだろう。
チェーン店など多く展開しており、働き手が多いからだ。
と、さすがに腹が極限状態にまで減ってきていた。
飯屋でも行くか、と聞こうとして、ソラの方を向くと、
死にそうな顔をしてるソラがいた。
「おい!? 大丈夫か!?」
「お腹が、空いて、死にそう……」
ぐったりとしているソラを慌てて抱える。
その体は軽く、本当に胃になにも入っていないようだった。
「じゃあ飯にするか、どこがいい? なんか食いたいもんとかあるか?」
「………………、ぐー」
腹の音が鳴り、もうなんでもいいから早く食わせろ、と言ってるようだった。
「へいへい、んじゃテキトーにどっかで…………。ファミレスでいっか」
そう言って、近くのファミレスを探そうと歩き出したところで、
足下に、一人の少年が倒れ込んできた。
どさっとヨートの前に倒れる。
瞬間、ヨートは思った。
いや、わざとらしいっ! と。
すると、少年がヨートを見て、
「すいません、食べ物、食べ物はありませんか?」
ヨートに、この少年を助ける義理はない。
そんなものはない。
だからって、無視する事なんてできない。
――とは、さすがに思わなかったので、普通に通り過ぎた。
「って、おいおいおいおい! 見捨てるなよ! 助けろよ!?」
ヨートの肩をぐいっと引っ張り、少年が猛抗議してきた。
「はぁ? いいか、よく聞けよ。誰もがそんな都合よく助けるなんて思うなよ!」
「偉そうになに言ってんの!? いや、それにしてもなんかあるだろう! あっちに行けば食べ物あるよ、とかさぁ」
ヨートは手をポンっと叩き、
「あーなるほど。じゃあ、あそこのビルとビルの間の隙間に食べ物があるかもしれないから、探してみてくれ」
「あるのはゴミ箱だよ! 残飯しかねぇよ!」
少年は吠える。
なにが不満だ? とヨートは首を傾げる。
ヨートの方は無理だと悟ったのか、少年はソラへ矛先を変更した。
「あのー、すいません。食べ物を」
ソラの頭をポンと叩いた少年は、ゾッとした。
ソラの、その鬼のような形相に。
「ひっ!?」
少年は一歩、また一歩と下がる。
「……こっちは腹が空いてんのよ」
ソラの静かな声が少年に突き刺さる。
「……それを食わせろ? ……いいご身分ねぇ?」
その声に、ヨートもびびる。
ご機嫌斜めのソラには関わらない方がいいが、あまりにも少年が可哀そうなので、助け舟を出すことにした。
「あの、ソラさん?
まぁ、言いたい事は分かるけど、少しくらいならいいんじゃないかと」
と、そこで睨まれた。
「……思うかもなんです、けど」
「諦めんなよ! もうちょっと粘ってくれると嬉しいんですけど!」
変に期待してしまったらしく、少年はガックリと肩を落としている。
「でもなぁ。ソラが金を持ってるし、ソラが良いって言わなきゃ無理だぜ?」
「そこをなんとか!」
少年はまだ粘る。
そろそろヨートも、しつこいなと思ったところで、ソラがボソッと呟いた。
「――ばい」
「はい?」
少年が聞き返す。
「今は払ってあげるわ。ただし、返済は三倍返しで」
「ちょっ!? 三倍は多くないか!?」
「え? ……五倍?」
「三倍でお願いします!」
少年は綺麗な土下座を決めていた。
土下座選手権があれば、満点獲得だろう。
そして、そんな土下座よりもヨートは驚いていた。
いつの間にかソラの手に凶器が握られている事に。
「なぁ、なんでお前は
「これはね、目の前に気に入らない奴がいるとポケットから出てくるの!」
「都合の良いポケットだな、おい!」
ガタガタガタガタガタ、と、
少年が小刻みに震えていた。
その棍棒の使い道を想像したようだ。
ヨートは思った。
プライドもクソもねぇな、と。
「じゃあ、どこ行く? この辺に飯屋あるか?」
「あ、僕、知ってますよ。案内するので着いてきてください」
少年は、気づけば土下座から復活していて、立ち上がってそう言った。
