8-2 初めての外暮らし

 時はソフィアがエキドナと対峙する数時間前に戻る。




———石像事件から1週間



 楓花は明日から夏休みだ。


 この1週間、クロエが楓花の下校に加え登校も一緒にしている。楓花の安全を考えると最善の策だろう。


 楓花が学園にいる間は、クロエは潜伏ステルスを使い学園内で楓花を見張っている。潜伏ステルスには時間制限があるが、クロエは暗殺技アサシンの使い手。自身を透明化させなくても、教員や学生など素人相手なら誰にも見つからずに潜伏できる。


 遅寝遅起きがモットーのクロエであったが、クロエよりは冷静な思考を持っているソフィアが、いまの状況下でそれはダメだと激怒し、毎朝クロエを叩き起こしに来る。



 石像事件の日から今日まで幸い何事もなく、時間だけが過ぎていった。



 リュカはというと、エレーヌと医師団の賢明な蘇生のかいもあって、何とか一命はとりとめたが意識は戻っていない。リュカの体はリュカの部屋に移され、ベッドで眠らせている。エレーヌは自身の作業と石化した栗栖の解析のかたわらリュカの様子を見に行く。


 エマに関してはリュカの件があって以降、まったく元気がない。エマの体が心配でクロエ達は休むように説得したが、片時もリュカの側を離れようとしない。あるじである楓花が説得しても無駄だった。クロエがこのままでは本当にエマは体を壊すと、色仕掛け作戦に出たが、まさかの反応なしだ。弟のリュカが余程、大切なのだろう。エマが体を壊さないように、陰からソフィアがエマの様子を確認している。


 楓花の近侍ヴァレットが不在になるのだが、クロエにソフィア、それにエレーヌまでいるので、リュカの意識が戻るまで楓花の近侍ヴァレットは3人が務める事となった。



 今日も楓花とクロエは歩いて下校をしている。この1週間、2人は楓花専属の運転手であるとどろきの車に付くよりも先にある人物に必ず会っている。



「あ。ソフィアちゃん」


「おお。楓花、お疲れさん」


「じゃあ、今日もお願いします」


「はいよ」


 ソフィアはエクスカリバーを抜くと、美しい剣舞をした。



漆の舞しちのまいかえで



 剣先からは紅色と黄色のもみじの葉が出現し、ソフィアの全身を覆っていく。

 ソフィアの全身から葉がすべて落ちると、その中からはが現れた。


「わぁー! 私だー!」


「楓花。何回、同じリアクションすんねん。よう飽きひんな」


 ソフィアの漆の舞しちのまいかえで、クロエの第7の暗殺セヴンスアサシン擬態化ミメティスムのように他の目を誤魔化す技だが、1つだけクロエの擬態化ミメティスムと違うのは、容姿まで変えることができる点だ。


 クロエの大嫌いな言葉、クロエのの技だ。

 しかし、万能ではない。容姿は変えられても異世界出身者の目には、この世界では通用しない。更に声を変える事が出来ないため、声を出すと一発で楓花ではないと見破られてしまう。口調を楓花に合わせても、バレる者にはバレる。


 楓花と話す機会の多い運転手の轟にはこの事は伝えてあるが、屋敷の者にはエレーヌ、エマを除いて伝えていない。


 だが、そこはあまり問題ではない。


 元々、そんなに口数の多い方ではない楓花な上に、屋敷の者が楓花と接触する機会などほぼない。1週間、誰からも疑われる事なく、ソフィアは屋敷内では過ごしている。


「ほななー」


 そう言い残すと、楓花の姿をしたソフィアは轟の待つ車へと向かった。


「じゃあ、行こうか。楓花」


「うん! ねぇ、クロエちゃん。今日は何処のお店にするー?」


「うーむ。ピザですわね」


「えー? またー?」


「お気に入りですの。私の口に合いますの」


 クロエ達は少し歩くと、高級なタワーマンションに着いた。

 楓花がもう慣れたといった手つきで、オートロックのドアを開く。


 セキュリティが万全で大物芸能人も御用達のタワーマンション。

 大物芸能人も御用達なだけあってプライバシーに関しては、かなりこだわった造りをしている。


 楓花がで購入した一室に、この1週間2人は同居している。最初、楓花は屋敷を出て生活をすることに戸惑っていたが、親友のクロエと一緒に生活ができる上に、屋敷の外での生活がすべて新鮮に思えて現在はこの生活を気に入っているようだ。


 楓花を取り巻く問題だけの場合はここまでする必要は無かったが、絶大な力を持つ何者かが楓花の命を狙っている現状況。それも敵はこの世界の者ではなく、クロエ達の世界の者。どんな手を使って狙ってくるか分からないため、楓花を屋敷から遠ざけて隠す事にした。



 マンションの場所はクロエ、ソフィア、エレーヌしか知らず、マンションのキーも3人と楓花しか持っていない。



 クロエは正直なところ、早く屋敷の生活に戻りたい。

 

 別に何不自由ない生活なのだが、食事だけが不便だ。身を隠している身なので、外への買い物、外食などはできない。出前をとり、マンションの宅配ボックスに配達してもらっている。昨今の出前市場の拡大により、多種多様な食事を出前してもらえるのだが……。楓花の屋敷で、一流シェフの作る食事を毎日とっていたクロエはどうも納得いかない。楓花は新鮮だと気に入っているようだが。



『早く楓花を狙う敵が現れないかなー。……使ともあろう者が何をしていますの! さっさとこの戦いを終わらせて、私は屋敷に帰りたいですの! 楓花の問題も解決していないし……。キーッ! イライラしますの!』



 ソファに腰を掛け貧乏ゆすりが止まらないクロエをよそに、楓花はノートパソコンでピザ店のホームページを開き、どのピザにするか楽しそうに物色している。



 クロエのよこしまな願いに応じるように数時間後、屋敷には魔の手が迫っていたのだ。



———







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