2-4 ツン博士とデレ氏はオーディン

「君、まずサングラスを外したまえ」


 楓花の父親に肩を掴まれてから、ずっと蛇に睨まれた蛙状態になっているクロエは自身の持つ直感と反射神経だけでサングラスを秒速で外した。


 サングラスを外し視界が鮮明になることによって、父親の放つ威圧感がより増す。体がガタガタと勝手に震え冷や汗が止まらない。父親の目を直視できず、クロエは首をほぼ直角に下に曲げている。


『な、なんですの? この男、呪術師シャーマンの最高職か? いや、呪術師にしては腕力が強すぎる……。痛い……』


 父親にずっと掴まれている肩の部分、胸部のプレートアーマーの装甲ほどの厚みはないものの、それでも装甲はある。しかし父親の指は肩の装甲を貫通してクロエの生身にめり込んでいる。


愛娘マイエンジェルふーたんの友達だ。君がどこの誰かは、詮索しないでおこう。しかしだね……」


 下を向いて震えているクロエの顔に、父親は阿修羅のような形相の顔を近付ける。


「ふーたんをでも傷つけてみろ。その時、君の命は無いものだと思え」


 父親は阿修羅のような形相のまま、恐ろしいまでの覇気を放ち続ける目でクロエを睨みつける。クロエは体をガタガタと震わせながら無言のまま下を向いている。


 !!!


 突如、激しい炸裂音。


 クロエは下を向いていたので、何が起きたのか理解に少しだけ時間がかかったが、すぐその音の正体が分かった。父親の拳が下を向いているクロエの頭上、数センチのところの壁を突き破っている。


「君、返事は?」


「ひゃ、ひゃい!! 楓花をお守りしましゅ!!」


 クロエは今にも溢れ出しそうな涙を目に浮かべながら、父親の顔を見て全力で返事をした。クロエの返事に父親の阿修羅のような形相が少しだけ緩む。


「分かればよろしい。壱龍君」


「はっ。稜王吏いおり様」


 突如、父親の背後から先程の護衛の1人が姿を現す。

 他人のことを滅多に褒めないクロエができる男ジェネラルと称した男だ。


壁に穴を開けてしまった。修復を」


「はっ。すぐ手配致します」


 そう言うと壱龍はすぐ胸ポケットからスマホを取り出し、何処かに電話を掛けている。クロエは壱龍が持っているスマホが何なのか分からなかったため、不思議そうにそれを見つめる。


『あの男。急に手のひらサイズの本に向かって話出しましたわ。誰かと会話をしている風に見えますが1人会話のようで、なんだか不気味ですわ……』


「君、クロエと言ったか?」

「はいっ!!」


 父親の言葉にクロエはミリ秒1000分の1秒で反応する。


 父親の言葉への反応が遅れ父親の機嫌を少しでも損ねると、いつ自分自身にあの凄まじい破壊力の正拳突き壁ドンが飛んでくるか怯えていたからだ。


「私は仕事で月に数回程度しか家に戻ることができない。その間、ふーたんのことを頼むよ。君の事は、この屋敷の者全員に伝えておく。何か困りごとがあれば、その者たちに言うんだよ。くれぐれもふーたんの迷惑になるような事はしないように」


 クロエは首がもげる程、首を残像が残る速さで縦に振った。


 クロエに対して父親は一度頷くと、壱龍と共にその場を立ち去ろうとしていた。

 

 クロエは屈辱的だった。


 生まれて初めて他人に屈服させられたような感じがしていた。

 クロエは自国の王にさえ屈服したことはなかった。クロエの中に屈辱と共に激しい憎悪の感情が生まれる。


『この父親クソジジイ……。国のアホにさえ、これまで適当にあしらってきた私によくも屈辱を与えたな……。ん? いまこの父親クソジジイ油断状態ノーガードではないか。私に背を向けるとは愚かな。愚かすぎですわ』


 クロエは腰に差していた剣を音が鳴らないように静かに抜く。

 そして静かに父親の背中に対して突きの姿勢攻撃モーションに入る。


『ひゃははは! 第3の暗殺サードアサシン剣技、聖騎士突きセイント・トゥシュをその無防備な背中におみまいしてくれますわ。私の聖剣エクスカリバーver.02の錆にしてくれますわ』


 クロエは突きの姿勢のまま、超高速で父親の背後に接近する。


『楓花には悪いですけど……。敵に回した相手が悪かったですわね。さらば父親クソジジイ……』



 ……へ? ……飛んだ?



