第4話
ある年の節分の日。雲一つ無い空の下、何やら企んでいる少年が森へ入って行った。まるで獣道で、枝は着物に引っかかるし歩きづらい。と、人間なら思うかもしれないな。
「この辺りにあるはず。…もう少し先かな?」
暫く歩いたウチはキョロキョロ見廻す。こっそり聞き出した情報なので、正確な場所が分からない。少年は何度も後ろを気にしつつ周りを見渡した。普段トレーニングしている人でも頂上に着く頃には足がパンパンになるような山道だ。だが少年はなんてことない顔をしてひょいひょい駆け上がっていく。
雲の絨毯を見下ろせる高さまで登ってきた。ついに山の頂だ。ウチは茂みに隠れて、細心の注意を払いつつ様子を伺う。
「あ、みーっけ!」
と大声で言いたかったが誰かに見つかってしまうと思い、ぐっと言葉を飲み込んだ。ウチは、抜き足差し足忍び足、扉へそっと近づいた。
この扉は年の始まり、春の訪れ、つまり節分の時期にだけ数日間開く。仲間探しの任務を請け負った者たちは「隙」を見つけて空間をするりと抜けられるが、多くの者はそうはいかない。繊細な彫刻を施された重厚な扉の両側には門番がおり、その門番の周りには数名の「鬼」がいた。
そう、ここは鬼の世界。
さっきウチがひょいひょい山を登れた理由も納得かな?
「もっとたくさんいたら紛れられたのになー。」
ぷくぅっと頬を膨らませた。
「人間界に行きたい鬼が今年は少ないんだなぁ。ま、ウチには関係ないさっ!」
人間界行きの扉で旅券の確認をしている季節の門番が、ほんの少し気を抜いている一瞬の隙を見て、「えいっ!」と扉を潜ろうとした。
その時…!
「こら!!何をやっておる!!」
突如聞き慣れた怒鳴り声と共に、首元に息苦しさを感じた。着物の襟をギュッと掴まれて喉がしまった。
「ごめんて…じいちゃん…!」
掠れた声を振り絞り、足をバタバタさせて降ろしてほしいとお願いした。眉間に皺を寄せたままのじいちゃんは乱暴にウチを茂みに放り投げた。まったく、なんて手荒なじいちゃんだ。
「良いか、我らは仲間を増やすことが定めだ。そしてこの門は、選ばれた者だけが通れるのだ。お前のような、ただ人間と仲良くなりたいだけのやつに仕事は任せられん。お前はただ、今やるべきことをやれ。決して人とわかり合おうなどと思うな。それが理解出来るまではここへも来るな。」
こっぴどくじいちゃんに怒られた。ちぇ、ウチの好奇心はダダ漏れだったか!
ウチは「無理」「出来ない」「ダメ」といった類の言葉が大嫌いだ。やる前から何で諦める?誰が不可能だと決めた?何故ダメなのか理由もちゃんと言えないくせに。「人間と相入れることは出来ない」なんてウチは信じない。そんなこと、誰が決めたんだ。
数年後、やるべき仕事をこなした褒美として、『門番への異動願』を受理してもらえた。じいちゃんは不服そうだけどね。
「ラッキー!この日のために頑張ってきたんだから!」
ウチの3大地雷ワードを踏まれても、貶されても、耐えて来られたのはこの日が来ると信じていたから。自分自身を諦めなかったからだ。
ついに当番の時間が来た。旅券を持った鬼達は、まだ誰もここにいない。ウチは扉の前に立ち、じっと見つめる。とっくに心を決めていた。だが、まだだ。今じゃない。
「飯にしようぞ。」
休憩時間になり皆はぞろぞろと食事に向かう。今だ。集団からそろりと抜けて、扉へ戻った。ウチの足ならほんの一瞬さ。ドアノブに手をかけた。
「ウチはウチのやるべきことをやるんだ。行くぞ!」
そう自分に言い聞かせるように一度頷くと、勢いよく飛び出していった。
うっ。眩しい!風が強すぎる!
龍風(人間界でいう『台風』と呼ばれるものに近い)に巻き込まれているのかと思うくらい猛烈で、前方を直視出来ない。両腕で顔を覆い、前傾姿勢をとり、あらゆる可能性に備えた。
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