5-9 脅威の密偵

 カラーン♪

 カラーン♪



 いつもの様に学校終業の鐘の数分後、大勢の生徒が下校していく。


 楓花も今日はエマが屋敷に連れて帰った。

 


 あとは……。



 校門のど真ん中で堂々と仁王立ちをするクロエ。

 クロエからでリュカは待機する。


 チラチラとクロエはリュカの方を見る。

 リュカは首を大きく横に振っている。


 クロエがリュカを見るのは、リュカに栗栖 桜強を知らさせるためだ。


 クロエは栗栖 桜強と面識がない。

 呆れたといった様子で、リュカが自身のスマホで生徒名簿をハッキングして、栗栖 桜強の顔と下校してくる生徒の顔を交互に見比べている。


 数グループが下校した後、派手で賑やかなグループが校門に差し掛かる。


 リュカがそのグループ内の人物と、スマホに表示されている人物の顔を二度見する。そして慌てた様子で、リュカがグループ内の人物を指で差してクロエに合図を送る。


 グループの中央にはクロエとの派手な女子生徒。派手な取り巻きも数名いる。180センチ後半くらいのガタイの良い黒髪、短髪ツーブロックの男をリュカは必死に指差している。


 クロエはすかさずその男に話かける。


「おい。貴様が栗栖 桜強だな?」


「え? 誰、君?」


「えー? 桜強、逆ナン?」

「マジかー? 超美人に逆ナンされてうらやまー」


 栗栖の周囲がうるさい。クロエは周囲の声を無視して栗栖の耳元でささやく。


「貴様が、クリストファー・アイザック・アームストロングだな?」


 クロエの言葉に栗栖の表情が一気に強張る。


「わりぃ、みんな。俺ちょっと、用事思い出したわー。また明日な」


 栗栖の言葉にグループの連中は各々、栗栖に挨拶をして去って行く。


 校門に残されたのはクロエと栗栖の2人だけ。


「どこの誰か知らねぇが、ちょっと来いや……」


 栗栖の言われる通りに、栗栖の後を付いていくクロエ。


 やがて、学園の誰も来ない校舎裏にクロエは連れて来られた。

 栗栖が話し出すよりも先に、クロエが話を切り出す。


「貴様が楓花の密告者だな?」


 依然としてクロエ達から一定距離を保っているリュカ。


(うわー。あのバカクロエ。違っていたらどうするんだ)


 栗栖は深呼吸をすると、何かを悟ったように笑い出す。


「はははっ! 何故、俺だと分かった!?」


「私の頭脳にという文字はない!!」


(げっ。マジか……。本当に当たってた……。というか栗栖、密偵のくせにチョロすぎないか?)


 栗栖は制服のブレザーを脱ぎ捨て、下に着ていた学園指定のシャツを腕まくりにして戦闘体勢に入っている。


 クロエは棒立ちのままだ。


 この世界に来てクロエが太刀打ちできなかったのは、楓花の父親主神のみ。この世界にいる他の者など余裕だと思っている。


「女とはいえ容赦しねぇぞ。秘密を知った者を消すのが俺の仕事なんでね。それもお前は俺自身の正体百合園家の密告者を知る者、生かしてはおけん」


 クロエはニヤリと笑い、さっさとかかって来いと手で合図を出した。

 一定距離から見守っているリュカも、クロエの強さを十分に知っている。

 実際のところクロエの圧勝だと思っている。


「なめてんじゃねーぞ!!」


「なっ??」

(げっ??)


 栗栖の咆哮と共に、栗栖はこの世界の者とは思えないスピードでクロエのもとに詰め寄る。スピードだけなら楓花の父親主神は論外として、クロエがこの世界で最も強いと思っていた、リュカよりも格段に早い。



 ブォンッ!!



