第5-2話
どれくらい経っただろうか。
荒れ狂う風は止み、ふわりと足裏に地面を感じた。
「うぅ…。」
相変わらず眩しい。僕は薄目を開けて、先陣を切る翔羅を追うように歩いた。彼の背中をたどっていた僕は、突然ピタッと足を止めた彼の背中にどん、と体当たりした。
「痛っ」
僕の声とほぼ同時に、僕の行く先を左手で制止した。
「しっ!待って、ウチが外の様子を確認するから」
…。
「今だ、いいよ!」
扉と向こう側の世界との境を跨ぐと…。
なんなんだここは…。
見渡す限り、木と雲しかない。その木々も、今まで僕が目にしていたものとはかけ離れている。夕陽に照らされて紅く染まっている。少し肌寒いと思ったら、自分たちは雲よりも上にいるではないか。今いる場所は、恐らく山の頂だろう。
「誰もいない。行くぞ!」
翔羅にぐいっと手を引かれ、その反動で頭が後ろに持っていかれた。彼はそんなのお構いなしにびゅんびゅんと山を駆け降りていく。僕は足がもつれないようにするので精一杯だった。
「おいおい、ゆーと。キミさ、なんでウチの速さについてこられるのか、わからない?ウチ、百メートル五秒は楽勝なんだよ?」
は…?
僕は、彼が発した言葉が音として耳を通過していった。全く、意味がわからない。
僕を見る彼は、一瞬にやりとした。
山の麓まで降りてくると、そこには中華と和が混合したような建物が目の前に広がっていた。とても明るくて賑やかで、色とりどりな着物のような衣服を纏った…鬼…!?(背が高くて角が生えている)や、チャイナ服を纏って接客している…こっちも鬼??(耳の形が尖っていて、牙が生えている)がみんな楽しそうに時を過ごしている。提灯はキラキラと灯が燈されている。
どうやらここは、鬼の世界のようだ。
でもなぜだろう。全くの異国に来たというよりは、故郷に戻ってきたかのようなどこか懐かしさを感じる。
その時…。
「ショウ!」
透き通るような爽やかな声が、彼を呼んだ。丁度買い物が済んで出てきたようで、引き戸を閉めるとパタパタと駆け寄ってきた。男性が持っているハイカラな風呂敷は丸々としている。
「とーちゃん!?」
目をまん丸くさせた翔羅は一瞬ちらっとこちらを見た。
…翔羅の父親?
周りにいる鬼と思しき男性よりも若干背丈が低く、髪と瞳は焦げ茶色をしている。
「今日の当番はもう終わりかい?随分早かったんだねぇ。こちらはお客さんかな?ん…?もしかして…。」
「結永だよ。…ほら、かーちゃんと仲良かったとこの。」
「…!!君が義兄さんの息子さんかぁ!」
ぎょっ。
突然ぱあぁっと表情が明るくなり大きな声を出すもんだからびっくりした。それにしてもとても人が良さそうな男性だ。なんだか顔立ちが母さんに似て…
…ん、まてよ、義兄…?
てことはこの男性は弟…母親の…弟?いやいや、そんなわけないだろう。小さい時に病気で亡くしたと聞いているんだから。じゃあ誰なんだ。
自問自答をぐるぐる繰り返す僕に、次々と言葉の嵐が降り注いでくる。
「お父さんに会いに来たのかい?あ、ただお父さんは次期頭首だし、今は忙しそうだね…。あ、そういえば姉さんは元気かい?…俺はもう会えないだろうから…でも気になって…。」
えっ。
「とーちゃん、落ち着いて!」
「あああごめんごめん!つい結永くんに会えたことが嬉しくなっちゃって。」
「あの…。」
「「ん?」」
親子だな、ハモってる。
「どうして僕を知っているんですか?」
「結永くんのお父さんから、話は聞いているからね。」
「父が…。あ、あと義兄ってことは…僕の…母親の弟にあたるということですか…?」
「…そうだよ。」
「母親は、『亡くなった』と…。」
「そうだろうね…そう思われても仕方がない。」
…。
「…この話は知ってるかな?鬼は、『仲間』を増やすために人間界にひっそりと潜んでいるんだ。」
「鬼が…?」
「そう。鬼は人間を仲間にしようとする時、"それ"が人間にとっては邪気となる。ほら、季節の変わり目に風邪をひきやすいだろう?それは、そういうことだ。」
「知りませんでした。随分身近に鬼はいたんですね。」
「そういうこと。人間は鬼の気を浴びすぎると、いずれ鬼になる。だが自分の体と合わないと、鬼になる前に命を落とすこともある。」
「…。あなたは、鬼になったんですね。」
「ああ。ちなみに君は人間と鬼のハーフだから問題ないってわけ。古くから人間は、邪気を払うために豆を撒いていたんだ。風邪だって、医者に診てもらうだろう?姉さんのように。」
「確かに母親は今研修医で、専門医になるために勉強しています。…母は、鬼の邪気を祓う立場を目指しているのに、鬼と結婚したんですね…。よくわからないです…。」
…。
……。
ん………?
父さんが…鬼……?
ふと、衝撃的な事実を思い出した。次々と僕の知らない事実と直面したので、一番大事なところを忘れていた。
父は鬼の世界の次期頭首…鬼と人間のハーフ…僕は鬼の血を引いている…。
「…もっとお互いのことを知った方がいいと思うんだ。鬼のことも、人間のことも。そして俺たちのことも。」
動揺する僕を慰めるように、こう続けた。
「俺たちの昔話を聞いてくれないか?」
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