2-3 女騎士と五龍
微笑ましい空気のまま、2人は談笑をしながらダイニングから再び楓花の部屋に戻ってきた。
楓花はダイニングでの1件以降、ずっと穏やかな笑みを浮かべている。
クロエも楓花と同じく穏やかな笑みを浮かべている……が。
『ちっ。
クロエの
『騎士の鍛練だと? 私は既に
クロエの
狡猾な笑みが止まらないクロエ。
楓花は不思議そうにクロエの顔を無言で見つめる。
コンコンッ
楓花の部屋のドアが2回ノックされる。
「はい」
楓花の返事と共に部屋のドアが開き、1人の中年男性が部屋に入ってくる。
男性は上質な紺色のスーツを上品に着こなしていて、短髪を七三分けにしており中年らしからぬ爽やかさを感じる。顔つきには貴族のような気品さがありながらも、一国の王のような覇気も宿していた。その男性の周りには黒いスーツにサングラスをした5人の男達。
クロエは楓花に慌てて声をかける。急に楓花の部屋に押し入るように入ってきた王のような男と、その男の護衛らしき5人組の男達。
皆が無表情で危険な
クロエは直感した。敵国の
「おい、楓花! 私の側に……!」
楓花を自分の方に抱き寄せようと手を伸ばしたクロエの手が
『あれ? 楓花……?』
楓花はクロエが男達に反応するより先に王と思わしき男の方に駆け出しており、満面の笑みを浮かべ王と思わしき男に抱きつく。
王と思わしき男は、先程までの雰囲気が嘘のように、柔らかい
「お父様ーっ!!」
「ふーたん! 会いたかったでちゅよー! ただいま!」
『
楓花がお父様と言った男は
「お父様、今日はお仕事早く終わったのー?」
「いや、ふーたんにどうしても会いたくて、仕事サボっちゃった。パパ、ふーたんに会いたくて、会いたくて、震えちゃった!!」
「お父様、お仕事サボっちゃダメでしょ」
真剣な顔で注意をする楓花に父親は甘ったるい表情と声で反省をする。
「わー。ごめん、ふーたん。パパ、すぐ仕事に戻るからね。あと、ふーたん前から言っているけどパパはお父様じゃなくてパパだからね。ダディでも可」
「えー。私もう高校生だよ? 恥ずかしいよー」
「そんなー。パパ泣いちゃう」と相変わらず楓花を強く抱きしめたまま、楓花の頭に自分の顔をスリスリしている。
『なんですの……。この
クロエはこの
スーツの上からでも分かる、屈強な体を持つ5人の男達。
部屋に入った時から一切動かず姿勢も崩さず、起立の姿勢をとっている。
クロエは5人の男達に変顔をしてみたり膝カックンをしてみたりと、色々と
『つまらないですわ。……ん?
クロエの世界にも眼鏡は存在しているが、サングラスは存在していなかった。
好奇心旺盛なクロエは基本何にでも程々の興味を示すが、何故かサングラスには異常なほどの興味を示した。
クロエは護衛の1人から、サングラスを素早い身のこなしで剥ぎ取る。
「ぐ、ぐわぁああーっ!! 目が目がぁああーっ!!」
「おい!
