7-8 不吉な石像

———エレーヌが屋敷に来て2週間が経つ頃



 すっかり梅雨も明け、晴天の暑い日差しの日が続く。

 もうそろそろ楓花の夏休みだ。


 楓花にとって、友達ができて初めての夏休み。

 これまで夏休みといっても、1人では何もする事がなく屋敷内でずっと読書をしていた楓花。今年はクロエとソフィア、出来ればエマ、リュカ、武器庫にこもっているエレーヌを無理矢理誘って、何か特別な夏休みの思い出を作ろうと楓花は張り切っていた。


「楓花。ちょっと暑いですわ。そこのカフェで少し休憩しますの」


 2人はカフェに入りフローズンドリンクを各々注文した。ようやく涼めると思ったが店内は満席、楓花達が店員に案内されたのはパラソルの差す、屋外だった。


 店員の胸ぐらを掴み威嚇するクロエであったが、楓花がすぐにそれを止めた。

 仕方なく、屋外でフローズンドリンクを飲む楓花とクロエ。


「だあーっ! 暑いですわ! これ飲み終わったら、すぐに帰りますわよ楓花!」


「ええー。カフェに入ろうって言ったのクロエちゃんじゃん。あっ。クロエちゃん、夏休みの予定なんだけどねー」


「あー。屋敷に戻ったら、ちゃんと楓花の話をソフィ……。!!」



 ドガーーーンッ!!



 いきなり楓花の頭上めがけてが天から降ってきた。

 楓花達のいたパラソルを突き破り、落下してきた物体。


 楓花はいち早く、その何かに気が付いたクロエに抱きかかえられ、離れた場所に避難したため無傷で済んだ。もし、クロエが気が付かなければ楓花は間違いなく即死だった。


 ざわつくカフェの店内と屋外の通行人。

 隕石でも落ちてきたのかと、ザワザワする。


「楓花、大丈夫ですの?」


「う、うん。ありがとう、クロエちゃん」


 楓花の無事を確認すると、クロエはエクスカリバーminiを手に取る。土埃つちぼこりが舞い皆がまだ警戒する中、1人その物体に近付いてみる。


「ん? 石像?」


 天から降ってきた物体は石像だった。クロエはすぐ雷走ボルトを発動させ、こんな危険な物体を落下させた人物を特定しに屋上まで飛び上がった。


 カフェの店舗が入っているビルの屋上まで光の速さで向かったが、屋上に人影はない。もちろん周辺も確認したが、人影がない。



『ちっ。逃がしたか』



 そう思いクロエは雷走ボルトで、再び石像のもとに戻る。

 石像には楓花が近付こうとしていた。慌てて楓花を止めようとするクロエ。


「楓花! まだ危険だ! 安全な屋内に避難しますの!」


 地上に光速で降りたクロエは楓花を再び抱きかかえ、楓花をカフェの店内に移動させる。楓花は困惑した顔をしている。それはクロエに怒られたからではなく、何か違うことに怯えているようだ。


「あ、あれ……。栗栖くりす君? クロエちゃん! あの石像、同じクラスのだよ!」


『なに? 玉子たまごだと? そんなバカな……』


 クロエは栗栖と面識はあるが、そのことを楓花は知らない。楓花を小学生の時からずっと見張っていて、百合園家に楓花の情報を流して楓花に近付いた者を消していたなんて、楓花の事を思うと言い出せなかった。


 クロエは栗栖と面識がないフリをした。


「その……栗栖? 楓花の学び舎のクラスメイトですの?」


「うん……。信じられないけど、間違いないよ!」


 クロエは楓花に店内で待機するようお願いをすると、また石像に近付いた。

 石像を細部まで確認する。



 ……間違いない。玉子だ。



 栗栖は苦悶の表情を浮かべたまま石化されている。


 まるで何かに怯えて必死に逃げている間に、何者かにされたようだ。


『これは。”人間族”の黒魔術師ブラック・マージ呪術師シャーマンの黒魔法か……、もしくは”魔獣”のものか……。考えたくはないが最悪……。どちらにせよ、何故こちらの世界にこの技を使える者がいるのだ? とりあえず私の考えだけだと、まとまりませんわ。屋敷に連れ帰って、ソフィアとエレーヌの意見も聞いてみるか……』


「楓花。ここでは人の目が多すぎますわ。とりあえず、楓花の屋敷に連れて帰りますわ。いいですわね?」


「う、うん。すぐに帰ろう!」


 野次馬が集まる前にクロエは石化した栗栖を背負い、楓花と帰路についた。


 轟の車には石化した栗栖を乗せられなかったので、楓花のみを車に乗せクロエは栗栖を背負って屋敷に帰る事にした。


 楓花を乗せた車が去ったのを確認すると、クロエは返事があるはずのない栗栖に対して話かけた。



「玉子……。こんな怯えた顔をして可哀想に。何がありましたの?」



 クロエが屋敷に着くと、楓花から事情を聞いたソフィアが屋敷の門の所にいた。

 楓花とエマも一緒だ。エレーヌとリュカは何処かに出掛けて屋敷にはいないらしい。


「これが楓花のクラスメイトか?」


 ソフィアには栗栖が何者なのかを教えていた方が都合が良いと考え、楓花には聞こえないようソフィアの耳元でクロエは小さく囁く。


「そうですの。以前、リュカから私を怒らせる為に聞いた、栗栖という者を覚えていますの?」


「ああ。あの楓花の密告者とかいう奴か。でも実際は、ただの連絡係で協力してくれるはずなんやろ?」


「その通りですの。しかし、玉子のこの状況……。その上、石化した玉子を上空から、楓花に向けて多分きましたの。もし私の反応が遅れれば、楓花の頭上に石像は直撃し、楓花は運が良すぎても大怪我でしたわ」


「そうやったんか。クロエが側におったんは、不幸中の幸いやな。でも、なんでや? この世界の”人間”と私らの世界の”人間族”は別物やろ? しかもこの世界には楓花達と同じような”人間”しかおらんのやろ? でも、どうみてもこの状況は”人間族”か”魔族”の仕業。これはかもしれんな」


「とりあえず、エレーヌが帰って来るまで待ちますの。最近、魔道具の開発に力を入れている”ドワーフ族”。そのエレーヌなら、”天使族”のような白魔法やストーン・ポーション石化回復薬は持っていなくても、それなりのストーン・ポーション石化回復薬くらいは持っているはずですの」


 ソフィアはクロエの言葉で何かを思い出したかのように屋敷の中に戻って行き、あまり時間を置かずにクロエのもとに戻ってきた。


「この世界では必要ないと思うて、片付けといたんや。私な、1個ストーン・ポーション石化回復薬持っとたわ。ドワーフ産やけど効き目は、ほとんど同じはずやで」


 そう言うとソフィアはストーン・ポーション石化回復薬の小瓶を開け、中に入っていた回復薬を惜しげもなく石化した栗栖に振りかけた。



 ……。



 クロエ、ソフィア両名の表情が一気に曇る。2人共、が当たったといった感じだ。


「おい。これ……。どういうことやねん」


「間違いない。”人間族”でも”魔獣”でも”魔族”でもない。このレベル強度に石化させる能力を持つ者は……」


「あり得んやろ……。なんでにおんねん。ほんま……」


「分からないですわ。ただ……」


 2人の声が重なる。真の楽観主義達のの部分が、栗栖の石化が解けなかった時点で粉々に崩壊した。2人共、に戻ったような気分だ。




「最悪ですわ……」

「最悪やわ……」

 



 



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