2章 竜の心
第5話 二週間後
謎の男が世界を変えてから二週間が経っていた。
日付も八月に入り、
予定通りならば夏休み満喫のはずだが、こんな状況で満喫できるはずもない。
それは、この少年も同じだった。
青いジャケットを着た少年。
能力者であって能力者ではない少年。
今、バーベキューという夏休みの楽しいイベントをするはずが、
しかしなぜか、命懸けの鬼ごっこの最中なのである。
「はぁ、はぁ! なんでこうなった!?」
――時間は少し前に遡る。
―――
――
―
「今日はちょっと贅沢にバーベキューでもしよっか」
頭にバンダナを巻く少女、ソラはそう言った。
そして、それに反対する少年、ヨートがいた。
「無理して贅沢しなくていいんじゃねぇの? いつも通りに弁当でいいよー」
「夢がない事を言わないの!
八月に入ったのに夏休みらしい事の一つもしてないじゃない!」
夏休みらしい事などできるのかよ、とヨートは思ったが、口には出さない。
言えば、握られた拳が飛んでくると思ったからだ。
短期間ではあるが、行動を共にした事で、
このソラという少女について、段々と分かってきている。
見た目に反して意外と凶暴で、怒ると手に負えないのだ。
このソラとは、夏休み直前に出会い、救われた。
あのまま、この変わった世界で自分の事だけを考えて生きていく想像をすると、ゾッとする。
だから、今度はソラの力になりたいと思い、一緒に旅してるのだが、
「なんか疲れるなぁ」
ソラは基本的にテンションが高い。
性格上、クール(?)であるヨートにこのノリは正直つらい。
毎日毎日、どうでもいい事を本当に楽しそうに話すソラを見てると、だけど、やっぱり嬉しくなる。
おれはソラの救いになってるのかな、とヨートは思えるのだ。
「決まり! 今日はバーベキュー! 拒否権はないわよ!」
「はいはい」
この世界に変わっても、変わらない事だってある。
謎の男が言ったサバイバルゲームだけではない、他の事だってできるのだ。
テレビを見る。
友達と遊ぶ。
そんな簡単な事だって、この世界では変わらずできるのだから。
「あ、」
と、準備の最中にソラが間抜けな声を出した。
ヨートには、嫌な予感しかしなかった。
「お肉のタレ、忘れちゃった」
舌を出して、てへっとするソラ。
ヨートは少しカチンときた。
「行かないぞ」
「買ってきてほしいなぁ」
「行かないからな」
「買ってきて」
「絶対にいや――」
「買ってきて」
そこには、瞳をうるうるさせて、目尻に涙を溜めるソラがいた。
……ヨートは悟った。
これは無理だ、と。
「……はいはい、行ってくるよ」
「わーいありがとうっ!」
ニッコリと笑うソラを見ると、どんなに面倒くさくても断れないヨートなのだ。
(これって、ソラにいいように操られてるんじゃないか?)
と思ったが、
目の前に目的の品があるスーパーを見つけたので、思考を止め、店の中に入った。
店の中には結構な人がいて、レジも並んでいた。
二週間前までなら、一時的に混んでいて後はスッカラカン、というのが多かった。
だが、みんなこの世界に慣れたのか、段々と適応してきていた。
ドラゴンが飛んでいても、ヘリコプターが飛んでいた時と同じように、ただそれを目線で追いかけるだけになっていた。
耐性ができてきて、不思議な現象が起こってもあまり取り乱す者はない。
もうこれが常識へと変わっていってるのかもしれない。
目当てのタレを買って、外に出る。
外の日差しが強く、肌が痛かった。
こんな熱いのにバーベキューするの?
