2-3 女騎士と五龍

 微笑ましい空気のまま、2人は談笑をしながらダイニングから再び楓花の部屋に戻ってきた。


 楓花はダイニングでの1件以降、ずっと穏やかな笑みを浮かべている。

 クロエも楓花と同じく穏やかな笑みを浮かべている……が。


『ちっ。貴族金持ちのくせにシケていますわね。もうシケシケですわ。まだ腹六分目くらいですが……まぁ、いいでしょう。この豊満なバスト、日々の鍛錬で引き締まったウエスト男たちバカ共を虜にするヒップ。そして何よりもこの誰もが羨む美貌。完璧ですわ。私、完璧パーフェクトですわ。本当は腹一杯食べたかったけど、これも騎士の鍛練だと思えば……』


 クロエの脳内会話モノローグは留まることを知らず、穏やかな笑みから次第に狡猾な笑みへと変わっていく。


『騎士の鍛練だと? 私は既にエリート中のエリートクイーンオブエリート騎士、女騎士の最上位”ベアトリクス”ですのよ。それでもまだ鍛練を怠らない心構えスタイル、騎士の鏡ですわ。私はすべてにおいて完璧女性ミス・パーフェクトですわ』


 クロエの心の声本心は真っ黒であった。


 狡猾な笑みが止まらないクロエ。

 

 楓花は不思議そうにクロエの顔を無言で見つめる。純粋な楓花真っ白には対照的なクロエの本心真っ黒が理解できない。



 コンコンッ



 楓花の部屋のドアが2回ノックされる。


「はい」


 楓花の返事と共に部屋のドアが開き、1人の中年男性が部屋に入ってくる。


 男性は上質な紺色のスーツを上品に着こなしていて、短髪を七三分けにしており中年らしからぬ爽やかさを感じる。顔つきには貴族のような気品さがありながらも、一国の王のような覇気も宿していた。その男性の周りには黒いスーツにサングラスをした5人の男達。

 

 クロエは楓花に慌てて声をかける。急に楓花の部屋に押し入るように入ってきた王のような男と、その男の護衛らしき5人組の男達。


 皆が無表情で危険な空気オーラを発している。


 クロエは直感した。敵国の手練てだれ達だ。


「おい、楓花! 私の側に……!」


 楓花を自分の方に抱き寄せようと手を伸ばしたクロエの手がくうを切る。


『あれ? 楓花……?』

 

 楓花はクロエが男達に反応するより先に王と思わしき男の方に駆け出しており、満面の笑みを浮かべ王と思わしき男に抱きつく。


 王と思わしき男は、先程までの雰囲気が嘘のように、柔らかい空気オーラを全身から発して楓花を抱きしめる。


「お父様ーっ!!」


「ふーたん! 会いたかったでちゅよー! ただいま!」


この男が父上だと!?』


 楓花がお父様と言った男は楓花を強く抱きしめ、楓花の頭に自分の顔をスリスリしている。楓花に対する溺愛ぶりが見て取れる。


「お父様、今日はお仕事早く終わったのー?」


「いや、ふーたんにどうしても会いたくて、仕事サボっちゃった。パパ、ふーたんに会いたくて、会いたくて、!!」


「お父様、お仕事サボっちゃダメでしょ」


 真剣な顔で注意をする楓花に父親は甘ったるい表情と声で反省をする。


「わー。ごめん、ふーたん。パパ、すぐ仕事に戻るからね。あと、ふーたん前から言っているけどパパはじゃなくてだからね。ダディでも


「えー。私もう高校生だよ? 恥ずかしいよー」


「そんなー。パパ泣いちゃう」と相変わらず楓花を強く抱きしめたまま、楓花の頭に自分の顔をスリスリしている。


『なんですの……。この父上オッサンは。キモい……。もう見てられませんわ』


 クロエはこの父親娘バカの事は無視して、楓花の父親の護衛に興味を示した。

 

 スーツの上からでも分かる、屈強な体を持つ5人の男達。

 部屋に入った時から一切動かず姿勢も崩さず、起立の姿勢をとっている。


 クロエは5人の男達に変顔をしてみたり膝カックンをしてみたりと、色々と悪戯ちょっかいを仕掛けてみたものの、揃いも揃って全く反応を示さない。体勢を多少崩しても、すぐ起立の姿勢をとる。


『つまらないですわ。……ん? 護衛こいつらが全員かけている黒色の眼鏡はなんですの?』


 クロエの世界にも眼鏡は存在しているが、サングラスは存在していなかった。


 好奇心旺盛なクロエは基本何にでも程々の興味を示すが、何故かサングラスには異常なほどの興味を示した。 


 クロエは護衛の1人から、サングラスを素早い身のこなしで剥ぎ取る。


「ぐ、ぐわぁああーっ!! 目が目がぁああーっ!!」


「おい! 参龍さぶろう、大丈夫か!?」


「す、すまない。弐龍じろう兄さん……。もう大丈夫だ……」


「おい! 小娘! 早く参龍兄さんにサングラスを返せ!」


伍龍ごろう。いいんだ。ご主人様百合園様の前だぞ」


 クロエは背後の護衛達の騒動茶番は無視して、楓花の部屋の大きな姿鏡で護衛から剥ぎ取ったサングラスをかけ自分の姿を確認する。


『そ、想像以上ですわ! これは強そうですわ! そして何よりカッコいいー!』


 一通り自分の姿を堪能したナルシストクロエは、騎士の姿にサングラスをした、クロエ以外の人間には何とも不格好に映る恰好で護衛に近付く。そして目をやられ片膝をついている護衛、参龍を見下ろしながら威圧的な態度で言葉を発する。