「す、すまない。
「おい! 小娘! 早く参龍兄さんにサングラスを返せ!」
「
クロエは背後の護衛達の
『そ、想像以上ですわ! これは強そうですわ! そして何よりカッコいいー!』
一通り自分の姿を堪能したナルシストクロエは、騎士の姿にサングラスをした、クロエ以外の人間には何とも不格好に映る恰好で護衛に近付く。そして目をやられ片膝をついている護衛、参龍を見下ろしながら威圧的な態度で言葉を発する。
「おい、護衛。これ、私に
「な、なんだと……。それは我々
そして片膝をついたままサングラスを譲ろうとしない護衛、参龍にクロエは更に威圧するように顎を上向きにして、参龍を見下ろしながら言葉を発する。
「ほう。本当にいいですの? 私は
「お、お嬢様の!?」
お嬢様の友人という言葉に護衛達の間に衝撃が走る。
4人の護衛が各々うろたえる。
5人の護衛の中で唯一、一切動じなかった1人の護衛が静かに口を開く。
「参龍。いい加減にしろ。サングラスなど予備がいくらでもあるだろう」
その護衛の一言で4人の護衛はすぐにうろたえるのを止めた。
参龍はすぐ立ち上がり、全員が背筋を伸ばして起立の姿勢をとる。
4人の護衛の間にはピリついた緊張感が走っている。
「
「お前達。これ以上、
「「「申し訳ございません」」」
「楓花様のご友人。ご無礼をお詫びします」
壱龍と呼ばれる男は、一切無駄のない所作でクロエに近付き深々と頭を下げた。
「わ、分かればいいですわ」
『この壱龍と呼ばれる護衛……。私の挑発にもこの男だけ一切動揺をしていなかった。それに今の身のこなしに他の護衛にはない
「おや? ふーたん、この子は誰だい?」
先程まで楓花を抱きしめ娘を溺愛していた父親が、ようやくクロエの存在に気付き楓花に質問をしている。
「あ、お父様。この子はクロエちゃん。……私のお友達」
「ほう。ふーたんの友達か。……ん? ふーたんの友達!?」
楓花を溺愛し側を一歩も離れようとしなかった父親が、突如クロエの方にドスドスと足音を立て近付き、顎に手を当てクロエの姿をまじまじと確認する。父親の目つきは品定めをする一流の宝石商の人間のようだ。
「クロエちゃんと言ったな? 君はどこから来たんだい?」
『アレクサンドロス……と、言いたいところですが、ここが異世界だと分かった今、多分信じてはもらえないですわ。この男の厳しく品定めする一流の宝石商のような目つき、下手に誤魔化しても見破られてしまいますわ。……楓花、助けますの』
父親の質問には答えず、無言で父親の背後でモジモジしている楓花に目で助けを求める。クロエと目が合った楓花はクロエの意図を理解し、クロエの代わりに父親に話かける。
「お、お父様……。クロエちゃんはこの世界の人ではなくて……。別の世界の人で……」
『おい! バカ楓花!
父親はクロエに厳しい目を向けながら、楓花に甘い口調で返事をした。
「ふーたんが言うのなら、パパは信じるよ。クロエちゃんは別の世界から来たんだねー?」
そう言うと父親はクロエの肩に手を置いた。
楓花はホッと一安心したように話を続ける。
「それでね、お父様。クロエちゃん、この世界に住むところがないの。だからね……。い、一緒に住んでもいいかな……?」
父親はクロエの肩に手を置いたまま楓花に返事をする。
「もちろんだよ。クロエちゃんは別の世界から来たんだ。困っている事だろう。ふーたんの隣の部屋は空いていたね。落ち着くまでそこに住んでもらおうか」
父親の一言に「お父様! ありがとう! 大好き!」と、楓花が父親の背中に抱きつく。
父親は一瞬、顔を赤らめ体をビクッと反応させたが、相変わらずクロエの肩に手を置いたままだ。楓花の方を振り向きもしない。
「ふーたん、パパとクロエちゃんは少し話があるから部屋を出るね」
「うん! 分かった!」
クロエは父親に肩を掴まれたまま、廊下に連れていかれる。
クロエは……。
父親に肩を触れられてから、ずっと蛇に睨まれた蛙のようになっている。
クロエは体をガタガタと震わせている。呪縛を掛けられたように体が動かない。
歴戦の猛者、クロエは生まれて初めて恐怖というものを体験している。
生まれた時から恐れ知らずの性格のクロエ。
155年の人生で初めて恐怖というものをした。
ただクロエ自身、これまで恐怖というものを体験した事がなかったので、体が勝手に震え冷や汗が止まらない原因が、恐怖だということが分からない。クロエの直感だけが本能的に、父親に肩を触れられた時からしきりに逃げろと警告音を出し続けている。
楓花の父親のクロエを見る目には、王の覇気どころか世界を支配する破壊神のような
『ふ、楓花! た、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます