10-5 恐怖の支配下

「楓花。そんなに肉持って何処に行くんや?」


 ソフィアの一言にビクッとする楓花。ロボットのようなガチガチとした不自然な動きでソフィアの方を振り返る。


「車で寝ている、と、轟さんに」


「ふーん。轟はいま肉はいらんと思うけどなー」


「あ、あー。だったら弐龍さんに」


「弐龍の動き、楓花の目で追えとるんか?」


 確かに弐龍が付近にいる事は確かだが、クロエ、ソフィアの他に弐龍の素早い動きと隠密行動を目で追える者はいない。


 ピクリとも動かなくなった楓花。

 はぁーとため息をつき、楓花のもとに寄るソフィア。


「どうせ、まだ湖の近くにおるアホに届けるんやろ? ほんま、しゃーないな。1人は危ないから私も一緒に行ったるわ」


 ソフィアの一言に安堵の表情を浮かべる楓花。リリアーヌにテントの事は任せ、楓花と湖に向かうソフィア。


 湖周辺にたどり着いた2人だが、肝心のクロエの姿が何処にも見当たらない。


「あれ? クロエちゃんがいない……」


「……。やっぱりな。楓花、クロエの事は大丈夫や。異世界の基本は調や」




———キャンプ場、管理棟付近



 1人の女性がせわしなく動いている。どうやらの食事を運んでいるようだ。その女性の背後から、気配を消して近付くクロエ。


「おい。その食事を私によこしますの」


 突如、背後から現れたキャンパー女子に驚く従業員の女性であったが、反応がクロエが予想していたものとは違った。


「た、助けて下さい!!」


「へ?」


 従業員の女性と共に気配を消して、当初の女性の目的地にたどり着くクロエ。

 

 その光景に流石のクロエもゾッとする。


 数十羽のハゲワシと思わしき、大型の鳥類たちが生肉をむさぼり食っている。


「まさかとは思い聞きますが、このキャンプ場で飼っているとか?」


「いえ!」


 女性の大声に何羽かのハゲワシが付近の気配を探るような仕草をする。

 クロエはすぐに女性の口を塞ぎ、小さな声で女性に落ち着くように言う。


「バカ者。大きな声を出すな。奴らに気付かれたら、お前は終わりですわ」


 女性が涙目のまま何回も大きく頷くのを確認して、クロエは女性の口から自分の手を離す。


「なんだ、アイツらは? あれは”魔獣”か? いつからだ? いつからアイツらがここにいる?」


「と、突然です……。今日……。ッ!!」


 女性の視線が一瞬だけクロエの背後に向けられた気がしたが、クロエは女性の話を聞くことにした。


「突然か? あれは”魔獣”と呼ばれる化物だ。怖かっただろう」


「はい……。取り乱してすみません」


『あの数……。私だけではキビしいかもですわ。ソフィアか……、実力は知りませんが弐龍を呼びに……』



 !!



 突如、女性が全身を使ってクロエの体を抑え込む。それと同時に背後から何者かがクロエに対して飛び掛かってくる。


「ラッキー!! まさか最初に俺の餌食えじきになるのが、こんなだとはな!!」


 男は目にも止まらぬ速さで、青色に輝く大剣を両手で振り下ろした。


『ちっ。悪く思わないで欲しいですの……』


 クロエ自身も目にも止まらぬ速さで、女性のみぞおちをカルンウェナンで殴打し気絶させ女性を担いで大剣を寸前で躱した。


 女性が側にいては戦いにならないので、まずは女性を戦いの場から避難させようと咄嗟に潜伏ステルスを発動させ、その場を猛スピードで逃げるクロエ。



 パッパラー!!



 先程の者だろうか、トランペットのようなラッパを吹く音がクロエに聞こえてくる。



 !?



