第4話 ヴァレット降臨!

4-1 空色Day’s

 楓花ふうかとの下校をする日々も約2週間が経つ。


 最初の1週間は生まれて初めて歩いての下校に緊張していた楓花であったが、いまは心の底からクロエとの下校を楽しんでいるようだ。


 クロエのの義理人情に心打たれた楓花専属運転手、とどろきはクロエの言う通りに楓花の屋敷付近に車を停め、そこで待機し屋敷付近に近付いてきた2人を車に乗せ、あたかもよそおって屋敷に戻った。


 今日もクロエは轟の運転する車で校門まで行き、校門前で楓花を待ち学校終わりの楓花と合流して一緒に談笑しながら歩いて帰える。


 時々、寄り道もしてみるクロエの気分次第2人だが、今日は屋敷まで寄り道をせずクロエの気が乗らないに真っ直ぐ帰る。


 楓花の屋敷付近で車を停め待機していた轟が2人の姿に気付く。


「あっ。お嬢様、お帰りなさいませ」


「轟さん、ただいまー」


「クロエ姉さん、お疲れっす!」


「うぃー。叶夢似かむい、おつー」


 クロエと轟はラッパー同士がよくするサイン交換をお互いの指で行う。


 クロエと轟。


 轟に関しては以前のようなヤンチャ元暴走族総長要素は全くないが、彼の根本に眠る性格闇属性とクロエの性格腹黒の相性はバッチリのようだ。


 お互いを”ブラザー”と呼び合う程、仲が良い。


 2人の関係性を少し羨ましく思いながらも、楓花は微笑ましく2人を見守る。


「お嬢様、お車の方へ」


 そう言い、いつものように車のドアを手で開き楓花を車の中に招き入れる轟。



 その時……。



「ちょっと待ちなさい!!」


 突如、誰かが3人に向かって怒鳴った。


「楓花、私の側に」


 声の主の姿が見えない状況下でクロエは危険を察知し、楓花を自分の側に抱き寄せる。


 楓花はクロエの言う通り側には寄るものの、何か考え事をしている。


 轟はというと、少し顔が青ざめているようだ。

 どうやら声の主に覚えがあるようだ。


 轟が小さく呟く。


「エマ様……。リュ、リュカ様……」


 1人状況がまったく掴めていないクロエは、轟の様子を確認しつつも声を荒立てる。


「誰ですの!? 姿を現しますの!!」


 突如、近隣住居の塀の上から2人の人物が姿を現す。

 2人は紺色よりも青みがかったお洒落なスーツを着用している。


 3人を見下ろすように2人の内の1人が声を荒立てる。


「轟!! これはどういうことだ!?」


「エ、エマ様、申し訳ございません!」


 轟の様子から、楓花の屋敷の者で間違いないだろう。

 それに轟のこの慌てよう、轟よりも身分の高い者だ。


 クロエは頭の中で一旦整理し、自分達を塀の上から見下ろしてくる2人組を目で威嚇した。


 まずは女の方を見た。


『エマというのはさっきからギャンギャン声を荒立てている、あのロングヘアをツインテールにして毛先を巻いている女か』


 次に男の方。


『リュカというのはエマの横にいる気の弱そうな前髪をセンターパートにしているミディアムヘアの男か』


 終いには両者を見比べた。


『揃いも揃って光沢のある空色ブル・シエルの髪色、私と同種の顔つき……。うむ、そこそこ美形だ。顔が似ているところを見ると姉弟か?』


 睨みを利かせるクロエ、エマの方はクロエに負けじと睨み返している。

 リュカの方は俯き加減で目が合わない。


 クロエはリュカの方は相手にならないと判断した。

 エマの方が威勢から実力者に違いない。


 的をエマに絞って睨む。

 エマも負けじとクロエを睨む。


 両者、膠着状態こうちゃくじょうたいの中。

 それを打ち壊したのは楓花だ。


「あー! エマちゃんだー! それにリュカ君もー!」


 緊迫状態にある場の空気を粉々に破壊するような楓花の声。

 まるで旧友に出会った時に挨拶するような、気軽さラフさだった。


 エマもリュカも楓花の声掛けに反応し、塀の上を瞬時に飛び降りる。



 ドスンッ!



 エマが高さ5メートル程の塀の上から下に飛び降りた拍子に、着地に失敗し盛大に尻もちをつく。


「大丈夫? エマちゃん!」


 尻もちをつき、その場で尻を押えながら悶絶しているエマに楓花が近付く。


「ふ、楓花様。大丈夫です……」


 エマは顔が溶岩のように真っ赤だ。

 

 尻をしきりに気にしつつも、楓花に対して背筋を伸ばす。

 リュカもエマに並ぶように楓花に対して背筋を伸ばす。


「楓花様の近侍ヴァレット。エマ・ミシェーレ、ただいま戻りました」

「同じく近侍ヴァレット……。リュカ・ミシェーレ、ただいま戻りました……」


 2人が楓花に対して深々と頭を下げるのに対して、楓花も頭を下げる。

 そして楓花が2人に頭を上げるよううながす。


 2人は楓花の言葉で頭を上げる。楓花は2人に対して笑顔で会話を始める。


「2人とも休暇は楽しめた?」


 楓花の問いかけに答えたのはエマの方だ。

 リュカは相変わらず俯き気味だ。


「はい。米国の特殊部隊に体験入隊いたしまして、戦闘訓練など色々と学んできました」


 エマの答えに楓花はため息をつく。


「もう! 2人共、2カ月も休暇があったのに何してるの! エマちゃんは大学生、リュカ君は私と同い年の高校生なんだから遊びなよー!」


「い、いえ。エマ共は楓花様に仕える身。一般の大学生や高校生と同じという訳には……」


 楓花は再び大きくため息をつく。

 そして2人も車に乗るよううながす。


「エマちゃんもリュカ君も車に乗って。事情は私から説明するから。この件は私がこの2人に頼み込んで仕方なくしてもらっていることなの。2人は悪くないよ」


「ふ、楓花様がそこまで言われるのなら……」


 楓花に続きエマ、リュカの順で車に乗った。


 腕を組んで考え込むクロエに対して、轟が話かける。


「クロエ姉さん、お車に……?」


『エマ……。私は見ましたわよ。この程度の高さ5メートルからの飛び降りで体勢を崩して尻もちまでつくとは……。さては、威勢だけの女私が一番嫌いなタイプの女。それに……』


 クロエは車に乗り込む楓花の後を入っていったエマの様子もしっかり見ていた。


あの女エマ。楓花の髪の匂いををして嗅いでいましたわ。あれは変態の顔ストーカーの顔。さてはあの女……。どう出てくるかは知りませんが、私の敵ではありませんわ』


 狡猾な笑みを浮かべながら、クロエも車へと乗り込んだ。

 そのクロエの様子を見て、轟は小さくガッツポーズ勝利宣言をした。


近侍ヴァレットですわ!』


(クロエ姉さんのあの顔。クロエ姉さんならきっと……。あいつらエマとリュカ、俺より身分が上だからって年下のくせにあの態度。ムカついてたんだよなー。頼みますよ、クロエ姉さん)



 楓花の甘い蜜をずっと吸っていたいクロエと、楓花に歪んだ愛を向けるエマ。

 楓花を巡る女達の闘いが開戦した。






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