『いや、飛んでいるのはですわ!』


 空中を高スピードで何回転も回るクロエの体。何回転も宙を舞った後、地面に激しく全身を叩きつける。


「グヘッ!!」


 仰向け状態で倒れたクロエは呆気にとられながらも、クロエの目で追えた範囲で自分の身に何が起こった父親に何をされたのか頭の中で整理する。



 確か……。



 父親の背中に我が聖剣の剣先が突き刺さる距離まで詰め寄った討ち取ったと思った瞬間、父親が急にこちらに振り返り、目にも止まらぬ速さで私の剣技をかわした。その後、父親の手が私の剣の持ち手を強く握り、そのまま私を宙に投げ飛ばした……のか?


「ひっ!!」


 一連の動作で父親に奪われたクロエの聖剣の剣先が、クロエの鼻先の数ミリ上にある。父親はいまにもクロエの顔面に聖剣を突き刺そうとしている。


 一度は少し緩んだ父親の顔が再び阿修羅のような形相になり、目には暗殺者アサシンのような冷酷さを浮かべている。


「君、いま私をとしたね?」


「い、いえ! 楓花の父上殿のお背中に、ど、毒蜘蛛がいたもので……」


『ああ……。もう終わりですわ。私はここで殺されるんですわ』


 父親は阿修羅のような形相を少し緩めたが、目にはまだ暗殺者アサシンのような冷酷さを浮かべている。クロエはこのまま殺されると思ったが、父親は剣先をクロエの鼻先から外し手慣れた動作で地面の方に向ける。


「壱龍君」


「はっ」


 またしても父親の背後から壱龍と呼ばれる護衛が姿を現す。


 父親は聖剣を壱龍に丁寧に渡す。


「これをこの娘の目が届かない場所に隠しておいてくれ」


「かしこまりました」


「わ、私のエクスカリバーver.02!!」


 父親によって物凄い力でクロエの体が無理矢理に持ち上げられる。そして、またしても肩を掴まれる。

 

 クロエの耳元でぼそぼそと父親が声をかける。

 その声は氷のように冷ややかだった。


「君、言っておくが私を殺そうとしても無駄だから。の実力ではね。あと君に礼も言っておくよ。毒蜘蛛……殺してくれてありがとうお前に次は無い


 クロエの体はまるで工事現場のドリルのようにドドドドドドと音をたて地面に穴が開きそうなほど震え、冷や汗もナイアガラの滝のように流れる。床の絨毯がクロエの冷や汗で湿っていく。


 先程までとは比にならないほどの恐怖。

 膝が笑い立っていることも精一杯で、全身に力が入らない。


 父親に肩を掴まれたまま、楓花のいる部屋に戻る。


「ふーたん! パパ仕事に行ってくるからねー! 困った事があったらクロエちゃんに言うんだよー! ふーたんの言う事、聞いてくれるらしいから!」


「ええ? クロエちゃん、いいの?」


 顔面を冷や汗でびしょびしょに濡らしながら、引きつった笑顔でクロエが答える。


「え、ええ。楓花の言う事、な、なんでも聞いてあげますわよ」


「じゃあ、ふーたんパパ仕事に行ってくるね」


「はい、お父様。お仕事頑張ってね!」


 父親はクロエをして、楓花の部屋を出ていった。満面の笑みで。


 クロエはその場にへなへなとしゃがみ込む。

 楓花はクロエの憔悴しきった様子を心配して、俯いているクロエに話かける。


「え? 大丈夫? クロエちゃん!」


 楓花に体を優しく揺らされているが、クロエは憔悴しきった様子で反応を示さない。クロエは生まれて初めて他人に屈服した。王をはるかにしのぐ圧倒的な力主神の前に。


楓花の父上この世界の神……。怖すぎですわ……』







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