3-7 女騎士はつらいよ
足早に学園の校門に戻ったクロエ。
校門付近には誰もおらず、相変わらず聞こえてくるのは部活動の威勢のいい掛け声だけ。
その中で楓花はひとりぼっち……。
その場に俯いて立ち尽くしたままでいた。
『……楓花』
クロエは落ち込んでいる人を慰める術を知らない。
だが、どうしても楓花をこのままにしておけなかった。
熟考の末、小学生の男子が好きな女子にちょっかいをかけるような行動に出た。
クロエは自分の足元に落ちていた小石を拾い、楓花の足元に慎重に投げてみた。
そして素早く物陰に身を隠す。
コツンッ
突然の物音に楓花は顔を上げ周りをキョロキョロと見回している。
『ぷぷーっ。楓花、気付いていませんわ』
クロエは更に2回連続で同じように、足元にある小石を楓花の足元に投げサッと物陰に隠れる。
コツンッ
コツンッ
楓花は依然として周りをキョロキョロと見回している。
突如、自分の足元で鳴り出した物音。困惑して泣きそうな表情を浮かべている。
『ひゃははっ。楓花の
数分前の正義感溢れるクロエの姿はなく、いまは完全に悪ガキ化している。
『もっと楓花を驚かせてやろ。なんか驚くような……』
クロエの目にジュースの自販機が止まる。
『これは……驚きますわね。ぷぷぷっ』
クロエはジュースの自販機の前までいき、両肩をくるくると回すとムンッと力を入れジュースの自販機を軽々と持ち上げ背負った。
※ジュースの自販機を持ち上げる事は法律で禁止されています。
「はい、その商談はですね……。はぁ!?」
「まーくん。これからどこに……。えぇ!?」
「なんだよ途中で……。って、はぁ!?」
「ママー。あれなにー?」
「コラ! 見るんじゃありません!」
騒然とする学園の校門付近。
それもそうだ。
一見、綺麗なワンピースを着た華奢な美少女がジュースの自販機を軽々と背負って歩いている。
クロエの耳には周りの喧騒は聞こえない。
頭の中は楓花を驚かせることでいっぱいだ。
『うひゃひゃっ! 楓花、これを近くに投げ入れられたらどんな反応するかなー?』
校門まであと数歩。
ワクワクが止まらないクロエ。
クロエの顔は高揚感に満ちている。
その顔は騎士ではなく邪のものだ。
「あっ。クロエちゃん」
『ゲッ!!』
ドスーーンッ!!
楓花の不意打ちに驚き、力が抜けジュースの自販機の下敷きになるクロエ。
慌てて楓花がクロエのもとに走って近付く。
「クロエちゃん!! 大丈夫!!」
『ガーン!
しばらく無言でジュースの自販機の下敷きになっていたクロエだが、気持ちを切り替え自分に乗っかっているジュースの自販機を片手で軽々と持ち上げた。
ジュースの自販機をその場に置くと、頭をポリポリとかきながら楓花とは目を合わせずにクロエは独り言のように言葉を発する。
「ああ、楓花ではないですか。奇遇ですわね。私はいま騎士の鍛練を……」
クロエの体にふわっと柔らかい衝撃がくる。
楓花がクロエの胸に顔を埋めて、クロエを抱きしめる。
「クロエちゃん、ごめん。ううっ。ごめんね。う、うえーんっ」
子供のように声を出しながら号泣する楓花。
人を慰めたことがないクロエではあったが、楓花の頭を自然と撫でた。
「クロエちゃん、私のために色々と頑張ってくれたのに……。わ、私、何もできなかったよ……ううっ」
「楓花……。楓花は……とても頑張ったと思いますわ。偉いですわ」
クロエの言葉に更に泣き始める楓花。
実は一部始終を見ていたクロエは何とも言えない感情に支配された。
『うーむ。こういうとき女ならどう解決するのだ。……って、私も女ではないか』
自身の女子力の欠如に気付いたクロエの瞳から、自然と涙が零れる。
既に周知の事実だが、クロエ自身男よりも男らしい性格だが、不思議なところで女性独自の羞恥心を発揮する。
……女子力の完全な欠如。
それに今更気付いたクロエの女性の部分の羞恥心が爆発したのだ。
そのことを知らない楓花ではあったが、クロエの涙。
それを見た楓花も同じように泣く。
両者、その場に泣き崩れる。
最早、収拾不可能な状態だった。
その時、救世主が現れた。
轟だ。
「クロエさーん! あまりにお帰りが遅いので心配になって……ってどうされたんですか? え? お嬢様も??」
楓花とは違う感情で泣いていたクロエは、すぐに何事もなかったかのように冷静さを取り戻した。
『わ、私としたことが……。騎士である私が涙を他人に見せるものではない』
将軍だったときのプライドが女性の羞恥心に勝った。
目下の者に自分の弱い部分を見せてはならないと
「轟、私は目に
「ええ?! 目に
クロエは楓花を車に慌てて乗せようとする轟の肩をガシッと掴んだ。
「轟、大丈夫だ。私の見たところ楓花の目に異常はない。ゴミは涙で綺麗に流れたようだ。貴院に行く必要はない」
「クロエさんがそう言うのなら……。でも、今日はもう遅いのでお車で屋敷の方まで帰って頂けませんか?」
クロエは楓花の意思を確認する。
楓花自身、心に負担があり疲れたのだろう。
黙ってクロエの目を見て頷く。
「轟さん、今日もよろしくお願いします」
「め、滅相もございません。お嬢様。さぁ、お車へ。クロエさんも」
轟に促されるまま、楓花もクロエも後部座席に乗った。
車はすぐに発車した。
楓花はいつものように車窓から寄り道して遊んでいる同級生や、笑いながら帰っている生徒達を羨ましそうに眺める。
「……ですわよ」
!?
楓花は慌ててクロエの方を向く。
クロエもクロエで楓花とは逆方向の街並みを眺めている。
クロエの唐突な発言を聞き逃した楓花は、クロエに再度同じ事を言ってもらえるよう遠慮がちに聞き直す。
「クロエちゃん……。ごめん。いま、何て言ったの?」
クロエは楓花とは逆の車窓から夕陽を見ながら答えた。
クロエの顔は夕陽に照らされ赤く見えたのか、それとも……。
楓花にとってはどちらでも良かった。
「私が楓花と一緒に下校してあげてもいいですわよ」
「え?いいの……?」
「騎士に二言はないですわ」
「ク、クロエちゃん! ありがとう!」
楓花は嬉しさのあまり、また大粒の涙を流しながらクロエに抱きついた。
「き、騎士の鍛練のついでですわ! あと、楓花! すぐ泣きすぎですわ!」
「ごめんね。今日だけ……。今日だけだから……」
「わ、分かりましたわ。それならいいですわ」
クロエは自分の体を抱きしめて泣いている楓花の頭を優しく撫でた。
夕陽に染まる社内は、夕陽の優しい光と同様に温かい雰囲気で満たされていた。
楓花は心の中で感謝の言葉を述べた。
———お星さま、素敵なお友達をありがとうございます
……うっ!
「うぐっ! うぐぐぐーっ!! お嬢様もクロエさんも最高っす!! 俺、感動したっす!!」
車のハンドルに顔を
何度も言うが彼は”義理人情”にめっぽう弱かった。
運転席を後部座席から乱暴に蹴り飛ばすクロエ。
「コラ!! 轟!! せっかくこの物語初の良い雰囲気で〆たのに台無しですわー!!」
「さーせん!! クロエ姉さん!!」
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