4-7 高嶺の楓花

「お前が百合園家の密告者か?」


 クロエの質問にリュカは驚いた表情を浮かべる。


 ……だと?


 クロエは冷静さを徐々に失いつつある。

 自然と語気が強くなっていく。


「どうなんだ! 答えろ!」




―――楓花争奪戦先鋒、エマ


 時はそこまでさかのぼる。

 

 楓花の学校終わりよりも1時間も前。


 気合いが入りすぎたエマは既に学園の校門前で、楓花を待っていた。

 仕方なく、クロエも見張りのため1時間前には校門付近の木陰に待機していた。


 1人の男子生徒がまだ授業中にも関わらず、校門を出てクロエのもとに駆け寄ってくる。クロエが学園内の情報を探らせている如音 和尊じょん わたるだ。


「おい! お前、目立つだろう! それと授業はどうしましたの?」


「す、すみません。授業中、トイレに行った帰りに校門付近にいるクロエさんが廊下から見えたもので。あとクロエさん、携帯持たれてないですよね……?」


 そうだった。和尊わたるに学園の情報を探らせて、何か分かれば連絡するように言っていたがクロエ自身が携帯スマホを持っていなかった。


「時々、クロエさんをお見掛けしたんですが楓花さんも近くにいたので……」


 完全に和尊の言い分が正しい。

 こればかりはクロエも何も反論ができない。


「お、おほんっ。ところで、どうだ? 何か分かったのか?」


 完全に話を逸らしたクロエ。

 和尊は困った顔をしながら、小声で答えた。


「いえ……。情報がうまく隠蔽されていて、僕のような生徒ではどうにも」


『使えねーな。和尊庶民を情報屋にしたのは私の間違いでしたわ』


「分かった。和尊、引き続き何か分かったら教えますの」


 クロエは引き続きエマの監視を開始しようと木のもとに戻ろうとした。


「あのクロエさん……」


「ん?」


 急に和尊がクロエを引き留めた。


『なんだよ、和尊ボンクラ。私は忙しいですの』


「僕の勘なんですけど、もしかしたら楓花さんの身近な人かも……。それもかなり」


「根拠は?」


「いや、身近にいないと楓花さんの動向を逐一監視できないかなって……。あっ、でもあくまでも僕の勘なので」


『そうですわ。確かに逐一楓花を監視していないと、近付いた人物を消す即退学なんて不可能ですわ。それか楓花から学び舎内の出来事を気軽に聞き出せるような身近な人物……』


「いや、確かに。貴重な情報感謝しますの」


『決まりですわ。確かリュカは楓花と同い年。あの陰キャには無理でも、そこそこ屋敷内で権力のある姉のエマに伝えたら、消す即退学ことも可能。事件解決ですわ。流石、完璧女性ミス・パーフェクト。体も頭脳も名探偵ですわ』



―――再び道場


 クロエは確信していた。リュカはかなりの実力者、それもかなりの切れ者。

 

 考えが逆だった。ポンコツなのはエマで、できる方はリュカだったのだ。

 それもリュカは楓花と同い年。中学まで同じだったという。

 屋敷内での権力にはあまり詳しくないが、何か策を講じて楓花に近付いた者を消してきたのだろう。


「知らない。密告者? 楓花様に何が起きているのだ?」


 本気なのか演技なのか、リュカは困惑の表情を浮かべている。


「白々しい! 楓花と仲良くなった者は次の日に皆、学園を退学になっているのだ! そのせいで、皆から楓花は恐れられ、いままでずっと孤独だったのだぞ! ひとりぼっち、ずっと寂しい思いをしてきたのだぞ!」


 クロエに胸ぐらを掴まれるリュカ。リュカもクロエに負けじと声を荒立てる。


「バカ者! 楓花様は確かにどうでもいいと言ったが、楓花様は僕の大事なエマちゃんの大切なもの! 僕がそれを傷つける訳ないだろう! エマちゃんに誓って言う! 僕は才能を認められもっと上の役職につく予定だったがと離れたくないがためだけに、楓花様の近侍ヴァレットになったのだぞ!」


