第10話 堕天使降臨!

10-1 楓花に夏の思い出を

———メドゥーサ戦から1週間が経つ頃



 もう7月も終わりを迎えそうだ。

 メドゥーサの1件以降、何事も起こらない日々を各々が送っている。


 ”堕天使狩り”をしているかぐやの情報によると、”堕天使”はまだ誰1人として姿を現していないそうだ。”悪魔”はそれぞれの方法を使って、この世界に邪悪な影を落としていたが”堕天使”に限っては、まったく行動が読めない。


 ”悪魔”たちを瞬殺された事により、”堕天使”は様子見に入っているのか、それともかぐやに気付かれないところで暗躍をしているのか。


 すべてが謎だが、楓花ふうかを取り巻く環境にはまったく変化がない。


 リリアーヌのおかげで楓花は夏休みの宿題を終えた後も、楽しそうに生活しているが、せっかくの夏休みなのに”堕天使”を警戒して屋敷の外に一歩も出れない楓花を少しだけ不憫に思えてきた天女の世代の将軍たち。


 クロエたちの世界の者にとっての1年と楓花の1年の価値は天と地との差がある事を皆が理解していた。貴重な時間をこのような思い出だけで終わらせていいものか……、皆がそのことを考えていた。


 ある日、業を煮やしたクロエが楓花に話かける。


「楓花。夏休みだというのに、外に出たくはありませんの?」


 唐突なクロエの質問に楓花は少しだけ顔を引きつるが、すぐに笑顔をクロエに向ける。


「う、うん。クロエちゃんたちがいるし、リルちゃんとは趣味も合うし……。このままで大丈夫だよ」


 質問をしたクロエを含め、近くで楓花の様子を見ていたソフィア、リリアーヌ両名も楓花は気を遣ってウソをついたと感じる。


 ワザと険しい顔をして、少し棘のある言い方をするクロエ。


「それは楓花の本心ですの? 周りの皆が夏を楽しんでいるのに、楓花は屋敷の中に籠っていても全然、不自由はないと言いますの?」


「そ、それは……」


「エマとリュカの事やろ?」


 ソフィアの言葉に本心を突かれたというように、楓花は顔を下に向ける。

 楓花自身には楓花の命が、何故か”堕天使”たちに狙われているという事は伝えてはいないがエマとリュカの事を考えると、自分も夏休みを楽しんでいる場合ではないと楓花は考えているのだ。


 楓花はそれだけ優しい心を持った子だと、全員が理解していた。


 俯きスカートの裾をギュッと掴む楓花の姿を見て、クロエが楓花に声をかける。


「あーあ。楓花は私たちに夏休みなるものを楽しませてくれると思っていましたのに。残念ですわー」


「せやせや。楓花がおらんかったら、どうやって夏休みを楽しむのか他の世界から来た私らには分からんしなー」


 ハッと顔を上げる楓花。言おうとしている事は分かる。

 だが、クロエもソフィアも楓花が声を出すよりも先に答える。


「リュカのことはかぐやに任せておけばええ。リュカが回復すればエマも元気を取り戻すやろ」


「そうですわ。今できる事は何もありませんの。絶対にかぐやは夏休みをエンジョイという感じの性格ではありませんの。リュカのことはかぐやに任せればいいですの」


「え……? でも、私だけが……」


「時にはワガママを言ってもええんやないか? 私ら、友達やろ?」


「そうですわ。時にはワガママも言い合える、それが友人というものではありませんの? それとも楓花は友人の私たちの言う事が信じられませんの?」


 顔を赤らめて俯き考え込む楓花の手を握るリリアーヌ。


「私もクロエ、ソフィアに同感だよ。楓花氏はひとりで抱え込むところがあるよ。もっと同志たちを信用してみても良いと思うよ」


 目に涙を浮かべながら、楓花は3人の顔を見渡す。

 リリアーヌは表情が分からないが、間違いなく皆が楓花に優しい笑顔を向けている。


「だ、だったら……」




———夜中、エレーヌの部屋



 エレーヌの部屋に5人の将軍が集まる。


「なに? 野営だと? 楓花は野営がしたいのか?」


「アホ。この世界ではキャンプって言うんやで? エレーヌ」


「そうですわ。楓花はどうやら私たちの世界の野営、この世界ではキャンプというモノをしたいみたいですの」


 楓花とリリアーヌの好きなアニメにキャンプモノがある。

 

 2人とも背丈も声質、更に感性までもが同じだ。

 2人ともキャンプがしてみたいと、前々から憧れを抱いていたようだ。


「調べたんやけどな、夏のキャンプは結構人気みたいでな。人の数もそれなりに多いから、楓花の護衛も難しくなるかもしれんな」


 ソフィアの一言に、かぐやがいつ手に入れたのか分からないスマホを取り出し何処かに電話を掛ける。


「……。楓花の父上か? どうやら楓花は夏の思い出にキャンプをしたいみたいじゃ。そこでじゃ……。ほう。人間にしては話が早いの。そういう事じゃ。頼んだぞよ」


 クロエを含め、新参者のリリアーヌを除き全員が唖然とする。特にクロエが。


『か、かぐや。楓花の父上といつの間にそんな……。それに何故、かぐやは楓花のあの父上に命令できるのだ……』


 そんなクロエを無視するように、かぐやが話を進める。


「ソフィアよ。その心配は無くなったようじゃ。どうやら楓花のキャンプの日はキャンプ場を貸切るとのことじゃ。これで護衛も少しは楽になるじゃろう」


「お、おう。人がおらんのやったら、”堕天使”がどう攻めてくるか分かり易くなるな……」



 こうして楓花のキャンプには、クロエ、ソフィア、リリアーヌが付添うことになった。エレーヌ、かぐやは屋敷で留守番だ。


 かぐやはともかくエレーヌまでもが屋敷に残るのには、ひと悶着あった。


「わ、私もキャンプに行くぞ! ずっと働きづめで息抜きが……」


 そう言うエレーヌの側に寄り、自分よりも20センチ程、背の高いエレーヌに強大な威圧感を向けるかぐや。


「エレーヌはダメじゃ。余の刀の修復がまだであろう。さっさと直さぬか」


「てめぇ、かぐや! 私をいつまでこき使う気なんだ!? 私はもう我慢の限界だ!」


「ほう。もう1つ仕事を増やしてやってもいいんじゃがの。其方の”ヴァルカンメイス”を一刀両断に……」


 ドワーフ族の宝棍棒”ヴァルカンメイス”を、いくらかぐやとは言え一刀両断できるとは考えにくいが、この異次元すぎるかぐやの強さ。もしかしたらを考え、エレーヌは涙を流しながら悔しがった。



 

 こうしてエレーヌは早くかぐやの呪縛から解放されるため、死ぬ気でかぐやの刀の修復に当たった。ソフィアもクロエにヒビを入れられた、エクスカリバーの修復を頼みたかったが、エレーヌのいまの可哀想な状況を見て言い出すのを止めた。







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