6-5 上位互換

「クロエ、どうしたの?」


 エマは顔を赤らめながらクロエに呼び出された理由を聞く。最近、クロエに対する口調にも変化がある。


「エマ、の邪魔者が現れた。その邪魔者は今日からこの屋敷に住む。どうやら楓花の父上にも許可をもらっているようなのだ」


「え? そんなことが?」


「そいつは人の懐に入り込むのが巧い。しかも困った事に……」


 クロエは困り顔をエマに向けた。指も楓花を真似てイジイジといじってみた。クロエのその姿を見たエマは昇天寸前だ。


「ど、どうしたの!? クロエ!」


「私と……、私の部屋に一緒に住むというのだ……。私の身にもしもの事があっても、各部屋の防音が整っているこの屋敷、夜な夜な助けを呼べない……。私もこれでも1人の女。困りましたわ」


 エマは掃除用に持っていたワイパーの棒をへし折った。


「なんと……。エマの天使たちエンジェルにエマ以外が手を触れようとしているとは……。その邪魔者、許せません」


「も、もう頼れるのがエマしかいなくて……。もし私の手助けをしてくれたら、エマと考えていますわ」


 エマは大砲で撃たれたように、体を大きく仰け反らせ鼻と口から血を流している。はぁはぁと、呼吸もエマと出会ってから最も荒い。


「わ、分かった。クロエのためにエマがその邪魔者に湿嫌がらせをします」


 エマはそうクロエに言い残すとスキップをしながら、何処かに素早く消えていった。


『ふふふっ。エマの陰湿な嫌がらせ作戦で、あの単細胞はブチギレて暴れ回るに決まっていますわ。あの制御不能の馬鹿力、屋敷は。そうなれば、いくら楓花といえどソフィアを屋敷に置いておく訳にはいかなくなるはず』


 高笑いをしながら、クロエは自室へは戻らずしばらく屋敷の外に出る事にした。


 これもクロエの計算だ。ブチギレて暴れ回るソフィアを、颯爽と現れてソフィアから奪ったエクスカリバーminiで倒す。剣術ならば互角、理性を失い力任せに暴れ回るソフィアなら御しやすいとクロエは考えた。破壊神ソフィアを取り押さえた者として、楓花どころか屋敷の者の心は全て私のモノ、そこまで計算に入れていた。




———屋敷内エマ視点



 楓花と楽しく談笑している、クロエと同じプロポーションの胸元まで伸びた銀色の髪のセミロングヘアの女性。


「むむ。クロエが言っていたのはアイツか。確かに


 エマはいま屋敷の清掃員に変装して、クロエの部屋で談笑する楓花とソフィアをドアの隙間から覗く。


 セミロングヘアの女性が立ち上がる。

 どうやらトイレに行くようだ。


「お? 掃除の人かー。毎日、お疲れさーん」


 ソフィアの方から話かけてくる。エマは無言で頷く。

 ソフィアが自分の前を通りすぎようとした時、エマは行動に移る。


 自分の持っているワイパーの棒をソフィアの足に引っ掛ける。



 まさに嫌がらせの初手であり定番。しかも不意打ち。


 普通なら転倒するところだが、ソフィアの足元に伸ばしたワイパーは普通にへし折られる。ソフィアはまるで障害物などなかったかのように歩を進めたが、目の前に吹き飛んでいくワイパーの破片を見て気付く。そしてすぐにその破片を拾い、エマのもとに駆け寄る。


「あ、ごめんなー。まさか床を掃除しとったとはな。ほんまごめん。ワイパー折ってもうた。どうしよー、困るよな」


 本当に困惑した表情で話かけてくるソフィア。

 ソフィアの顔がエマの至近距離に寄る。


 顔はクロエに負けない程の美少女だ。

 アメジストのように紫色に輝く瞳が、少女らしからぬ妖艶さを醸し出している。


 エマはその場を無言で後にする。


「あちゃー。怒ってもうたかな。ごめんなー」


 ソフィアが背後で走り去っていくエマに話かける。


 エマは1階まで降り、屋敷の清掃員の変装をやめる。


「や、ヤバかった。確かにクロエの言う通りですわ」



 次は夕食だ。



「あれー? クロエちゃんは?」


「ええて、ええて。どうせ何処かでふて腐れてるんやろ。楓花、さき食べとこ」


 完全変装で屋敷の使用人サーヴァントに変装するエマ。


 食事を2人に出す。その際、ソフィアにだけ聞こえるよう耳打ちする。


「楓花様はテーブルマナーに厳しい方です。お気をつけ下さい」


「そうなん? あまり厳しそうには見えんけどなー。まぁ、大丈夫やで」


 食べる量はクロエと変わらないが、見事なフォークとナイフさばき。

 テーブルマナーもどこかの誰かさんとは完璧だ。


 楓花でさえ「ソフィアちゃん、とてもお上品に食べるんだね」と感心する始末。


「そうか? これくらい将軍の立場にいた者ならやでー」


 失敗だ。ここまで完璧だと、ツッコミどころがまったく無い。



 最終手段、夕食後の談笑。



「あー、エマちゃんにリュカ君。今日は何処にいたの?」


「はい。今日は外で所要がありまして、戻りました。」


「ねぇ、エマちゃん。クロエちゃん知らない?」


「い、いえ。今日は見ておりません」


 少しだけ落ち込む楓花。エマは楓花を傷つけるのはかなり心苦しいが、これも全てクロエと。心を鬼にした。


「もしかすると、楓花様がそこの女性とあまりにも仲良くされていますので、クロエは家出をしたのかもしれません」


「えっ。そんな……」


 肩を落として落ち込む楓花。楓花の姿を見て同じように肩を落としたいが、すべては。心を鬼にして耐えた。


「楓花! 大丈夫やて! そんなに落ち込むんなら、私が探してきたろか?」


「え? でも、もう遅いし……」


「大丈夫やて! 楓花の落ちこんどる姿、見てられへんしな! 任せとき! ちょっと危ないから、みんな私から離れとき!」


 ソフィアはそう言うと立ち上がり、呪文を唱えながら美しい剣舞を披露した。



捌の舞はちのまい透明花さんかよう



 剣の周りから花びらが次々と放出され、部屋中に透明の美しい花びらが舞う。

 透明の花びら1枚1枚に屋敷周辺の景色が映し出されていく。


 ソフィアが1枚の花びらを手に取り、楓花にそれを見せる。


「ほら。おったで」


 花びらに映し出されたのは、サラリーマン達と並んで近所のラーメン屋でラーメンを食べているクロエ。どうやらサラリーマン達に金を出させているようだが皆、クロエと意気投合したように肩を叩き合い大笑いをしている。


「な? 心配いらんやろ? クロエ、こう見えて潔癖な部分もあるから、その辺で野宿はせえへんやろう。寝る時間には戻ってくると思うで」


「なんだー。安心した」



 か、完敗だ。


 ……クロエ、あなたは何をしているの?



 ソフィアが剣を綺麗な所作で腰に差した瞬間、部屋を舞っていた花びらも消えた。その後、ソフィアはエマとリュカに急接近してエマとリュカの顔を覗く。


 基本、エマのこと以外はなリュカはすぐに距離をとった。


「あらら。照屋てれやさんかー。2人、顔似てんな。姉弟? おっと。自己紹介遅れたな、私はソフィア・レオンハート、今日から屋敷で世話になる者や。2人の名前はなんて言うん?」


 エマがソフィアの問いかけに答える。


「エ……私は楓花様の近侍ヴァレットのエマです。彼は弟の同じく楓花様の近侍ヴァレットのリュカです」


「揃いも揃ってやな! 親御さんも鼻が高いやろ! それに2人の髪の色、めっちゃ綺麗やな! うわっ! それにエマ、めちゃいい匂い!」


 エマの顔に自分の顔を近付けて、目を閉じてクンクンとエマの匂いを嗅ぐソフィア。エマはソフィアの人形のような美少女さ、非の打ち所のない所作、それに先程の美しい剣舞、すべてがエマのに刺さり、もう昇天寸前だ。


「せや。エマ、これから楓花と風呂に入るんやけど、? なぁ、ええやろ? 女同士なんやし。楓花もええよな?」


「あ、うん。ソフィアちゃんが


 エマはその場で、これまでの人生で一番の仰け反りを見せた。

 もう今日でお前の命は終わりだと言われても、喜んで死ねるレベルだった。

 

(天使たちと一緒にだと? も、もうどうなってもいい! ソフィア……、エマのすべては! ソフィアに付いていれば、もしかするとこの先、楓花様、ソフィアとも近いかも知れない!)


「なんや、変な奴やなー。どうすんねん、エマ?」


「喜んで!!」



 3人(※1人は昇天)がバスタイムを楽しんでいる間、屋敷に何も異変が見られない事を疑問に思いながらクロエは帰宅した。クロエが自室に戻ると、部屋の隅で静かに読書をしているリュカを見つけた。


「おい、リュカ。みんなは?」


「……仲良く風呂だ」


「なんですとぉぉおおーっ!!」


 リュカは読んでいた本を閉じ、石像のように固まっているクロエの肩に手を置いた。そしてクロエにトドメの一言を発して部屋を後にした。



「ソフィアって。完全にクロエのだな……」





 

 

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