6-6 不協和音

 ソフィアが屋敷に住みだして1週間が経つ。


 クロエは海外ドラマを観ているが、内心穏やかではない。

 モヤモヤした気分が晴れず、ただ画面を眺めているだけといったところだ。


 その横でソフィアは漫画を読みながら大爆笑をしている。

 こちらはクロエの事など気にも留めていない感じだ。


「おい。ソフィア、この屋敷に来た理由はなんですの?」


「はー? またそれかいな。最初は正直に言うと”金”のためやで。でも楓花は本当にええ子やし、屋敷のみんなもええ人ばかりや。いまは楓花の本当の友達としておるわ」


「もう金には興味ないと。楓花が貧乏になったらどうするんですの?」


 ソフィアは読んでいた漫画を閉じて、クロエを睨む。


「あんたもしつこいな。あんただって分かっとるやろ? 私らがいた世界のこと。裏切り裏切られが当たり前や。ところが楓花はどうや? 金持ちなのにあんなええ子、ほんまにおらんでー? 実際、前いたとこのボンボン蒼涼も私らの世界に似たような奴らやった。金持ちなんを鼻にかけてな。だから私は本当に楓花の事を気に入ってここにおるんや。あんたこそいつまでヘソ曲げとんねん。楓花、悲しんどるぞ」


「……。外に出てきますわ」


 それだけ言い残しクロエは自室を後にする。


「はぁー。ほんま子供やな……」


 この1週間、ソフィアが楓花の下校相手をしている。

 別にソフィアがクロエから下校相手の座を奪った訳ではない。


 クロエが勝手に楓花の下校の数十分前に屋敷を出ていき、帰りは皆が眠りについた真夜中だ。この1週間、クロエは楓花と顔も合わせていない。




———数時間後



「今日も……クロエちゃんは?」


「ああ。今日も外に出てるみたいやわ」


「そっか……」


「なんなら、またクロエの様子を見せてあげてもええけど」


「いや……大丈夫だよ。ありがとう、ソフィアちゃん……」


 それだけ言うと楓花はに戻って勉強をしているようだ。

 エマとリュカも楓花の側に付いているが、これまでの元気さがない。


 読んでいた漫画を置き、ため息をつくソフィア。


「ほんま、クロエ何してんねん。私らの方があの子らよりも10倍近く生きとんのに……。一番のガキはお前やで、クロエ」




———翌日



「……。外に出てきますわ」


 無言のまま、手だけ上げて返事をするソフィア。

 目線は漫画に向いているが、今日は笑っていない。



「頼むで。みんな……」



 クロエが屋敷を出ようとした時、背後から聞き覚えのある2人の声が聞こえる。


「「クロエ。今日は外出を禁止します」」


「なんですの? エマに、……リュカ、学び舎は?」


「今日は早退した。クロエがこの時間、屋敷を抜け出すと姉さんに聞いてな」


「ああ。そうですの」


 2人の言葉を無視して、外に出ようとするクロエ。

 クロエの行先を塞ぐように1台の車が停まる。

 車の中から轟が顔を出す。


「クロエ姉さん、最近の行動は姉さんらしくないです」


「おう。叶夢似、丁度いいですわ。街まで私を乗せて……」


「あん? 誰がおめぇの言う事なんか聞くか! 楓花様を悲しませやがって!」


 轟は総長モードの声のトーンでクロエを威嚇した。

 ハンドルを握る手はプルプルと震えている。

 

 それを見たクロエは、轟に何も言わずに轟の車を飛び越える。



 パシュッ!



 クロエの足元に弾丸が着弾する。

 後ろを振り返ると、薙刀を持ったエマと短銃を持ったリュカがいる。

 2人とも怒っているというよりも、悲しんでいるようだ。

 

 リュカがの前なのに大声で叫ぶ。


「おい! クロエらしくないぞ! 確かにソフィアは優秀だが、楓花様にはクロエが一番大事なこと! お前には分からないのか!」


 クロエは屋敷の門を向いたまま俯く。



第5の暗殺フィフスアサシン潜伏ステルス……」



 姿が消えるクロエ。リュカは一度、この技を見た事があるがはどうしようもない。


 何故ならクロエがいつも自分につけていた、楓花の香水。この1週間つけていなかったからだ。匂いでも追えないのなら、クロエを見つける術がリュカにはない。


「クロエ! 逃げないでよ!」


「おい、てめぇ! 卑怯だぞ!」


 エマと轟が叫ぶが、まったく反応がない。


「楓花様のこと、大事じゃないのか! 何を考えているんだクロエ!」


 リュカの怒りの咆哮。




 ”私にも……、もう……何も分かりませんわ”




 リュカの耳元でクロエの声がする。その声を最後に何も聞こえなくなった。


 五感のすべてを研ぎ澄まし、ギリギリのところでクロエの存在を感じ取っていたリュカだが、最後の声を境に存在自体まったく感じなくなった。


 きっとクロエは遠くへ行ったのだろう。




———クロエの部屋



 透明の花びらが部屋中を舞っている。

 すべての花びらをソフィアは目で追っている。

 

 事の顛末を花びらを伝い、すべて見ていたソフィア。

 花びら越しにチラッと時計を見る。


「おっと。もうそろそろ楓花迎えに行かな」


 花びらには下を向く3人の姿が映っている。


 その姿を見たソフィアは、何かを決心したように腰に差しているエクスカリバーを握る。



「はぁー。クロエよ……。ほんまのガキやで……」







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