そして、
『じゃあお前、一人で行けよ』
ヨートとソラはそう思ったが、声には出さなかった。
秋葉原にある、一軒のメイド喫茶。
少年に連れられ、ヨートとソラはそこにいた。
「自己紹介がまだでしたね。僕はハヤテです」
「ああ、おれはヨート。で、こっちがソラだ」
運ばれてきた料理を食べながら、お互いに自己紹介をした。
ちなみにヨートはカレーで、ソラが焼きそばで、ハヤテがステーキだった。
値段的にも見た目的にもハヤテが一番豪華で少しイラッときたが、どうせ三倍になって返ってくると思い、怒りは膨らんでからすぐにしぼんだ。
目の前で美味しそうに食べるハヤテを見ていると、めちゃくちゃ殴りたくなる衝動に駆られるので、自分のカレーを凝視する。
はぁ、とヨートは溜息をついた。
なんでこんなに気を遣わなきゃいけないんだ、と。
ここは一応、メイド喫茶なので、
メイドさんが色々とやってくれるのだが、ソラが隣にいる状況で、
「ご主人様! 萌え~」
など言われたりしたら、ヨートに向かって絶空が襲ってくるだろう。
ヨートの人生がそこで試合終了である。
ファミレスでいいんじゃないか? と思うも、ここに入る時は腹が限界状態だったので、なんでもいいと言って入ってしまった。
そこがミスだった。
入った瞬間の、
「いらっしゃいませ! ご主人様~!」
のセリフが聞こえた時は、空腹を忘れ、ソラの様子を窺った。
明らかに不機嫌が増したソラの顔を見てしまっていた。
なので今、ソラは無言である。
ヨートにも、不機嫌ですよー、というオーラがビシバシと伝わってきている。
それはハヤテにも伝わってるらしく、
ステーキを切るためのナイフがカタカタと震えていた。
(――恐怖が刻み込まれてる!!)
ヨートはそう思い、なにか話題を探そうと考え、
「そういえば、なんであそこで倒れたんだ?」と聞いてみた。
「持ち金が尽きてしまって、食べ物も買えずどうしようかと迷っていたら、空腹で倒れてしまいました。そこにヨートやソラ……さんが来て、よし! と思って」
さりげなく、
ソラの事をさん付けで呼んでいる事にヨートは気づいたが、そのまま伏せておいた。
(というか、おれのことは呼び捨てなのね。まぁ、その方がいいけど)
と、そこでハヤテの言葉が気になった。
「って、よし! じゃねぇよ、よしっ! じゃあ!
つまり、おれらをターゲットにしたって事だろう!?」
「まぁ、そうです」
「まんまとはめられた! いや、代金は三倍で返ってくるんだしはめられてはないか?」
うーん?
と悩むヨート。
ハヤテがソラの方に向いた。
「あの、三倍はちょっと勘弁してほしいというか、なんというか。
もうちょっと下げてもらっても――」
「ダ~メ~」
笑顔ニッコリで言われた。
「せめて二倍でお願いします! 僕の生活がかかってるんです!」
「ダ~~~~~~メ~~~~~~」
笑顔ニッコリで言われた。
そしてもう分かった。
これは崩れない。
この決意だけはもう絶対に揺るがない。
(絶対に三倍取るよ、この人)
ハヤテはもう諦め、この後のお金事情を考える……、
ふと、店の中にあったテレビから聞こえてきた。
それはニュースだった。
この世界でもニュースは毎日やっているらしい。
一般人としては、このニュースが欠かせない。
そして、その内容も、もうこの世界に馴染んできてしまっていた。
ドラゴン注意報など、天気予報よりも頻繁にやっている。
そしてそんなニュースから、聞き慣れないニュースをアナウンサーが読んでいた。
『上野駅で出現したドラゴンが人を襲い始め、十六人の負傷者が出ました』
『なぜ襲ったのか……原因は発見されておらず、ドラゴンはそのまま飛び立ったという事です。
こちらがなにもしなくとも襲ってくるようになった、という可能性もあります。
みなさん、充分に注意して下さい』