 リュカは強引に自分の胸ぐらを掴んでいるクロエの手を外し、物凄い勢いでクロエを睨んでくる。リュカの目を見る限り本当のことを言っているようだ。


 リュカを信じる根拠は少し歪んでいるが、あの姉への溺愛っぷりを間近で見たクロエはリュカを信じる他なかった。


『……だったら、誰なのだ。楓花の一番身近にいる近侍ヴァレットの2人のどちらかと思ったが、エマは楓花を愛し、楓花を愛しているエマをリュカは愛している。むむむ。なんだか頭が爆発しそうですわ』


 頭を抱えて悩むクロエに、冷静な口調で切れ者のリュカが話かける。


「クロエといったか。協力してやってもいいぞ。エマちゃんの大切な楓花様だ。僕も一応、楓花様の近侍ヴァレット。きちんと職務を全うする。すべてはのため」


『最後の一言が気になるが、ここは切れ者のシスコンに協力してもらった方が得策だろう』


「分かりましたわ。私もお前の事を信用して今日からリュカと呼びますわ。ところでどう協力するのだ?」


「僕が明日から楓花様と同じ学園に入学する。僕が直々に黒幕を探ろう。あとエマちゃんの事も敬意を持ってと呼べ」


『確かにシスコンが楓花と同じ学び舎に入れば百人力ですわ。これで本当の密告者をあぶり出せる』


「分かりましたわ。そこでノビている女はときちんと名前で呼びますわ」


 リュカは少し不服そうな顔をしたが、一応了承したようだ。

 リュカはすぐさまスマホを取り出し、何処かに電話を掛けている。

 一応、楓花の近侍ヴァレット。地位はそこそこ高いのだろう。

 すぐに楓花の学園への編入手続きをとっている。

 

 電話をし終えるとリュカはクロエに対して、親指を立てた。

 親指を嬉しそうに立てる姿、そこは15歳の少年そのものだった。


「よし。手続きは完了した。明日から僕が学園内を探る。その情報をクロエに渡そう」


 クロエとリュカはお互いの健闘を称えるように固い握手をした。

 

 リュカもにしていれば美少年だ。

 センターパートにした空色のミディアムヘアから滴り落ちる汗に濡れた顔も、15歳らしからぬ男の色気を醸し出している。


「う、うーん」


 リュカが先程までの男らしい顔つきから、一気にいつもの弱々しい俯き加減の表情へと変わる。そしてエマの側まで行きエマに話かける。


「姉さん、大丈夫……?」


 クロエに殴られた箇所を擦りながらエマは答える。


「リュカ……。ごめん、お姉ちゃん負けたみたい」


 エマは涙を浮かべリュカの胸元に顔を埋める。


 リュカは高揚した顔つきではぁはぁと、呼吸を荒くしている。

 今にも昇天してしまいそうだ。

 流石、姉弟。変態顔までもそっくりだ。


「エマ……。ナイスファイトでしたわ。でも負けは負け。私が楓花の下校相手でいいですわね?」


『この何の役にも立たないクソ女め。今日からお前は私の奴隷ですわ』


 エマはリュカの胸元に顔を埋めながらコクリと頷いた。


 そこは流石18歳。どうやら、物分かりは良いようだ。


 こうして楓花争奪戦は幕を閉じた。


 と、誰もが思った時。


 ……クロエとエマの声が重なる。


「「あっ! 忘れてた!」」



―――屋敷内トイレ



 ……カラカラカラカラカラカラ



 カラカラとトイレットペーパーを巻く音が鳴りやまない。

 屋敷のお手伝いサーヴァント達がトイレの前で不審に思うが、誰もドアまで近付けない。声の主が屋敷の主の娘だからだ。



 ……クロエちゃんもエマちゃんも私を慰めに来てくれない。

 あんなに2人とも必死に私を取り合いしてたのに……。


 もう1時間もトイレにこうして籠っているのに。



 楓花のトイレットペーパーを巻くスピードが上がる。


「うぐっ。うぐっ。クロエちゃんもエマちゃんも……。バカ―ッ!!」







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