11-5 ゴミへの昇格

 学園の屋上で気配を探るリュカ。


 もちろん屋上にリュカ以外の人影はない。


 現在、学園は夏休み。

 そのうえ、もともと学園の屋上に上がる生徒など、リュカの親友の孝雄率いる”獅子島ししじま軍団”以外いなかったため誰かがいるはずはない。



「以前の僕では感じる事は無かったが、恐ろしく禍々しい空気がこの屋上には充満しているな……」





———大学病院



 1人の少年が一時は命の危機にあったが現在は回復し、あとは右足の骨折が完治するまで入院という事で、病室のベッドに寝転んでいる。


「お前が……滝川たきがわだな。確かに、僕と何度か面識はあったな」


「リュ、リュカ!」


 リュカが屋敷を離れ、まず訪れたのは獅子島軍団の滝川のもとだ。

 滝川といえば、獅子島 孝雄の幼馴染でいつも孝雄とつるんでいた。

 

 リュカと孝雄のタイマンの際も、リュカに手は出しては来なかったが、いつも最強の編入生のリュカに立ち向かう孝雄の雄姿を黙って見守っていた。


 孝雄が息を引き取った際、リュカに連絡してきたのもこの滝川だ。


 パーカー男によって屋上から落とされて死亡したものだと思っていたが、実はエレーヌに寸前のところで助けられていた事をエレーヌから聞き、滝川の入院している病院を突き止めて、リュカは決戦の前に滝川の見舞いに来た。


「滝川……。容体はどうだ? まだ、退院は無理そうか?」


「ああ、わりぃ。まだ、右足の骨がくっついてなくてよ。情けない話だ」


「そうか。でも、生きていてくれて……。本当に良かった。孝雄も天国で喜んでいるだろう」


「……。リュカも無事そうで良かった。俺は気を失って、リュカに連絡した後の記憶がないんだが。孝雄の仇はとれたのか?」


「いや、僕でもまったく手が出なかった。それどころか、つい先程まで意識を失っていた」


 滝川はあの時、リュカに電話をした事を悔やんでいるのだろう。掛布団を強く握りしめ、目には涙が浮かんでいる。涙をこらえているのだろう。真一文字に結んだ唇からは、血がにじみ出ている。


「リュカ……。俺が……、俺が無能なばかりに……」


 依然として悔しそうな顔をしている滝川にリュカは話をかける。


「滝川。孝雄はいい奴だったな」


 突然のリュカの一言に、真一文字に結んでいた唇の力は緩み、堪えていた涙を流しながら激しく嗚咽おえつする滝川。そんな滝川に対して、話を続けるリュカ。


「滝川にとって孝雄は幼馴染で特別な存在だった。でも……、僕にとっても孝雄は初めてできた友人であり大切な親友だった。孝雄の仇は絶対にとる。は孝雄を死なせた奴を絶対に許さない」


 リュカから発せられる雰囲気は人間のものとは思えなかったが、滝川は恐怖よりも心強さをリュカから感じた。


「滝川……。孝雄の仇をとってくる。少しだけ待っていてくれ」


 そう言うとリュカは滝川が入院している病室の階、5階の窓から迷わず飛び降りていった。きっとリュカなら孝雄の仇をとってくれると、滝川は確信した。




「滝川君! 君はまだ右足が複雑骨折している大怪我だ! 病室で安静にしていなさい!」


 滝川は看護師の制止を無視して病室をあとにする。滝川を止めることができず、男性の滝川の担当医をたまらず看護師は滝川のもとに呼んだ。


 男性の医師も何かスポーツをしているのだろう。それなりにガタイは良く、背丈も滝川よりも高い。だが、滝川は必死に滝川を制止しようとする医師を押し飛ばした。


「先生。世話になっておいてわりぃ。俺は必ずここに帰って来る。そのとき、俺の事を本気で叱ってくれ。でも、いまは……いまだけはどうしてもやらなきゃならねぇことがあるんだ。いまだけは許してくれ」


 滝川は床に倒れている医師にそう告げると、エレベータに乗って下の階に降りて行った。看護師が必死に下の階にいる病院スタッフに連絡しようとするが、医師は立ち上がり、それを止めた。


「先生!!」


「いまの彼は誰が言っても止まらないよ。好きにさせてあげなさい。その代わりに彼がここに帰って来たら、私が彼にかなりキツイお灸をえるよ」




———



 再び学園の屋上。


「やはり、街中を探し回るしか……。ッ!!」



 リュカは今日は部活動もなく、誰もいない学園の広大なグランドに屋上から飛び降りる。


 グランドの真ん中には、パーカー男。今日も黒色のパーカーのフードを深く被っているが、間違いなく目的の人物だ。


「へぇ。リュカ君、少しは人間らしくなくなったじゃない。で? 俺のこと探しているようだけど……、なんか用?」


 いまのリュカには分かる。パーカー男からはリュカの力では計り知れないような強大な禍々しいオーラが放たれている。しかし、リュカも引くわけにはいかない。


「用だと? 孝雄の仇を取りに来た。貴様……、生きて帰れるとは思うなよ」


「孝雄? あー、獅子島君のこと? あんなちり以下の奴の仇なんて、リュカ君も同じちり同士、変わってんねー」


 リュカはパーカー男がしなくてはならないような素早さで、パーカー男のもとに詰め寄り、パーカー男を殴り飛ばした。



 パーカー男は少しだけ後ろに体を飛ばされる。

 まったくダメージを受けていないようだが、パーカー男は不敵な笑みを浮かべる。




「へえ。リュカ君、塵からゴミへの昇格、おめでとう」







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