7-3 スコヴィル

———楓花登校前



「それでは僕は屋敷を離れます。楓花様の身の回りのお世話は姉さん、護衛はクロエ、ソフィアに任せます」


「うん。リュカ君、くれぐれも無理のない範囲でね」


「はい」


 楓花はとどろきの運転する車で学園へと向かい、リュカは休学の手続きを済ませ情報収集のために、とりあえず警視庁へと向かった。




———昼過ぎ、屋敷内ダイニング



 クロエ、ソフィア共に昼過ぎに起き、すぐに2人して屋敷のダイニングへ向かい朝、昼兼用の食事をとる。2人共、この世界の人間には信じられない程の大食いだ。


「おい。速水はやみ、もう肉はありませんの?」


「も、申し訳ありません。これ以上は楓花様、屋敷の者の夕食分が……」


 相変わらずこき使われている、百合園家の2番目シェフスー・シェフ、速水。クロエ対策で食材を大量に仕入れているが、ソフィアが増えた事によって大量に仕入れても全然足りない。


「し、資金の方はあるのですが、仕入れの量が……」


「ん? はあるんかー?」


 ソフィアの問いに速水はしまったといった顔をしながらも、正直に答える。


「は、はい。食材を仕入れる資金は十分にありますが」


「なら、にはならんな。おい、クロエ」


 クロエは立ち上がり、屈伸運動をしている。何かを始める気だ。


で、とりあえずは持ちますわね?」


「え? 牛1頭ですか? それでしたら……。ですが、どうやって?」


「速水、の金を。そうですわねー。神戸ビーフが良いですわ」


 速水はすぐに仕入れ分の資金を用意して、クロエにそれを手渡す。

 ソフィアは頭をポリポリと掻きながらクロエに注文する。


「神戸牛? あー、西の方の牛か。ほな、私はもう肉はええから、西に行くんならついでに、あのっていう食べ物。せやなー、頼むわー」


「分かりましたわ。それならソフィア、牛のは任せましたわよ」


「ほいー」


 クロエは食料調達の資金が入ったアタッシュケースを片手に屋敷の外に出た。

 クロエの全身から黄色の光が放出され始める。



第4の暗殺フォースアサシン雷走ボルト



 光の球になって物凄い速さで日本列島を横断するクロエ。

 数分で神戸牛の牧場に到着する。


「おい。オッサン、これを買う」


 1頭の牛の背中をペシペシと叩き、クロエが近くにいた農場主に語りかける。

 突然現れた少女に農場主は驚きを隠せない。


「な、なんや、あんた! それはうちの牧場でも最高品質の牛! マンションくらい余裕で買えるんやで!」


「ほれ。金だ」


 クロエから、あり得ない量の札束を投げられる農場主。


「げっ! こ、こんな大金!」


「文句ないな。貰っていくぞ」


「ちょ、ちょい、待ち! 確かにこの額3千万円で普通の子は買えるが、その子は特別や! まだお金、足りひんで!」


(いやいや、普通に2、3千万円の値がつくことさえ珍しいけど。この謎の少女、めっちゃ金持ちみたいやしここは……)


 クロエはズンズンと鬼の形相で農場主のもとに近付いてきた。

 そして鬼の形相に反して、静かな口調で話し出した。


「おい、オッサン。私はこれをかついで帰る。でその値段だ。分かったか?」


 そう言うとクロエは農場主に言った通り、牛1頭を軽く担いだ。

 その姿を見た農場主はガタガタと震え、何度もクロエにお辞儀をした。


「お、お買い上げ、ありがとうございます!!」


 その農場主の姿を見たクロエは、また光の球となって次は大阪へと向かった。


「おい、オッサン。たこ焼き200個くれ」


「おお? クロエちゃんやないか? 何を背負ってんねん? はははっ!」


 たこ焼き屋の威勢の良い店主は、牛を背負っているクロエに動じることなく笑い飛ばした。このたこ焼き屋はソフィアの行きつけの店だ。クロエもソフィアに連れられて来たことがある。店主の反応とは違い、騒然とする店の周辺。


「おい。いいから、さっさと焼きますの」


「ほんま、クロエちゃんはソフィアちゃんと違って愛想ないなー。なぁ、ソフィアちゃんは元気なんかいな? 今日はソフィアちゃん何しとるん? オジサンはソフィアちゃんに会いたいなー」


『ちっ。このソフィアと調の奴は、何故こうも話好きなのだ。うるさくてかなわん』


 無言で店主の言葉を無視するクロエ。店主は話しながらも見事な手さばきで、次々とたこ焼きを焼いていく。


「ほら。クロエちゃん、たこ焼き200個や。ソフィアちゃんが食べるんやろ? 50個ほどサービスしといたわー。やからソフィアちゃんが来てなー」


「ほれ、金だ。エロジジイ」


 たこ焼きが入った袋を受け取ると札束を店主に渡し、また光の球となって日本列島を横断するクロエ。


 クロエが屋敷に着くと、屋敷の庭にソフィアと速水がいた。

 クロエは牛とたこ焼きの袋を地面に置く。


 すぐに、たこ焼きに飛びつくソフィア。


「ありがとうなー! お? おっちゃん、サービスしてくれてるやん!」


「あの店には今度からソフィアが行きますの。それよりも、ソフィア約束通りに」


「はいはい。速水はん、これいいんか?」


「え? あ、はい……」


 モー、と呑気に鳴く神戸牛。ソフィアは腰に差していたエクスカリバーを抜く。


「ごめんなー、牛さん。成仏してなー」


 剣を抜いた瞬間、アメジストのように紫色の輝きを放つソフィアの瞳。

 動物である牛でさえ、その瞳の輝きに自身の死を悟った。



 モッ! モオーッ!!



 刹那。



 速水は無残にされる牛を直視できず、瞬時に目を閉じたが意外にも牛の断末魔が聞こえたのは最初だけで、恐る恐る目を開けた時には牛は既にしていた。その間、数秒。


 見事な切り口でブロック化した牛。速水はすぐに調理に取り掛かろうと、複数の台車を用意して屋敷の使用人サーヴァントと共に厨房に戻ろうとした。


「速水。忘れものだぞ」


 速水の台車にがクロエによって投げ込まれる。

 その何かを見て、腰を抜かす速水。背後でゲラゲラと笑うクロエ。

 ソフィアは呆れたといった感じで、クロエを横目にたこ焼きを食べ始める。


「ひゃははっ! 速水、を見て腰を抜かしましたわー!」


 爆笑しながらダイニングに戻るクロエ。

 たこ焼きが大量に入った袋を持ち、たこ焼きを頬張りながらダイニングに戻るソフィア。




「すみません。料理の神様……」




 速水によってクロエの前にステーキが運ばれてくる。

 たこ焼きに御執心ごしゅうしんなソフィアは、もうたこ焼き以外には興味がない。


「ん? 速水、今日のソースはいつもと違いますわね」


「はい。でございます。先程のに」


「おお。気が利くな。では……」


 ステーキを口に入れた瞬間、床でのたうち回るクロエ。

 首を押え、顔を真っ赤にして、本当に口から火を吹いている。


 その様子を見て大爆笑するソフィア。


「なはははははっ!!! 何してんねん!! ヒーッ!! 腹が痛いー!!」


 ニヤリと口角を上げる、速水。



 速水スペシャルとはペッパーX、ドラゴンズ・ブレス、キャロライナ・リーパーを化学薬品で特殊調合し、その辛さを超える殺人ソースデスソースであった。(※スコヴィルとは辛さの単位。ハバネロで約35万スコヴィル)


「はみゃみ!! お、おみゃえー!!」


 首を押えながら速水を睨みつけるクロエ。最早、痛みは全身にまで回っている。

 速水は静かな表情でクロエの方を向く。


「クロエ様。お食事をする場所で今後、料理人を怒らせないブチギレさせない事をします」


 それだけ言い残し、ダイニングを後にする速水。


 クロエの様子を見て、たこ焼きを頬張りながら大爆笑するソフィア。


 全身の痛さがとれないクロエは、ダイニングを飛び出し屋敷の噴水にダイブして噴水の水を飲み干した。


「おお、戻ってきたか? ひゃはははっ!」


「速水の奴! 分からせてやります……」



 トゥルルルルルー♪

 


 速水への復讐を誓ったクロエのスマホが鳴る。

 電話の相手はリュカだ。


「リュカか? いま取り込み中でな。速水へのを行うところだ」


「”……。お前は何をやっているのだ。それよりもクロエ達と同じ世界の出身らしき人物を見つけたのだが……”」


「ん? どんな奴だ? 連れてきますの」


「”赤髪のショートヘアで肌が褐色の女性なのだが……。僕の力でもどうにも……。クロエかソフィア、どちらかに来てもらいたいのだが”」


『赤髪……ショート……褐色……女。ああ、多分アイツですわ……。嫌ですわー。自分で言うのも嫌ですが私とソフィアよりも、ある意味厄介ですわ』


「わ、分かりましたわ。が行きますわ。場所は何処ですの?」


「”そうか、助かる。場所は……の、駐日米軍の基地だ。よろしく頼む”」


 電話を切ったクロエはソフィアに、とびっきりの甘え声で話かける。


ちゃーん。ちょっと迎えに行ってもらいたい者がぁー、いるんですけどぉー」


 クロエの甘えた声を疑問に感じたソフィアは、その場でたこ焼きのを使って透明花さんかようを出現させる。


 ソフィアの周囲を舞う複数の透明な花びらの中から、ソフィアは何かを探しているようだ。


『ちっ。ソフィアめ、相変わらず勘が鋭いですわ』


 そう思いながら、クロエは黙って下を向く。


「リュカ、リュカっと。お? これやな。……嫌や」


「た、頼む! 私は嫌だ!」


「は? 私かて嫌や!」


「ソフィア。私が命懸けで下手したてに出ていれば、調子に乗りおって」


「はぁ。私の方がクロエよりなんやから、年下のクロエが行けや」


「155歳も156歳も、あまり変わりませんわ!」


「絶対に嫌や。私は行かんからな!」


 不穏な空気が2人の間に流れる。

 2人共、各々のエクスカリバーに手を掛けている。


「ええんか? 楓花に怒られるで?」


「それはこっちのセリフでもありますわ」


「それなら……」


「そうですわね……」


 2人共、剣から手を離す。

 そして拳に全神経を集中させる。

 

 古来より仲裁方法に度々登場する技を繰り出す2人。

 楓花から、もし自分がいない時に2人が喧嘩になれば、こうして解決するよう2人して釘をさされていた。



「「じゃんけーん!!」」







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