それでは次のニュースです、と締めた。
「上野駅って近くじゃない? ここって危ないんじゃ……」
と、ソラが不安そうに言った。
「大丈夫じゃないですか? 所詮はドラゴンですし、きまぐれに暴れてるだけですよ」
「だといいけどな」
ハヤテのお気楽な言葉をヨートが止めた。
「あれが野生ならいいけど、もしも『ドラゴン使い』がいたら、ヤバいぞ」
どういう事? という顔をするハヤテに、説明をする。
「だから、もし、ドラゴン使いがいて、そのドラゴンが暴れているなら、それは意図的にやってるって事なんだよ。狙って町を壊し、人を襲ってるってわけだ」
「狙いがあると? でも、ただ暴れてるだけかもしれないし」
「狙いがあるなら、まだ限度ってもんがあるだろうが……、
ただ暴れてるだけってんなら、さらにタチが悪いな」
ヨートは少し考え、よし! と言って、
「見に行くか! どうせ暇だしな。
あぁ、別にハヤテは無理してこなくていいぞ、危険だから」
言われたハヤテは慌てて、
「ちょっ、そしたらお前らも危険だろう!?
そもそも、なんで騒ぎの元凶に首を突っ込むんだよ、別に行く理由ないだろ!」
「ん? だから言ったろ、暇だから」
は? とハヤテは度肝を抜かれた。
だって、わざわざ死地に行こうとしているのだから。
ヨートはそれに、と付け足し、
「おれはまだしも、ソラは八位だし。そう簡単には死なねぇよ」
その言葉は、ハヤテに衝撃を与えていった。
「な――、えぇええええええええええっっ!?!?」
「ちょ、なんだよ。大きな声を出すなよ!」
「だってっ、八位って――八位って!」
驚くのも無理ないだろう。
だって、目の前にはあの十位圏内がいるのだから。
この世界で恐れられていると言われるものの、一つでもある。
そんな八位であるソラが動く。
「ごちそうさまでした!」
「なんだ、もう食い終わったのか? 早いな、お前」
すると、そこでハヤテがテーブルから乗り出し、
「ほんとに八位なんですか? ソラさん!」
「えっと、そうだけど。そんなに驚く事?」
「驚きますよ! だって十位圏内ですよ! あの第一位に最も近いと言われる、そしてこの世界を元に戻す可能性が一番高いと言われている――あの十位圏内ですよ!」
「分かった、分かったからもうっ、落ち着いて」
ソラがあたふたとしながら、ハヤテを落ち着かせる。
周りの客は八位と言われるソラを見て、少し距離を取っていた。
やっぱり、一般人からしてみれば、恐ろしいのかもしれない。
「避けられてんなー、ソラ」
「しょうがないわよ。十位圏内の全員が良い人ではないんだから」
十位圏内の能力者。
彼らはその強大な力で元々君臨している者がいれば、勝ち上がってくる者もいる。
ソラは後者だが、元々君臨している者は負けた事がない。
それは自信であり、傲慢でもある。
他者を叩き潰す、
強者の地位にいる事に満足を覚えた者達。
それは一般人に圧倒的な恐怖を押し付ける結果となった。
もう十位圏内の者は、危険で酷い奴、というイメージが染みついてしまい、ソラでさえそう見られてしまう。
まるでクラスの悪ガキのせいで、クラス自体に悪いイメージがついてしまうように。
どんなに学級委員が善行を積んでも、悪いイメージが完全に無くなる事は難しい。
それと同じだ。
避けられてる事を気にしていたのか、ソラは溜息をつき、外に出ようとしたところで、
『――ギャオオオオオオオオオオオオオオッッ!』
雄叫びと同時、轟音が聞こえた。
店の中の人達が一斉に立ち上がり、外を見る者がいれば、外に出る者もいる。
それに、ヨートとソラは、この声の正体に気づいていた。
いや、気づく者は気づくかもしれない。
これは、ドラゴンの、咆哮だ。
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