 潜伏ステルスで透明化させているクロエに、先程まで肉をむさぼっていたハゲワシに似た大型の鳥類が一斉に攻撃を仕掛けてくる。


 屋外だと部が悪いと感じ、建物の壁に体当たりで穴を開け屋内に入るクロエ。

 流石に大型の鳥類は屋内にまでは入ってこない。


 出てきたところをすぐに攻撃しようと、建物の周囲を取り囲むようにハゲワシたちは舞っている。


 女性を床に寝かせ周囲を見渡すクロエ。

 どのように攻勢に討ってでるか、考えていると……。


 屋内にいた従業員だろう。皆、戦いはまったくの素人だがクロエに対して、各々刃物を振り回して攻撃してくる。


 全員クロエの敵ではないが、皆が苦悶の表情を浮かべていることにクロエも心を痛める。1人1人、先程の女性と同じように、外傷を付けないようにみぞおちをカルンウェナンで殴打し、苦しまないように1撃で気絶させていく。


 最後の1人を気絶させたところで、又しても先程の大剣を持った男が今度はクロエのいる建物ごと一刀両断する。従業員の皆は攻撃を運良く避けられたが、建物に大きな切断面ができた事によりハゲワシ共が従業員を食おうと飛び込んでくる。


 クロエもカルンウェナンでハゲワシを牽制するが、一般人のそれも気絶している人間をかばいながら戦うにはどうも部が悪い。


 さらに部が悪いことに、ハゲワシの攻撃の隙を狙って大剣を持った男がクロエに大剣を振り抜いては、クロエの反撃を受ける前にに消えて行く。


『ちっ。これでは、応援を呼びに行っている間に罪のない人間たちはハゲワシに食べられてしまいますわ。ハゲワシ1羽1羽はそれほどですが、ハゲワシへ攻撃をしようとすると謎の大剣の攻撃が飛んできますわ。くっ。八方塞がりですわ』


 クロエが状況を探っている隙に1羽のハゲワシが、従業員の1人をクチバシで掴み持ち去ろうとする。


「このクソ鳥がー!! ッ!!」


 何とかハゲワシが従業員を持ち去る事は回避できたが、クロエがハゲワシに攻撃を仕掛ける隙をついて、大剣の突きがクロエの脇腹をかする。まったくの無防備ないまのクロエの体。プレートアーマーをしていても、この状況は厳しいがプレートアーマーをしていない事によって斬撃をもろに体に受ける。


 このままだと長期戦になることは必至な上に、従業員たちをいつまで庇いきれるかが問題なのだが……。



 ビュウウウウウウウーッ!!



 突如、クロエのいる建物を覆うように竜巻が起こった。それによりハゲワシ共は建物から大きく引き離された。これを絶好の機だと捉えクロエは、建物内にあった大テーブルに従業員20名全員を乗せて、自慢の馬鹿力で大テーブルを持ち上げた。


 竜巻は何者かが意のままに操作できているようで、クロエの思惑通りにクロエの進行方向に風の抜け道ができた。そこから従業員たちを担ぎながらクロエは脱出すると、できるだけ遠くへと従業員たちを運んで見つけづらい木陰へと隠した。


 ハゲワシ共と大剣の主が従業員たちを狙わないように、猛スピードで竜巻のもとに戻り今度こそ戦闘態勢に入るクロエ。



「弐龍! 助かりましたわ! でも、少し遅いですわ!」


 大きな扇子を担いだ弐龍は、頭をポリポリと掻きながら苦笑いをした。


「ソフィア様にも以前同じことを……。申し訳ございません、失言です。クロエ様、お助けに参りました」


 ハゲワシ共は弐龍の竜巻に巻き込まれているようだが、肝心の親玉であろう大剣の主が見当たらない。クロエは強大な禍々しい気配を付近から感じなくなった事から、親玉は狙いをソフィア側に変えた気がした。




「弐龍! さっさとこのクソ鳥共を片付けますわよ! 楓花のもとに危険が迫っていますわ!」


「なんと!? ならば、この鳥共は瞬殺といきましょう!」



 この時点ではハゲワシ共はただの”魔獣”だと思っていたが、クロエと弐龍はこのハゲワシ共に苦戦を強いられることとなる。







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