雛霧 叶月夜【零】

 ”鬼族”遊郭の1室。



 今日も母親に半殺しにされた、10歳にも満たない少女がうずくまっている。少女は生まれた時から、毎日のように母親から半殺しにされている。


 ”鬼族”でも特殊な血、”天使族”と”鬼族”の血を両方持つ少女は半殺しにされても、数時間で全回復する。



「ガブリエル……。ちょっと待ってろ」



 突然”天使族”の男が少女に近付き、回復魔法を少女にかける。

 その男性は”天使族”の族長であり、かぐやの父親でもある男だ。


 アベルと言われる”天使族”の男は、族長であるにも関わらず”アレクサンドロス”の国中でも有名な程の遊び人だった。だが、絶大な力を持っている事にも変わりはなかった。



「余に触れるな。父とはいえ、容赦はせんぞ」



 かぐやは自分を生んだ母親のことも、父親のことも恨んでいた。

 母親のことを恨むのは当然だ。毎日毎日、理不尽に半殺しにされる。


 そんな母親と関係を持った父親のことも恨んでいた。


 睨みつけるかぐやに対して、アベルと呼ばれる父親は頭を掻く。



「ガブリエル……」


「余は雛霧じゃ。ガブリエルでもかぐやでもないわ!」



 かぐやの名前は何故か父親からは”ガブリエル”と呼ばれていた。

 かぐやが自分の本来の名前を嫌うのは、母親である叶月音かぐねから取った名前だからだ。



「じゃあ、雛霧ちゃん。ちょっとオッサンと外に遊びに行かないか?」



 アベルはかぐやの傷を治すと、かぐやの手を強引に引き遊郭の外に連れ出した。



「なんじゃ。ここは?」


「ん? ここは”アレクサンダー”っていう王都だよ。色んな種族の皆が生活している」



 かぐやは生まれて初めて遊郭の、それも遊郭の中の1室から外の世界に出た。

 最初は恨んでいる父親に連れ出される事を拒んだが、外の世界への興味があったため大人しく父親に連れられるがまま外に出た。



「おい。これはなんじゃ?」


「ん? それは牛串だよ? 雛霧、食べてみたいかい?」


「う、うむ」



 肉串はかぐやの口には合わなかった。母親から半殺しにされる毎日であったが、食事はきちんと与えられ、かぐやの口には和食が合っていた。


 ペッと地面に吐き出すかぐやを叱ることなく、笑い飛ばす父親。



「はははっ。雛霧の口には合わなかったか! どういうものが好きだ? 雛霧は」


「余は、和のモノが好きじゃ」



 かぐやの言葉を聞くと「ここならどうだ?」と父親に甘味処に連れて来られた。

 甘味処の和菓子はかぐやの口に合った。

 

 美味しそうに口に団子を頬張るかぐやを見て、父親はただ黙ってニコニコしていた。そんな父親のもとに、甘味処の主人が寄ってきた。



「あらら。この子がアベルの娘かい? いやー、本当に可愛い子だねー」


「だろ? まぁ、母親似だがな。無理矢理、会うのに8年もかかっちまったよ」


「アベル、娘が生まれてから人が変わったように遊ばなくなったもんな。いやー、良かった良かった。嬢ちゃん。お父さんに沢山、遊んでもらいな」



 その後も父親は色んな場所にかぐやを連れて行った。


 遊び人の父親、ろくでもない男だとかぐやは思っていた。しかし、街ですれ違う者も店の者も皆、父親と親しそうにしていた。”天使族”の族長であるにも関わらず、時には街の者にからかわれもしていた。しかし、父親は一切威張る事はなく、常に和気あいあいと色んな者と話していた。