「おい、護衛。これ、私に譲りますのよこせ


「な、なんだと……。それは我々SP要人護衛のアイデンティティ。お前に渡すわけないだろう」


 そして片膝をついたままサングラスを譲ろうとしない護衛、参龍にクロエは更に威圧するように顎を上向きにして、参龍を見下ろしながら言葉を発する。


「ほう。本当にいいですの? 私は楓花主人の娘の友人ですのよ?」


「お、お嬢様の!?」


 という言葉に護衛達の間に衝撃が走る。


 4人の護衛が各々うろたえる。

 5人の護衛の中で唯一、一切動じなかった1人の護衛が静かに口を開く。


「参龍。いい加減にしろ。サングラスなど予備がいくらでもあるだろう」


 その護衛の一言で4人の護衛はすぐにうろたえるのを止めた。

 参龍はすぐ立ち上がり、全員が背筋を伸ばして起立の姿勢をとる。

 4人の護衛の間にはピリついた緊張感が走っている。


壱龍いちろう兄様」


「お前達。これ以上、護守家ごのかみけの恥をさらすな」


「「「申し訳ございません」」」


「楓花様のご友人。ご無礼をお詫びします」


 壱龍と呼ばれる男は、一切無駄のない所作でクロエに近付き深々と頭を下げた。


「わ、分かればいいですわ」


『この壱龍と呼ばれる護衛……。私の挑発にもこの男だけ一切動揺をしていなかった。それに今の身のこなしに他の護衛にはない雰囲気オーラ。うむむ……できる……。きっと楓花の家の将軍ジェネラルですわ』


「おや? ふーたん、この子は誰だい?」


 先程まで楓花を抱きしめ娘を溺愛していた父親が、ようやくクロエの存在に気付き楓花に質問をしている。


「あ、お父様。この子はクロエちゃん。……私のお友達」


「ほう。ふーたんの友達か。……ん? ふーたんの友達!?」


 楓花を溺愛し側を一歩も離れようとしなかった父親が、突如クロエの方にドスドスと足音を立て近付き、顎に手を当てクロエの姿をまじまじと確認する。父親の目つきは品定めをする一流の宝石商の人間のようだ。


「クロエちゃんと言ったな? 君はどこから来たんだい?」


『アレクサンドロス……と、言いたいところですが、ここが異世界だと分かった今、多分信じてはもらえないですわ。この男の厳しく品定めする一流の宝石商のような目つき、下手に誤魔化しても見破られてしまいますわ。……楓花、助けますの』


 父親の質問には答えず、無言で父親の背後でモジモジしている楓花に目で助けを求める。クロエと目が合った楓花はクロエの意図を理解し、クロエの代わりに父親に話かける。


「お、お父様……。クロエちゃんはこの世界の人ではなくて……。別の世界の人で……」


『おい! バカ楓花! 直球正直者! 何を言っていますの! そんな事この男が信じる訳ないですわ!』


 父親はクロエに厳しい目を向けながら、楓花に甘い口調で返事をした。


「ふーたんが言うのなら、パパは信じるよ。クロエちゃんは別の世界から来たんだねー?」


 そう言うと父親はクロエの肩に

 楓花はホッと一安心したように話を続ける。


「それでね、お父様。クロエちゃん、この世界に住むところがないの。だからね……。い、一緒に住んでもいいかな……?」


 父親はクロエの肩に手を置いたまま楓花に返事をする。


「もちろんだよ。クロエちゃんは別の世界から来たんだ。困っている事だろう。ふーたんの隣の部屋は空いていたね。落ち着くまでそこに住んでもらおうか」


 父親の一言に「お父様! ありがとう! 大好き!」と、楓花が父親の背中に抱きつく。


 父親は一瞬、顔を赤らめ体をビクッと反応させたが、相変わらずクロエの肩に手を置いたままだ。楓花の方を振り向きもしない。


「ふーたん、パパとクロエちゃんはがあるから部屋を出るね」


「うん! 分かった!」


 クロエは父親に肩を、廊下に連れていかれる。


 クロエは……。


 父親に肩を、ずっと蛇に睨まれた蛙のようになっている。

 クロエは体をガタガタと震わせている。呪縛を掛けられたように体が動かない。


 歴戦の猛者、クロエは生まれて初めて恐怖というものを体験している。

 生まれた時から恐れ知らずの性格のクロエ。

 155年の人生で初めて恐怖というものをした。


 ただクロエ自身、これまで恐怖というものを体験した事がなかったので、体が勝手に震え冷や汗が止まらない原因が、恐怖だということが分からない。クロエの直感だけが本能的に、父親に肩をからしきりに逃げろと警告音を出し続けている。


 楓花の父親のクロエを見る目には、王の覇気どころか世界を支配する破壊神のような強大な威圧感絶対的暴力が宿っていた。顔つきも気品どころか阿修羅のような形相をしている。クロエは涙目になりながら必死に心の中で叫ぶ。


『ふ、楓花! た、助けてヘルプミー!!』







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