 風を切る音と共に凄まじい風圧。クロエは反射的に両腕で顔面をガードした。

 クロエの両肘に凄まじい程の振動が走る。その後、ビリビリと電気のようなものが全身を走る。


「へー。余裕かましているだけあって、流石にやるじゃん。俺ののアッパーをガードするなんて。お前も只者じゃねぇ訳な」


『ちっ。あなどりましたわ。コイツは。並の者と同じという訳にはいかないのですね』


(やべー。あの攻撃力に速さ……クロエだからガードできたものの、僕だと顎にもろに喰らっていたな……。このままだとクロエも。……ちっ、しゃくにさわるが助け舟を出すか)


 リュカはそう思うと戦いの場を後にして、校内にあるモノを探しに行った。


「おらおらっ!! ドンドンいくぞ!!」


 凄まじい速さの拳の連打。反撃の隙をクロエに与えてくれない。

 クロエはガードし続け、栗栖に隙ができるのを待っているが栗栖の攻撃には隙がない上に、栗栖の無尽蔵のスタミナで連打が止むことがない。


 クロエは現時点で、ひたすらガードすることしかできない。


『ちっ。この状況下近距離だと潜伏ステルスが出せない。ここは……』


「おらおら!! こんなもん……。 !?」


 栗栖は拳に手応えを感じなくなり、拳を繰り出すのを止める。

 殴り続けていたクロエの実体がオレンジ色の蜃気楼のようにぼやけている。


 

「ガハッ!」



 突如、栗栖はみぞおちの辺りに凄まじい衝撃を感じる。

 クロエの膝蹴りがもろに栗栖のみぞおちにクリーンヒットする。


 クロエは連打を喰らっている間、咄嗟に緊急回避技の第9に暗殺ナインスアサシン影火オブルフを使い、栗栖が動揺している一瞬の間に人間の急所のひとつである、みぞおちにをクリーンヒットさせたのだ。


 普通なら異世界でも馬鹿力のクロエのを急所に喰らえば立ってはいられない、が……。



 !?



 クロエは自身の膝をガッシリと丸太のような腕で掴まれ、関節ごと固められている感触があった。そして物凄い力で地面に向けて栗栖に投げつけられる。クロエは受け身をとりすぐに立ち上がるが、内心少しだけ動揺した。



 異世界でもクロエの全力の力に対抗できる者は極少数だ。その力の蹴りを急所にもろに喰らっても立っていられるどころか、すぐに投げ技に入るとは……。



「ペッ! 痛ぇじゃねぇか! お前も並の”人間”じゃねぇんだな! 油断してたぜ!」


 口から血を流しながらも、栗栖は普通に立っている。


 そしてクロエが第5の暗殺フィフスアサシン潜伏ステルスを唱え終える前に、猛スピードでクロエの至近距離まで距離を詰め、何やら両手の拳を合わせて見たこともない構えで、腕を1回転ひねりながらクロエに攻撃を仕掛ける。


 クロエはすぐにガードをした。


 栗栖の謎の攻撃は先程までの普通の殴打よりは攻撃速度が遅かったため、クロエのガードモーションは何とか間に合った。


 栗栖はクロエのガードしている両腕に自身の拳が当たると、ニヤリと口角を上げた。



強拳アームストロング威裂イサク!!」



 !?



 に栗栖の攻撃をガードをしたはず……。



 クロエの体は自然とふわりと宙に浮き上がり、横方向に次第に回転数を上げながら数十メートルも後ろに吹き飛ばされた。


 背後の壁に全身を強打するクロエ。

 クロエが衝突した壁は粉々に崩れた。


 全身に強烈な痛みが走るが、左腕の感覚がない。

 どうやら左腕が折れたみたいだ。

 クロエが、この世界に来て初の大怪我だ。


 そんな状況下でも戦う精神こころが折れない、異世界の猛者クロエ。

 すかさず第5の暗殺フィフスアサシン潜伏ステルスを唱える。


「あめーよ!!」


 又しても、猛スピードで栗栖に至近距離まで距離を詰められるクロエ。


「お前、何か妙な技を使えるみてぇだしよ! 技なんて出させねぇよ!」


 先程までは両腕だったので普通にガードしていたが、右腕だけのガードとなった。何発も顔面に殴打を喰らい、傷口から血が噴き出してくる。栗栖の攻撃、1発1発が重い上に速い。


 どんどん傷だらけになっていくクロエの全身。


第9に暗殺ナインスアサシン影火オブルフはあくまでも緊急回避技。限度は1日1回……』



 その時……。


 リュカが校内からを探して戻ってきた。


「おい! クロエ! 待たせた!」


 リュカは片手にを持っている。

 それを横目で見た栗栖はクロエに連打をしながら大笑いをする。


「ぎゃはははっ! 木刀とか、マジか!? そんなんで何が変わるんだよ!!」


 クロエはニヤリと少しだけ口角を上げ顔面血だらけの中、栗栖を睨む。


「バカが。全然、違いますわ……」


『と、言ってもまずはこの連打をなんとかしなくては。リュカ、遅いですわ。あとでお仕置きしますわ。正直、私の体が影火オブルフに耐えられるか微妙ですわ。そうだとしても……。コイツを何とかしないと楓花は……。楓花はコイツのせいで……』



 ”



「クロエ!! いまから木刀を投げ入れるぞ!! えっ!?」



 !?



 栗栖、リュカ、各々が自分の目を疑う。

 栗栖の連打をガードするのが精一杯だったクロエが、いつの間にか栗栖のに立っている。


「な? てめぇ、また小賢しい技を……っ?!」


 栗栖の背後にいたはずクロエが、今度は栗栖の瞬きよりも早くリュカの側にいる。


 栗栖は違和感を感じた。

 栗栖も戦闘に関しては、かなりの猛者だ。戦いに関しては直感的なものがある。

 栗栖はクロエの姿を目で追えていないが、これは先程の影火のようなたぐいのモノではないと薄々感じていた。

 


 ただ自分の目で追えない速度で、クロエがだと。

 


「リュカ。木刀とはいえ剣。剣は丁重に扱うものです」


「お、おう。わ、悪い……」


 リュカは木刀を丁寧にクロエに手渡す。


 リュカは目の前にいるのは本当にクロエかと疑った。


 容姿は完全にクロエだが、いまのクロエが発している雰囲気は普段のクロエのモノとはまったく違う。顔つき、口調までもがまったくのだ。闘志や殺意も全く感じない。いま目の前にいるクロエは、ただ静かに神秘的な雰囲気だけを発している。


 

 !?


 

 また2人の瞬きよりも早く、クロエが栗栖の背後に現れる。

 そしてクロエは下を向いたまま、木刀を自身の体の前に静かに構える。


「ちっ! クソ野郎が! 舐めんなよ! おら!! 全力ストレートッ!!」



 !!



 栗栖は猛スピードでクロエの至近距離まで移動し、自身の移動速度も上乗せした渾身の右ストレートをクロエの顔面めがけて打ったはずだが……。


 木刀の剣先だけで拳をピタッと止められる。


 すかさずクロエは木刀を右手一本で栗栖の目では追えない速度で振り回し、栗栖の全身を打っていく。


「ガッ! ガハッ!! ク……クソが……」


 栗栖はこの一瞬の間で先程の全力の膝蹴りとは、比較にならない程のダメージを受ける。しかも、クロエは全力とは違い木刀を振り回している。


 栗栖も懲りずに拳の連撃をクロエに向ける、が。



メゾピアノ微弱ヴィヴァーチェ機敏撃



 すべての拳の威力がクロエの木刀の剣先だけで相殺されていく。

 

 クロエの放つ神秘的な雰囲気に、栗栖は戦闘において生まれて初めて冷や汗をかく。


 クロエの瞳にはいつもの乱暴な殺意ではなく、全てを見透かすような美しさが宿っていた。ペリドットのようなが鮮やかさを増していく。




「さぁ、懺悔をしなさい。このクロエ・を起こしたのだから」







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