第2話
☆
翌日、水曜日。
僕は屋上にやってきてしまった。
暇はない筈なのに。文化祭目前で、部活にもクラスにも貢献できていないのに。
でも、結局つかえたわだかまりがどうしようもなかったのだった。
昨日とは打って変わった晴天で、屋上には既に到着していたリナリアさん。
そして、昨日と違って机と椅子が用意されていた。
「待っていたわ」
「は、はい。あの、この鍋は何でしょう?」
「白菜や豆腐に豚肉、しいたけ、にんじんとか、他にも色々入れてみたわ。ほら、座って」
「……はい」
促されるままに僕はリナリアさんの向かいに座った。
「あの、何で鍋なんですか?」
「友好と信頼には鍋だと思ったのだけれど」
ガスコンロにぐつぐつと茹だる食材を指さして、リナリアさんは答えた。
「立ち入り禁止の屋上で鍋なんてやってたら怒られるだけでは済まないと思うんですが」
「そうね。でも見つからないでしょう。だって立ち入り禁止なのだから」
リナリアさんに悪びれる様子はなさそうだった。
「じゃあ、いただきます」
「……いただきます」
リナリアさんは鍋をつついて食べる分を小皿に取り分けていく。
「ところで、キミの名前は?」
「望月です」
「望月……下の名前は?」
「い、言わないとだめですか?」
「答えなさい」
「……空人です。空に、人と書きます」
「へえ。望月空人君。良い名前じゃない」
「そうでもないんです。うつけびとって読み方があるんです。意味としては遊び人といった感じで」
「あら、そうなの。私は、月を望む空の人って、綺麗な字面と思うわ」
「えっ!? あっ、あははははっ」
僕は思いっきり視線を明後日の方向に向けた。
「それに、秋風になびく雲の隙間から零れる月あかりは、綺麗なものよ」
「……何ですかそれ?」
「なんでもないわ。どちらにしても、勝手な先入観なのだし」
リナリアさんは空を見上げて言う。
「ねえ、秋の空は、高いと思う? それとも、低いと思う?」
「それも、言葉遊びなんですか?」
「さあ、どうでしょう?」
つられて僕も空を見上げるけど、広がる青空が高いか低いかというのはよくわからない。
「ごめんなさい、わかりません」
「それじゃあ、これは宿題ね。ほら、食べないと私が食べきってしまうわ」
「はい、いただきます」
「ほら、あーん」
「い、いやいや、自分で食べますよ。それにそれ菜箸ですよね!?」
「ほらほら。……まさか、恥ずかしがってる?」
そんな事はと言いたかったが、リナリアさんはあか抜けた印象で、姿勢も良く理知的な雰囲気があって、美人。
気が引けてしまうのだが、どうにか意を決して、
「あーん……」
「白菜、おいしい?」
「おいしいです」
「そう。それはよかったわ」
どうやら満足だったようでうっすら微笑んだかと思うと、リナリアさんも取り分けた白菜を食べ始めた。美味しいんじゃないかしら? とひとりごちていた。
しばらくはふたりして鍋をつつき合っていた。付かず離れずというのだろうか、交互に取り分けては口に運ぶというのを繰り返す。僕が口をつけてしまった菜箸だけど、リナリアさんが気にかける様子はなかった。
「それで、終末については考えてきてくれた?」
リナリアさんがぽつりと零す。
「特に考えていませんが、果たして、終末にまったり鍋なんて囲ってる余裕はあるんですかね?」
「無いんじゃない? 食料調達、大変そうだし」
「用意したのはリナリアさんじゃないですか。それに、その終末というのは……終わりは訪れるんですか?」
リナリアさんは頷く。
「ここは果てなの。殺伐とした荒野。終わりを迎えるまでのカウントダウンの途中。今日と、明日しかないわ」
そう言われても、閑散とした屋上は陽が差してゆったりと時間が流れているようで、想像する終末とは似ても似つかない。
それとも、まさか僕とは全く違ったようにリナリアさんには映っているのだろうか。
「こういう時定番だと思うのだけど、終わるとわかっているとして、空人君は何かやりたいことはある?」
「考えましたけど、きっと普段通りでいますよ。確証もありませんし」
我ながら夢も希望もない退屈な答えだと思う。でも特に思い付きはしなかったのだった。
「そうね、立派な答えよ。普通とか平和は、失って初めて気づくものだもの。だからきっといいのだわ、鍋パーティーでも」
言いながらリナリアさんは視線をそらした。
後を追うようにして僕もそちらを窺う。
遠目に見える町並みは、昨日より色付いて見えた気がした。
★
家に帰ると、リビングで妹の今宵がくつろいでいた。
「なあ今宵。秋の空って、他の季節より高かったり、もしくは低かったりするのか?」
「なにそれ。おにい、気でも狂った?」
「至って正気だ。それでどうなん?」
「さあ知らん」
今宵は興味無さそうに返事をして雑誌を眺めている。飛行機のイラストが表紙に見える。旅行にでも行く予定だろうか?
「空の高低差で飛行機の運行状況が変化するとかあるのかな? 紙飛行機でも飛ばしてみるか」
「そんなんで何が分かるのよ。無いでしょそんなの。ただ……」
今宵はソファに仰向けに寝転がった。
「私も、空を飛べたらなって思う事はあるよ」
「……なにそれ。お前オトメかよ」
「ぴっちぴちのオトメだわ、バカ。おにいこそ、変な事訊いてきて、彼女でも出来たの?」
「出来てねえ! えーっと、そう友だちに言われただけだよ」
「ふうーん。調べればすぐ分かりそうだけど、ね?」
茶化して怒りを買うのは勘弁なので、これくらいで終わりにしようと思った。
「そうだな。悪い、変な事訊いたわ」
「あっそ。……でも結局、その友だちが知りたいことって、何だろうね?」
「……」
僕は今宵の疑問に沈黙で返す他なかったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます