3-4 頭文字T

「うーむ。これがクルマか」


 黒塗りの高級車。いつも楓花の送り迎えをしているのはこの車だ。


 クロエは楓花の授業がそろそろ終わる頃合いを見計らって、車の前で腕を組み考え込んでいる。


 クロエの作戦は頭の中ではの文字しか浮かんでいない。


 が、その作戦を実行するにはまずは運転手にバレずに楓花の学園までする必要がある。


「この世界で通用するか分からないが……」


 クロエは心を落ち着かせ、呪文を唱える。


 本来ならばこの技は剣技なのだが、楓花の父親に命の次に大事な聖剣を奪われているクロエ。剣技を応用する他なかった。


第5の暗殺フィフスアサシン潜伏ステルス!!」


 潜伏ステルスとはその名の通り、潜伏スキルで時間制限があるとはいえクロエ自身の体を透明化させる凄い能力であった。


 クロエは車のサイドミラーで自分の姿を確認する。どうやら成功のようだ。


「おおっ。透明化しているようですわ。この世界でも剣技呪文は通じるみたいですわ」


『今度、色々な剣技呪文を悪用してやろう……』


 透明化したクロエは車の後部座席へと乗り込み、クロエの予想通り数分後に運転席に運転手が車に乗り車を発進させた。


『ここまでは私の予想通りですわ。うひゃひゃ。自分の才能が怖い』


 数分後、車は停車した。どうやら楓花の学園の前に着いたようだ。


『ここが、楓花の学び舎か?……まるで王宮のようですわ。いやそんなことより、これより作戦行動フェーズ1に移りますわ』


 停車後、運転手はすぐ運転席を降りて車の前に立ち楓花を待っている。


 クロエは透明化を解き、運転手に気付かれないように運転手の背後に近付く。

 そしてを相手の首元に当てる。


「おい。動くな」


「お、お前は?」


 運転手はクロエの姿を確認しようとする。


「おい。誰が動いて良いと言った?」


「お前、お嬢様のゴキ……ご友人ではないか? こんな所でなにをしている?」


 を相手の首元に当てたまま、クロエは暗殺者アサシンのような口調で運転手に話かける。


「お前には関係ないことだ。いいか? このまま大人しくクルマに乗って、元来た道を帰るのだ」


「なに? そんなこと絶対できるわけがないだろう。それにだ……」


 運転手はを臆することなく掴み、クロエの方に振り向く。


「お前、これは食器用のナイフだろ? こんなもので俺を脅せるとでも?」


『ちっ。やはり気付いたか。楓花の屋敷内で武器になるものを探したがこんな物食器用ナイフしか手に入らなかった。いくら私が騎士でもこれでは脅しにはならないか』


 クロエは運転手と一定距離をとる。そして両者の睨み合いは続く。


 食器用ナイフを構えるクロエ。

 多少腕に自信があるのだろう。運転手はといった風にクロエを威圧してくる。


「俺もこれ運転手が仕事なもんなのでな。絶対に帰る訳にはいかん」


『ここでコイツ運転手を始末してもいいが、それでは楓花に迷惑がかかるしな……。こうなれば次の作戦フェーズ2だ』


 運転手は先程から黙って話さなくなったクロエに対して、圧倒しているつもりになっているのかズボンのポケットに手を入れ大股でクロエの方に近付いて来てクロエを威圧する。


「おう! 分かったらお前が帰れ! お前はお嬢様のご友人だから皆に甘やかされているだけだ! 今ここにお嬢様はいない! だから俺はお前に遠慮しない! これはガキの仕事おままごとじゃねーんだよ!」


「ふふふっ」


「なんだ小娘。びびっておかしくなったのか?」


 クロエは瞬時に運転手に近付き、運転手の肩に腕を回す。

 そしてがっしりと運転手の首の関節を固めたあと、脅しのような低いトーンで話を切り出す。


「名はとどろき 叶夢似かむい。そこそこ名の知れた競争者レーサーであったお前はその実力を認められ、いまは楓花の専属運転手ドライバー。……ですが、これはどういうことですの?」


 何枚かの写真を轟の目の前にワザとらしくちらつかせるクロエ。

 それを見た轟の顔色が見る見る青ざめていく。先程までの威勢は微塵もない。


「髪型こそ違うものの、どっからどう見てもこれはお前。この鉄の棒を担いだ凶悪な風貌から、この国の蛮族暴走族。それもどの写真もお前が真ん中で偉そうに映っていることから、恐らくお前は蛮族族長暴走族総長。旗にも大きくお前の名前が書かれているしな。これが楓花の家の者にバレたらどうなるかなー? それとも楓花本人に言っちゃおうかなー? それでお前は楓花の父上に……」


 光の速さでクロエから写真を奪い取ろうとする轟。

 しかし、クロエは素早い身のこなしでひらりとかわす。

 

 体の大きいガキ大将が近所の子供から遊び道具を奪い、それを必死に奪い返そうとするもガキ大将にそれを軽くあしらわれる近所の子供のように、轟はクロエに手も足も出せない。


 この世界に来て全く良い所騎士らしさがなかったクロエだが、クロエは異世界の騎士。それも女騎士の最上位まで上り詰めた女。


 戦闘にかけては並大抵の実力者でもまったく敵わないほどの実力者だ。更にクロエは戦闘技術のみならず、情報取集人の弱みを探る事にも長けていた。


「た、頼む! 俺の過去黒歴史がバレたらクビになってしまう! 今更、レーサーには戻れない……頼む! この通りだ!」


 クロエから写真を奪い取ることは不可能だと察した轟はクロエに土下座する勢いで頭を下げてくる。クロエはそんな轟の肩に再び腕を回す。


「いやいや。いいんですのよ、私は。お前がこの場校門を去りさえしてくれれば。お前は楓花の屋敷の付近で待機してればいいですの。楓花は学び舎の者と歩いて帰りたいみたいなのだ。お前は楓花が屋敷に着く直前に楓花を車に乗せ、いつも通りで屋敷に戻ればいいのだ。楓花の心配はいらん。騎士である私が楓花を陰からきちんと護衛しておくからな」


「お、お前……。なぜ、そこまでお嬢様のために……?」


「楓花の頼みだからですわ。楓花には日頃、世話になっているからな。楓花の頼みは全部、聞いてあげたいのですわ」


 クロエは顔を少し赤らめながら言い切った。

 が、本心はこうだ。


『……楓花の頼みを断れば、あの父上が私を殺しに来ますわ』


「お、お前……。そこまでお嬢様の事を思って……」


 轟は元暴走族総長だ。


 暴走族とはいえ、義理人情を大切にする昔気質な暴走族の総長をしていた轟はにめっぽう弱い。


 クロエの事を楓花にまとわりつくゴキブリ女だと思っていたが考えを改めた。


「お前には迷惑はかけないですわ。これはいわばウィンウィンの関係双方の利益ですわ」


「ウィンウィンの関係?」


「お前も日々の送り迎え、疲れているだろう。少しの間だが休憩すると良い。私は私で楓花に恩返しできる神に殺されずに済む


「お、お前。いや、。俺の事まで気遣ってくれているのか……」


もちろんですわチョロいですわ


 轟は目を潤ませながら手を出しクロエに握手を求める。


 クロエは笑顔で轟の手を強く握り返す。

 固く握手をした後、轟はクロエに右手を高々と上げて車の運転席のドアを開け車を発進させた。クロエは校門から去っていく車に右手を高々と上げた。

 

 こうして腹黒女騎士と元暴走族総長の間に深い謎の絆が生まれたのであった。







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