 かぐやも徐々にそんな父親の不思議な魅力に惹かれ、父親に心を許すようになった。



「お、お父さん。余の事はガブリエルと呼びなんし……」


「おお……。ごめん、ごめんな。ガブリエル……」



 かぐやの言葉で単純に喜ぶかと思いきや、父親はまだ体の小さいかぐやの体を抱きしめて大粒の涙を流しながら喜んだ。


 かぐやはその日、遊郭へは帰らず、父親に”天使族”の里に連れて来られた。父親はかぐやに対してとても優しく、かぐやも完全に父親を許すことにした。


 やがて2人の幸せな時間も少し過ぎた。



「アベル! 大変だ! ”鬼族”が里に来ているぞ!」



 父親は何か決心したように、”天使族”の里の入り口に向かう。

 入り口には少数の”鬼族”の女たちに、かぐやの母親、叶月音。



「ここに叶月夜はおるのかえ?」



 かぐやの母親に土下座をする、かぐやの父親アベル。

 土下座をしながらかぐやの母親に懇願する。



「叶月音、頼む。叶月夜、いやガブリエルは俺に育てさせてくれ……」



 問答無用で刀を抜き、里の入り口の巨樹に斬撃を与える叶月音。

 巨樹はどういう訳か突然自然発火し、一瞬の内に焼け消える。



「ダメじゃ。叶月夜を余に返せ。でないと、この里がどうなるか分かっておろうな? ”天使族”の族長、アベルよ」


「……。俺の命と引き換えでもダメか?」


「ほう。其方の命と引き換えに叶月夜を解放せよと申すか?」


「そ、そうだ。俺が責任をとる。ガブリエルには元気に女の子らしく育って欲しい」



 叶月音は仕えていた遊女から刀を受け取り、それをアベルへと投げる。

 アベルは刀を持つと、上半身の衣類を脱ぎ腹に刀の切っ先を当てる。

 ”天使族”の皆が泣き叫び、それを止めようとする。


 が、誰も”鬼族”の力に正面から立ち向かって勝てる者はいない。

 皆は泣き叫ぶことしかできず、”鬼族”のそれも頂点に立つ者、叶月音の前では無力だ。

 

 叶月夜も騒然とする外の様子が気になり、アベルの家から飛び出す。

 


 一足遅かった。

 

 アベルは自分の腹に刀を突き刺し、その場でうずくまっている。

 父親であるアベルのもとに向かう、かぐや。



「お父さん……、お父さん! お父さん!!」


「おう。ガブリエル、悪いな。本当、俺は娘を悲しませてばっかだな……」


「そんなことない! お父さん! しっかりしてよ!」


「ガブリエル、これを……」



 父親のアベルから手渡されたのは、刀身が黄色に輝く刀だった。



「本当どうしようもない父親だ。俺は……。ガブリエル、半分は”鬼族”のお前に託すのは酷だが、それは昔、邪鬼たちを討ち取った刀だ。その刀は弟刀でな、世界のどこかに兄刀が封印されている……。娘に言いたくはないが、ガブリエル。お前の母親は間違いなく”邪鬼”だ。お前は力を付け、いつか母親を討ってくれ。ごめんなぁ、ガブリエル……。こんな父親で本当にごめん……」



 かぐやの腕の中で、アベルは静かに息を引き取った。



「叶月夜を捕らえよ」



 約束が違うと激昂げきこうする”天使族”。確かにアベルの身から出たさびではあるが、これではいくら何でも酷過ぎる。


 皆、敵うはずはないが臨戦態勢に入る。が、意外にもそれを止めたのはかぐやだ。



「すべて……このの責任じゃろ。余は遊郭へ帰るぞよ。其方たち、武器を収めよ……」



 全員が武器を大人しく収めた。そう皆に言うかぐやの顔が、どの”天使族”よりも1番悲しそうだったからだ。


 高笑いが止まらないかぐやの母親。かぐやは父親から譲り受けた刀を強く握り締めていた。




———1年後



「はぁはぁ……。このクソガキがぁ」


「おい。娘への口の利き方がなっておらんようじゃの。遊女はもう引退しなんし。クソババア」



 ルビーのような邪悪に輝く母親似の瞳と、それよりも鮮やかにコハクのように黄色く輝く父親似の瞳。かぐやは9歳のときに、”鬼族”最強であった母親を再起不能なほどに斬り刻んだ。が、母親もしぶとくその場から逃げ出し、現在は行方知れずだ。


 ”邪鬼”の母親の事だ。いつか復讐をしに来るに決まっている。かぐやは長年、母親の圧政に苦しんでいた遊郭と遊女を解放し、遊女の皆の生活費は自分がすべて負担すると言い残し、父親の遺言でもある刀を探しに旅に出た。





———先の大戦後



 ”天女の世代”でも民衆から、かぐやの生い立ちと、優雅で妖艶な立ち振る舞いから””とかぐやは呼ばれるようになった。


 誰もが、かぐやは何不自由ない裕福な家庭で育ったと思い込んでおり、最強の名を欲しいままにしている事から付けた名前だ。



「誰が騎士じゃ。そんな者になった覚えなどないわ。そして余はでも何でもないわ。次、余のことを”令嬢”だと言った者は殺すぞよ」



 と、かぐやがその通り名を一蹴いっしゅうした事から、”異世界最強”という通り名だけ、現在いまに残った。

 

 

 クロエの”ベアトリクス”叙任じょにんの儀式には、を出席させていたかぐや。



 かぐやは大戦後、”堕天使”側が治める大陸に単独で残り探し物をしていた。

 

 ”アレクサンドロス”内は何十年もかけて探し尽くした。と、なれば……。

 

 かぐやの勘は当たっていた。

 ようやくなまくらになっていたが、兄刀を他大陸で見つけるかぐや。



「ほう。やはり、こっちの大陸にあったか。どうりで見つからん訳じゃ。、必ず無念は晴らしてやるぞよ。安心せえ」







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