だが、ソラは一度決めた事は止めない。
つまりバーベキューは意地でもやるだろう。
はぁ、と溜息をつき、ソラの待つ場所に向かおうとしたところで……、
なんか……たぶんあれは……、なるほど、『ティラノサウルス』とぶつかった。
道の角を曲がった所でぶつかり、
「痛った~い、ごめんなさい大丈夫ですか?」的な、ラブコメになるわけがない。
だってぶつかったのは、ティラノサウルスなんだから。
まさか恐竜の王様がここにいるとは思わない。
けど、この世界ならあり得ないこともないなー、と思っていたら、目の前にいたティラノに動きがあった。
『――ガギィイイイイヤァアアアアアアッッ!』
その咆哮は周囲に響き、ヨートの耳を破壊寸前まで追い詰めた。
「っつう! あぶねッ、後少しで鼓膜が破れるかと思っただろ!」
向き合う両者。
先に動いたのは、ヨートだった。
ティラノに背を向けて、逃げる形で。
「はぁ、どうだ、追っては――」
と言ったところで、後ろからドスンドスンっっ、という音が聞こえた。
恐る恐る見てみると、ティラノがこっちに走ってきていた。
「追ってきてるぅうううううっっ!?」
こうして、命懸けの鬼ごっこが始まった。
そして――、時は現在へ戻る。
―
――
―――
これはマズイ、とヨートは思う。
この道を進んで行くと、バーベキューの用意をしてるソラに当たるからだ。
だが、一本道であり、急な進路変更は死を招くだろう。
だから、
そのまま行く。
(ここまで来たなら仕方ねぇな、ソラに頼めばなんとか……)
と、考えてるところで、目線の先にソラが見えた。
バーベキューの準備は既に終わっており、
あとはヨートが買ってくるタレを待っているだけだった。
ソラは今のヨートの状況には気づいていない。
あまりにも楽しみにしている彼女の様子を見ると、
「……うわぁ」
と、思わず声が出た。
あんなに楽しみにしてるところに、この状況は酷だろう。
けれど、言わない事はできない。
言わなければこのまま突っ込んで、バーベキュー自体を台無しにしてしまう。
だから、言った。
言ってやった。
「おーい! ソラーっっ!」
ソラが気づいて振り向く。
ソラは手を振って、
「遅ーい! 準備はできてる、って――ええ!?!?」
遂に気づいた、気づいてしまった。
ヨートの後ろに迫る、ティラノに。
「ミスった! こいつ、なんとかしてくんね?」
「なにやってんのぉおおおおおおおおおおおッッ!?」
ソラは頭を抱えて叫ぶ。
なんで厄介事を拾ってくるんだお前は、と。
「そこで屈んでないで、早くしてくれ!」
「なによ偉そうに! だいたい、あんたの問題なんだからあんたでどうにかしなさいよっ!」
「それができりゃ、苦労しない!」
ソラは手をポンッと叩いて、なるほどなと思った。
「いや、そこで納得されるのもなんかおれにとっては嫌なんだけど」
ヨートは納得がいかないようだったのか、少し落ち込んでいた。
仕方ないわね、と溜息をつき、ソラが腰から一本の木刀を抜いた。
そして構えて――、
「いやいやいやいやいや、ちょっと待て!!」
ヨートが慌てて止める。
体が危険警告を出してきていた。
あれはダメだと。
「なによぅ。今から助けてあげようとしてるんだから、ちょっとは協力してよぉ」
「できるか! お前の力はめちゃくちゃなんだから! おれに当たったらどうすんだ!」
「そんときはそんとき」
「酷ぇ!」
ソラも本気でそんな事を思っているわけではなくて、
「じゃあどうすればいいのよ? このままじゃここに突っ込んできて終わりじゃないっ」
確かに、とヨートは思う。
このままじゃヨートが邪魔で、ソラの力が当たらない。
当てるためには、ヨートが直線上から退かなくてはならない。
けれど、そんな方法があるのか? と考えたところで、
「……ある!!」
(ようは、おれがここから退けばいいって事だよな。
リスクは高いけど、やってみる価値はある!)
ヨートが作戦を実行する。
そのためにはタイミングが必要だ。
そして、スムーズに進めるためには、ソラとの連携も必要だ。
「ソラ! 今から十秒後に、斬れ!」
「へ? でも、ヨートは――」
「今からスタート!」
「ちょっと!」
ソラの意思は関係なく時は刻々と過ぎていく。
あと五秒、四秒、三、
二、
一、
ゼロの瞬間、
ヨートは右でも左でもなく、後ろに跳んだ。
そこはティラノの足が、地面を思い切り踏んでいる、危険地帯。
ヨートはそこに、自分から跳び込んだ。
(踏まれればそこで終わりだ! ――頼む、運任せっ!)
