4-6 シスコンブレット

 リュカはエマを大事に抱きかかえたまま、道場の端にエマを移動させる。


 クロエは見ていた。

 リュカの動作には一切の無駄もなく、エマの方をがこちらへの警戒も怠っていない。間違いなく戦闘のスペシャリストだ。


『ちっ。私としたことが。が本命か。……それにしても近侍ヴァレット弾丸バレットをかけるとは。親父ギャグですわ』


 リュカの雰囲気からはこれまでの大人しく俯き加減な貧弱さはなくなり、クロエへの敵対心剥き出しの強い意志を持った戦士の顔つきでクロエを睨んでくる。


「おい、お前。エマちゃんをよくもこのような目に合わせたな」


「な、何を言っていますの。エマから仕掛けてきたのですわよ? それにお前の主人は楓花だろう?」


「楓花様知ったことか!! 僕にはエマちゃんがだ!!」


 リュカの怒りの咆哮。クロエは沈黙した。

 そしてクロエは道場の天井を見上げながら、心の中で思った。


『あー、コイツもの奴ですわ。主人である楓花よりも自分の姉が大事だと断言しましたわ。これは重度の姉好きシスコンですわ。楓花……。やはり楓花は私が守らねば』


「おい!! エマちゃんが受けた痛み!! きちんとお前のを持って償ってもらうからな!!」


『おいおい、マジですか。エマを小突いたくらいでそんな大袈裟な……。!?』



 パシュッ



 また乾いた小音。

 今度は目で弾丸を確認するよりも先に、クロエは素早く側転する。


 

 パシュッ



 まただ……。


 クロエの側転の着地点を予測して、顔面に弾丸が飛んでくる。

 玩具の剣先はもうボロボロ。

 あと一撃でも貰えば、この剣は粉々に砕け散るだろう。

 この剣の最後の一撃はこの重度のシスコン野郎に喰らわせてやりたい。


 クロエは側転先でワザと受け身をとらず、その場に倒れ込む。

 クロエが受け身をとることを予測して放たれている弾丸。

 弾丸はクロエの頭上数センチ上を通り過ぎる。



 パシュッ



 体勢をすぐ起こし、今度は素早くバク転する。



 パシュッ

 パシュッ



 また、クロエのバク転の着地点を予測して、顔面に向けて弾丸が飛んでくる。

 今度は体勢をワザと崩したとき用に、体勢を崩した先にも弾丸が飛んでくる。


 剣技を使わない限り……もう避けられない。


 発射たれた弾丸はすべて、クロエの顔面を的確に捉えていた。

 かなりの銃の名手めいしゅだ。


『くっ。こうなれば一発くらい喰らってあげますわ……』


 クロエは即座にその場でジャンプし顔の部分はギリギリ避け、その代わり胸で弾丸を受けた。


 リュカは顔面は外したが胸元には弾丸を命中させたはずなのに、痛そうにしているクロエを疑問に感じた。


(な? あの女の軽装からして立ってはいられない程、痛いはずだ。出血もない。この特殊に改造した銃の弾丸は1インチ程の鉄筋コンクリートの壁ならするはずなのだが。タクティカルベスト防弾ベストを中に着ている風にも見えないし……)


 リュカにはクロエの恰好はワンピースを着ているように


 だがそれはクロエの第7の暗殺セヴンスアサシン擬態化ミメティスムの技の効力。リュカを含め他の人間にはワンピース姿に見えるが、クロエ自身は騎士の姿のままで胸部はプレートアーマーに守られている。


『痛すぎですわ! ああ、私のアーマーに穴が! 流石に死にはしないけど、これを喰らい続けるほど私はドMではありませんの! 』


第5の暗殺フィフスアサシン潜伏ステルス!!」


 急に姿が消えるクロエに戸惑うリュカ。


 完全に姿を消したクロエを常人では見つけることは不可能だ。しかし、リュカはすぐに落ち着いた対応をとり目を閉じた。


『ひゃははっ! 諦めたか、シスコン野郎! 喰らえ第5の暗殺フィフスアサシン剣技、潜伏切り裂きステルス・リッパー!!』


 リュカの首元に玩具の剣の剣先が届こうとした瞬間、クロエの額に鉄製の冷たい感触がする。


『な、なんですとー??』


 リュカは姿が見えないはずのクロエの額に、銃のサプレッサーの銃口を当てている。


「どんなトリックで消えているかは分からないが……。お前だな? 少しでも振動を感じれば、迷いなく引き金を引く」


 リュカは目を閉じたままクロエを言葉で威嚇した。

 リュカが目を閉じたのは、五感の全てを嗅覚に集中させるためだ。


 クロエの潜伏ステルスは姿と音は消せても、クロエ自身の匂いまでは流石に隠せない。

 意外と女子力が不明な所にあるクロエは、毎日楓花から借りた香水をつけていた。その匂いをリュカはこの3日間で何となく嗅いで覚えていた。


 その事を瞬時に思い出したリュカは、五感の全てを嗅覚に集中させた。

 きっと何かの仕掛けトリックで姿を透明化させているが、匂いまでは隠せないと直感した。

 

 そのクロエ自身の香水の匂いが一番濃くなったところ、つまり自分に一番近付いたところで銃を抜いた。


 幾千もの闘いを経験してきたクロエでもあまり出くわしたことがない、リュカはまだ粗削りではあるが天性の戦闘スキルセンスの持ち主だった。


 首元に鋭利な物が迫ってくるのを感じるリュカ。 

 額に銃口を当てられているクロエ。

 両者、固まった状態で指先ひとつ動かせない。

 


 !?



 リュカの銃に振動があった。リュカは瞬時に引き金を引く。



 パシュッ



 確かに銃弾を発射したが、手応えが不思議なくらい

 人が倒れるなどの物音ひとつ聞こえない。


 恐る恐る目を開けるリュカ。



 !?



 リュカの目の前でオレンジ色の蜃気楼のように、薄くぼやけているクロエの姿。


「あと一歩でしたわね。褒めてあげますわ。私に緊急時の技、第9の暗殺ナインスアサシン影火オブルフを使わせるとは。でも、これで終わりですわ」


 影火オブルフとは瞬時に自分の分身(正しくは蜃気楼)を作り、相手を混乱させる技だ。クロエの才能を持ってしても1日1回が使用限界だ。本来は強敵相手に使い惑わせる技だが、今回は絶体絶命の回避に使った。


 背後からリュカのうなじの辺りに、クロエは手刀の形で手を置く。


 観念したようにリュカは銃を床に置く。

 それを確認してクロエもリュカのうなじの辺りから手を引く。


 そして、クロエは怒りを抑えながらリュカに静かに尋ねる。


「お前が楓花の……。百合園家のか?」







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