恋愛スパイ、更衣室で女子と2人っきりになる

龍鳥

恋愛スパイ、更衣室で女子と2人っきりになる



 私の名前は、本戸。ジェームズ……いや、そこから先は著作権にまずいから、本名は伏せておこう。

 私、本戸は高校界で随一、日本トップの恋愛マスターと呼ばれている。注意事項として、決して何百人のも彼女を持っているという悪い意味ではない。



 何を隠そうと、私は恋の成熟率100%の恋愛伝道師であるからだ。


 主な任務は、ざっくり説明すると1つのエピソードを紹介しよう。

 私の評判を聞いた、某A高校からの男子生徒がB女子校の女子生徒に片想いしているという依頼が舞い込んだ。当然、2人の面識はないので、彼は私から調査を依頼して正式に付き合うようにするのが目標だ。



 「彼女の特徴は?」


 「髪は茶色。セミロング。あと、クマのキーホルダーをショルダーバックに付けている……ということしか」


 「どんな風に彼女に惹かれた?」


 「そりゃもう!!僕と同じ釣りが趣味で魚に詳しいんですよ!!そこがポイントです」



 こんな感じに、僕と緻密なミーティングをして、好きな女の子の特徴を探して、恋の道へと案内役をするのが、僕の仕事さ。勿論、報酬は貰うさ。



 「彼女の好きな魚は、フグやタコといったものですね。あとですね、刺身も好きらしいのですよ!!そこが僕と気が合うんじゃないかなぁて!!」


「……報酬は前払いとなっているが」


「あっ、持ってきましたよ。例のヤツ」



 ここまで流暢に趣味が合うなら、実際に話に行けばいいのに……と思う方もいるが、そこは気弱な男心を知ってほしい。男は皆、強い人間ではないから、私のような者が必要なのだ。



 「はいこれですね、『カップ麺のご当地限定ver栃木』ですよね」


 「ありがとう、こいつが欲しかったんだ」



 まぁ、私も人のことが言えないが。


 

 それからの任務は簡単だ。

 まず、僕がターゲットとなる女子生徒に会いに行く。僕の素性と仕事を明かし、会いたい人がいると紹介する。

 ここで気をつけるポイントは、なるべく依頼人の彼の写真を見せながら、『好きポイント』を挙げて彼の印象を下げないことだ。



 「というわけだ。私も橋渡し役だけだから、安心して欲しい」


 「なんか、信用ならないですね……」


 「実績はある。君のクラスのC子君、最近付き合い始めたろ。あれは私のおかげさ」


「えっ!?あのC子が付き合えたのって、貴方の力なのですか!?」



 こういう風に、私の経歴をスラリと明かせば話がスムーズに進むのもコツさ。

 そして後は、『彼からの贈り物』を渡す……というか、私の自腹で買ったものだが。



 「これが、彼からの気持ちだ」


 「これは!?幻の大間マグロ3点セット!?」


 「この味について、ゆっくりと話したいそうだ。場所は……君が好きな有名なスポットを手配しているそうだ」


 「行きます行きます!!」



 ちなみに、風水から占いからでの事前調査と日時を計算して、私がそこを選んだ。もちろん、交通費も全て私持ちだ。言っとくが、私のお小遣いは無いに等しい。


 だが、1組の男女が幸せになれば、私の気持ちはそれでいい。それが私の信条だ。

 後日、2人は正式に付き合うことになったからね。


 





 そんな私が、どうして同じクラスにいる根暗女子と更衣室で2人っきりにならないといけないのだ!!


 事の発端はこうだ。

 今日も1人の男子生徒から依頼をこなして完了する簡単な任務なはずだった。好きな相手の趣味に合わせたい、というために下調べのために彼女を追跡して、ファッション店にやってきたが……そこがまずかった。


 尾行している内に、彼女が私の視線を気づいてるかのような、警戒した動きを見せていた。私も注意を払い、距離を離れて彼女が好きな服を選んで試着室に入ろうとする行動をする……かと思えた。

 私の視線に気づいたのか、いきなり彼女が僕の方に向き、咄嗟に私は隠れるように先に試着室に入り身を隠そうとした。


 ……そこにいたのが、私と同じクラスの女の子、麻呂乃である。



 「あの……太郎君。ここでなにして」


 「私の名前は本戸だ」


 「いや、太郎くんだよね?」


 「本戸だ。このピシッとしたスーツ姿の紳士が、太郎なわけないだろ。第一、更衣室に入るのになんで靴も一緒に入れてカーテンを閉めてたんだ!!マナーを守れ!!」


 「だって……なるべくこっそり着替えたいし……」



 彼女、麻呂乃は鈍足、頭の回転の悪さ、恥ずかしがり屋、正に悪条件が全て揃った最悪物件だ。まさか更衣室で鉢合わせになるなんて、ついてないぞ。



 「あのー、まだですか?」



 な、なんてことだ!!この店の更衣室は1つしかなかった!!しかもターゲットである調査してる女の子の声じゃないか!!


 てことは私が置いた靴がいま、更衣室の前に置いてあることになる。それはまずい!!



 「靴を借りるぞ」



 私は素早く、麻呂乃の靴と僕の靴を入れ替えた。これで不審な点は取り除いた。

 しかし、ターゲットである彼女が更衣室にいる問題は解消されてない。この場所に、10分以上もいるなんて不自然だ。



 「力を貸してくれ」


 「へぇっ!?」


 「声がでかい」



 ただでさえ、男女が狭い更衣室に2人きりにいるのがまずい状況なのに、大声を出さないでくれ。調査対象に不審がられないために、なんとか服を着替える音を立てて、麻呂乃と協力して時間を稼ぐしかない。



 「む、無理だよぉ!!」


 「いま、僕は大事な任務中なんだ。このカーテン越しの前にいる人物に顔をみられてはダメな理由があるんだ」


 「そういえば太郎君、恋のキューピット役で有名だもんね」


 「本戸だ。あーもう、時間がないから、僕が着替えるフリをして脱ぐから、君は鼻歌をしながら、僕の合図が待つまでカーテンを開けないでくれ」


 「えっ、えぇぇ!?」



 小声で話しながら、僕は上着とズボンを脱いで下着姿になる。麻呂乃の下手くそな鼻歌でなんとか時間を稼いでいるが……なんで僕の脱ぐ姿をマジマジと見てるんだコイツは。まさか、男の裸を見るのは始めてとか?嘘だろ?



 「よしっ、カーテンを開けて着替えた後のフリをしてくれ」


 「う、うん」



 ここまで従順な彼女に内心驚いてるが、 なんとか誤魔化せる。カーテンを開けた彼女は、ぎこちないポーズを取って新品の服、というより着替えてない普段着のファッションチェックをする。カーテンは全開にせず、その陰に下着姿のままの僕が隠れている。

 これを見られたら確実に、警察案件だ。



 「う、うーん」


 「着替え終わったんでしょ?」


 「ご、ごめんなさい。ちょっと時間かかりそうなので、また後から来てもらいますか?」


 「着替えてる服、1着しかないじゃん」


 「な、なるべく。じ、じっくり着替えたいのです!!」


 「ふーんそう。あれ、なんで靴が2足もあ」


 「し、失礼します!!」



 な、なんてことだ。これでは益々と怪しまれるじゃないか。私がもっと靴に配慮していれば、こんなことにはならなかったはずだ。

 任務に失敗した麻呂乃は、酷く落ち込んでいた。下着からスーツに着直し、私は私なりに彼女を元気付けることにした。


 ……待て。どうやって元気づけさせるのだ。そうだ、私は恋のキューピットと名乗っておりながら、付き合った女子は1人もいないのだ。こんな時、どうやって彼女を元気付けさせるか、わからない。


 

 「なぁ、気にしなくていいよ」


 「ご、ごめんなさい。私が下手くそ対応のせいで」


 「だから、気にするなって」



 ……気まずい。狭い空間だから余計に気まずい。

 私は過去に、一回だけ告白したことがある。だが当時の私は若く、女の子の気持ちなど碌に下調べもせずに、私の一方的な気持ちばかり押し付けてしまい、玉砕した。


 あれ以来、僕は自分の気持ちを押し殺した。恋愛の指南は完璧なのに、自身の恋に対しては私は鈍感だった。相手の気持ちを尊重せず、自分だけが悪いと思い込んでいた。


 だから、この恋の伝道師の役回りは本戸への、いや太郎への逃避かもしれない。



 「なぁ、これは本戸じゃなくて太郎として聞く」


 「は、はい」



 互いの顔を思いっきり近くなる。この状況を切りに抜ける為に、3人が傷付かず、誰もが尊重し合う気持ちを気遣いの心とは、私にはわからない。



 「私は、なにをすればいい」


 「あ、あのっ……」


 口籠もる麻呂乃。彼女の唇は震えていたが、両肩に手を置いて気持ちを落ち着かせた。彼女が傷つけずに済む方法を、私は必死に模索する。



 「君しかいないのだ。私は見知らぬ他人を幸せにすることができるが、私が自分の手で相手を幸せにしたことはないんだ。だから頼む、君だけしかこの状況を切り抜けることしかできないのだ」



 まるで自分に言い聞かせてるような臭い台詞だ。僕は恋に対して深いトラウマがあるのに、彼女を守ろうとしている。情けない話だ。同時に、彼女が愛しくなってきた。


 「あ、あの……き、キスしてください」


 「えっ」


 「ずっと太郎君のことが憧れだったの。自分の事は顧みずに他人を幸せにする、そんな太郎君を一回でも、私が物にしたいなあ、という……独占欲」


 「いいだろう」


 「いや、冗談だか、うんっ!!」



 2人の唇は、それはもう情熱の薔薇が咲くが如くの接吻だった。その瞬間、僕はカーテンを開けて待っているターゲットに、『お楽しみ中だから帰れ』というハンドサインを出した。

 まさか更衣室で男女がキスしてるとは思わなかっただろうか、彼女は顔を真っ赤にして帰って行った。



 「まさか……君みたいな子が、その私のことを」


 「私も驚いたよ。ほん、本当にキスするなんて……」


 「なぁ」


 「なに?」


 「こういう形で出会ったのも何かの縁だし、僕のことを知りたいならその……もっと話し合ってみないか?」


 「い、いいの!?」


 

 麻呂乃は飛び跳ねて喜んだ。私は何故か、彼女を抱きしめたくて堪らなくなり、抱きしめた。そうすると、彼女も抱きしめた。

 恋心が始まるには最低のスタートラインだが、私の過去を拭い去るには充分だ。


 

 こうして2人は最大の危機を乗り越えた。

 あれからターゲットを見失い、私の人生としては初めての任務失敗だ。報酬は残念ながら、カップ麺はお預けだ。



 人には他人を幸せにする力を持っている。だが、自分も幸せにならなければ、私は一生と孤独のままに生きてたし、麻呂乃への気持ちを気づいてあげなかったのかもしれない。 

 よって、私は、これをもって引退する。



 なにせ、数週間後に彼女ができたからね。


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