ヨートの願いが届いたのか、無事、踏まれる事なくティラノの股下を抜けた。
背中から跳び込んだ事で、着地に失敗し、思いっきり背中から地面に落ちる。
ゴロゴロと転がり、何回も地面に打ち付けられ、呼吸が止まりそうになる。
「ぐっ、が――ばはぁッ!?」
やっと勢いが止まり、顔を上げると。
そこには、木刀を振り抜いたソラの姿があった。
そして、
ビュオッと辺りに風が吹く。
そんな感じがした。
次の瞬間。
唐突に。
ティラノの体が、上下真っ二つに斬れた。
……ギィヤ?
というティラノの声は、遅れて聞こえてきた。
真っ二つに斬られ、宙に浮いた上半身は後ろに倒れ、下半身は斬られた事に気づかないのか、しばらく歩いて……やがてバタンと倒れた。
ヨートはその光景を見て驚いた。
ソラの力は知っていた。
この短期間、一緒に過ごして知っていた。
けれど、見るのはこれで三回目だった。
もし敵だったらと考えると……、背筋が凍る。
圧倒的な攻撃アビリティ。
ソラがなにを願ったのかは知らないが、こんな力が発現するものなのか?
「……ふぅ、いっちょ完了」
お気楽に言うソラに、おいとツッコミたいが、そんな状況じゃなかった。
ソラが斬ったであろう大木の一本が、ヨートに向かって倒れてきていた。
「っ! やっべぇ!!」
すぐさま避けようとする。
が、さっきのダメージが残っているのか、体が動くのがいつもより遅い。
このままでは、確実に当たる。
それを察知したのか、ソラが木刀を振ろうとして――しかし、手を滑らせた。
木刀はカランッと音を立てて、地面を転がっていく。
「しまっ――」
今から拾って振って、では、遅い。
もう、間に合わない。
その大木はヨートに向かって落ちてくる。
だんだんと勢いが増す。
避ける方法はない。
ただ落ちてくるのを見ている事しかできない。
だからヨートは、手を伸ばした。
まるで落ちてくる大木を、受け止めるように。
(避けるだけが方法じゃない!
避けられないなら、受け止めるだけだ! 自分ではなく、大木の方を動かす!)
ヨートはこの状況でも諦めない。
生きる事を止めない。
可能性があるのなら、そこにしがみつく。
その執念が、キセキを呼んだ。
迫りくる大木は唐突に吹いた突風で、その進路が少しだけずれた。
ずれたと言っても、人、一人分。
つまり、ヨートの体の分、隣にずれた。
その大木は、ヨートの体を潰す事はなかった。
ドスンっっ! という重たい音が、ヨートの隣で響き渡る。
(……助かった、のか?)
これは、単なる偶然……そんなわけがない。
(また、おれの力、か……)
ヨートの力。
キセキの力。
それは、ヨートの意思通りには動かない。
そもそも能力なのかも分からない。
能力者には必ずある、体に刻まれたランキングの数字がないのだから。
そして、その未知の力はいつ発動するかも分からない。
自分の手の中にありながら、手元から離れてしまっている。
ヨートにはなにも分からない。
この力を頼りにする事はできない。
だから、どんな困難な状況でも、自分の基本的な力でどうにかするしかないのである。
すると、ソラが駆け寄ってくるのが見えた。
「危ないじゃない! 心配かけさせないでよ!」
「ごめん、でもいけてたぞ。手でこうっ、バシーンって。止めれてた」
「んなわけないでしょ!」
手を突き出して大木を止めるジェスチャーをするヨートの頭を、ポカンと叩く。
「痛ぇ! 木刀で叩くなよ! それ、思ったよりも痛いんだからなっ!?」
ポカン、というよりは、ゴン、という感じの音だった。
「それよりも、さっさとバーベキューをしましょう」
「それよりもって……。まぁ、いいけど」
二人は、バーベキューが準備されてる場所へ歩き出す。
そして驚愕した。
グチャグチャに倒れて、肉や野菜が地面に落ちている、悲惨な光景を、見た。
『………………』
無言。
そして、ソラは膝からガクンと、崩れ落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます