一方その頃1
「おわっ!」
「何が起きたの?」
「揺れたでござるよ!地震でござるか?」
「浮遊スル戦艦に地震はアリマセンヨ、サイラスさん」
次元戦艦の中でアルドとエイミは驚き、サイラスの推測をリィカが否定した。
時空を越えて過去や未来へ移動できるこの乗り物は自我を持つ合成生物でもある。よって振動の原因は本人(本艦)の口から告げられた。
「すまない。時空の歪みに煽られたらしい」
次元戦艦。合成鬼竜という名前を持つ存在は素直に謝罪した。
彼はアルドたちを乗せたまま時空を移動している最中だった。その際に小さく揺れる事はあったが、今回は彼らが危機感を覚える程大きく、その原因を短く説明したがアルドには意味不明だ。
「時空の歪み?そんなものがあるのか?」
「ナルホド。時空連続体の波デスネ」
汎用アンドロイドのリィカだけに意味が通じた。
「波って海の波みたいなものか?」
「ハイ、アルドさん。ピッタリの表現デス。時間と空間は常に微細な膨張と収縮が起きて海のように動きマス。時ニハ大波が起きる事もアリ、次元戦艦が煽られる事もアルノデス。更に詳細な説明を希望シマスカ?」
「……また今度頼むよ」
アルドはそう言って頭痛を回避した。
田舎村の自警団に過ぎない若者に量子宇宙論は敷居が高すぎる。時空を越えるとは本来なら神の領域。わずかでも理解するには驚異的な頭脳が必要だった。
彼が艦橋から外を覗くとごくごく長閑な平原と森が広がっていた。
「ここって俺の村のすぐ傍じゃないか?」
「ああ。時間座標がずれただけで空間座標は同じからな」
「また難しい言葉を……」
「要するにここは目的地だけど、少し時間がずれているってことでしょ?」
「そうだ」
エイミが要約すると合成鬼竜は肯定した。
「本来着く予定だった時間座標の1年ほど前になるな」
「1年前って……俺がまだ未来に飛ばされる前じゃないか」
アルドはそのころを振り返る。あの頃は未来で生きるエイミやリィカ、古代で生きるサイラスたちに出会っておらず、そもそも未来や過去に行くなどと思っていない。平和な村の警備隊の一人としてほどほどの人生を歩むと信じていた。
あれから1年。アルドの身には人間一人の身に起きるには大きすぎる事件と冒険がいくつも巻き起こり、現在もそれは続いている。
「合成鬼竜さん、時間座標をすぐに修正デキマスカ?」
「全ての機能に異常がないか確認する。しばらく待ってくれ」
「しばらくってどのくらいかかりそうなんだ?」
「万全を期すために最低5時間はかけたい」
「けっこう長いな」
「そう言うな。誤作動して百万年先の宇宙の彼方まで飛ばされて帰れなくなってもいいのか?」
「悪かった。しっかり調べてくれ」
百万年という途方もない時間や宇宙というイメージが良くわかっていないアルドだったが、途方もなく恐ろしい状況であることは伝わった。
「じゃあ、しばらくは暇ね。あっ、森が紅葉ですごく綺麗だし、ちょっと行ってみない?」
エイミの言う通り、森の木々は赤や橙に変化していた。
季節は秋。未来の曙光都市エルジオン出身の彼女には大自然の紅葉は新鮮だったらしい。
「紅葉狩りでござるか?風流でござるなあ」
「いや、サイラス。たぶん違うぞ」
アルドはエイミが見ている方向から目的を察して言った。
「秋の森は食料の宝庫なんだ。クロモモやミツリンゴがどっさり採れる」
「ああ、そういうことでござるか……」
「ちょっと!私を食いしん坊みたいに言わないでよ!」
「でも明らかにそっちの木を見てたよな?」
「……ふん」
ぐうの音も出ないエイミだった。
しかし、暇を持て余したアルドたちは1年早いバルオキー村近くの森へ散策へ出かける事にした。
合成鬼竜から外出した彼らがしばらく歩くとその足は落ち葉を踏み鳴らし、色とりどりの葉が彼らの目を楽しませた。その木になっていた赤い実を1つ採ったアルドは甘い香りを嗅ぐ。
「なによ。人を食いしん坊とか言って自分も気になってるんじゃない」
「食いしん坊なんて言ってないぞ。というか、その状態で言うのか?」
ミツリンゴをしゃくしゃくと皮ごと食べるエイミに彼はつっこみを入れたが、彼とサイラスも近くに腰を下ろして秋の味覚を楽しむことにした。アンドロイドであるリィカは食事をとる必要も機能もなかったが香気センサーというもので快楽に似たものを味わえるらしい。
「んー、美味しいわね」
「うむ。大自然の恵みでござるな」
「汚染サレル前の大地とは非常に素晴らしい物デスネ」
リィカとエイミは800年後の世界、サイラスはおよそ2万年前の時代に暮らしている。生きる時代が全く違っても果物の評価が同じであることにアルドは面白さを感じた。
「うん、今年……じゃなくて去年か。バルオキー村の畑も豊作で、果物もすごく美味かったんだ。フィーネがパイを作ってくれたんだけど、あれも良かったなあ」
「へー!私も食べてみたいわね!」
料理の能力が少し低いと思っているエイミは羨ましそうに言った。
少し低いというのは控えめな表現ではあるのだが。
「私もパイを作った事あるけど、あんまり美味くできないのよ。どうしてか焼き過ぎちゃうのよね。お父さんは『美味い美味い』って全部食べてくれたけど」
「ま、まあ、フィーネは料理が得意だからな」
「誰にでも特異不得意があるでござるよ」
「料理の失敗トハ主に調理法に無意味なアレンジを加エル事が主な原因と言われてイマス」
「ああ、確かにやっちゃうわね。材料の量や火加減って自己流になっちゃうの」
雑談を始めたアルドたちだが、その耳に微かな音が届いた。
楽器を鳴らすような高い声だ。
「あれ?今、何か聞こえたか?」
「私も聞こえたわね」
「拙者もでござる」
「音声解析シマス。この音声は……フィーネさんに酷似してイマス」
「え?」
妹の声と言われたアルドの表情が怪訝なものになった。
「なんでフィーネが森に……ああ、誰かと果物狩りに来てるのか?」
「不明。しかし非常に緊迫した状況と思われマス」
「なんだって!?」
「あっ!待ってよ、アルド!」
アルドは果物を放り出して声がする方向へ走り出し、仲間もそれを追いかける。
今が1年前の世界である事など彼の思考にはない。
「待ってよ、アルド!」
「拙速は禁物でござる!」
「落ち着いてクダサイ、アルドさん!」
仲間の静止に効果はなく、彼は妹の非常事態に気が気ではない。
しばらく走るとゴブリンたちの群れを目撃した。茂みの中を棍棒でつついて何かを探している。それが妹ではないかとアルドはすぐに察した。
「まずい!フィーネを助けないと!」
「待ってクダサイ、アルドさん!ここは1年前の世界デスヨ!」
彼に追いついたリィカが言った。
アンドロイドが一時的に引き離されたということは彼が韋駄天のように走った証拠だ。
「それがどうし……え?1年前ってことは……」
「これは過去の出来事デス。フィーネさんの命が失ワレル可能性はアリマセン。ソレナラ未来のフィーネさんは存在しないはずデス」
そう説明された彼はまだ混乱していた。
確かにここは過去の世界で、フィーネがゴブリンに殺されたり怪我をしているなら未来のフィーネにそれが反映されているはずだ。しかし彼女がゴブリンに襲われて負傷したという事実はない。では、今、目の前で起きていることは何なのか。
「あっ!そういえばフィーネに聞いたことがあるぞ!」
「え?何を?」
エイミが怪訝な顔をするとアルドは妹から聞いた話を早口で喋り出した。
「フィーネは森で魔物に出会って覆面の冒険者たちに助けられたことがあるらしい!それって今日の事じゃないか!?」
「覆面の冒険者?なにその怪しい連中?」
「この時代の冒険者は覆面をするのでござるか?」
「いや、俺も変な話だと思ったけど、フィーネは嘘をついたとも思えないし……」
「ナラバ、フィーネさんは今から覆面の人々に救助されるはずデスネ」
リィカの言う通り、これが確定した過去の出来事ならフィーネは必ず何者かに助けられることになる。この場に現れるはずの謎の覆面冒険者たちはまだかとアルドたちは周囲を見渡した。
「そんな気配はござらんが……?」
「そんな連中、本当に来るの?」
「わからないよ!でもフィーネは助かるはずだろ?」
「アルドさん、その人たちの特徴を教えてクダサイ」
リィカの目の光がチカチカと点滅した。
情報解析を高速で行っている時の特徴だった。
「え?ええと、紫の布で顔を隠してて男2人と女2人だったっけ……」
「4人もいるの?」
「剣士やハンマー使いがいて、拳で戦う人もいたと言ってたと思うけど……」
「それらしいものは見えぬでござる」
「……ナルホド!理解シマシタ!」
リィカは収納していた紫色の布を取り出した。
「リィカ、それで何する気だ?」
「アルドさん、そしてエイミさんとサイラスさんもスグニこれで顔を隠してクダサイ!」
「は?」
「覆面集団はおそらくワタシたちの事デス!未来のワタシたちが過去のフィーネさんを救助スルことは既定路線の歴史!ワタシたちがフィーネさんを助けないと未来の歴史が改変サレマス!」
「なんだって!?」
アルドの頭は混乱するどころではなかった。
もちろんエイミとサイラスも同様だ。過去を身勝手に改変させないために彼らは戦ってきたのに自分たちが過去を変える事が歴史の一部と言われれば何が悪い改変なのかわからなくなる。しかしリィカは仲間たちを急かした。
「急いでクダサイ!歴史が変わるとワタシたちの存在も消えマス!」
「ええ!?」
「仕方ないわね!みんな、早くして!」
「この頭巾、拙者にはやや小さいでござる!」
こうしてアルド一行は紫頭巾で顔を隠した集団と化し、ゴブリンたちに挑んだ。
「待て!ゴブリンども!」
「女の子を追いかけ回すなんて恥を知りなさいよ!」
「拙者たちが相手でござる!」
「コンバット・モード起動!」
アルドの妹を救うために彼らは戦闘体勢に入ったが、それを見たゴブリンたちは別の意味で動揺していた。
「ゴブブ!」
「お前らは何者でゴブ!?」
「怪しい奴らゴブー!」
布で顔を覆った怪しい奴らと思われているのは無理もないことだが、魔物に怪しい奴呼ばわりされるアルドたちにはやりきれないものがあった。
「俺たちは……いや!そんな事はどうでもいい!素直に立ち去ればお前らには何もしない!」
「大人しく森の奥でキノコでも食べてなさい!」
「つまらぬものを斬りたくないでござる!」
「撤退か投降をお勧めシマス!」
妹にあまり残酷な場面を見せたくないアルドは可能なら戦闘なしで済ませたかった。しかし相手は魔物なのでそんな願いは通じない。
「やっちまうでゴブー!」
かくして戦闘は始まったが十秒足らずで終わった。ゴブリンたちは棍棒を振り上げて彼らに襲い掛かり、アルドとサイラスは剣を、エイミは拳を、リィカは圧縮収納していた巨大な戦槌を振るって彼らの武器と骨の何本かを破壊したのだ。鎧袖一触となったゴブリンたちは捨て台詞を吐いて逃げ去り、アルドは胸をなでおろした。
「おーい!もう出てきても大丈夫だぞ!」
彼は人の気配がする藪の中に呼びかけ、そこから草まみれのフィーネがゆっくりと出てきた。
「あ、危ない所を助けてくれてありがとうございました!」
怪我もなく、深々と頭を下げる礼儀正しい妹にアルドは満足したがどうしてこんな場所に一人で来たのか長々と説教せずにはいられなかった。
「その辺にするでござるよ、アル……ゲフゲフッ!」
サイラスが思わず口を滑らしそうになった。
フィーネは自己紹介をした後に彼らの名前を聞き、アルドたちは偽名を使う必要に迫られた。
「アル……ア……ル……ル……アールダー!」
「えー?」
もう少し捻ればいいのになぜ本名に寄せたのか。
エイミがそんな風に呆れた表情を作ったが、彼は妹に聞こえないよう小さなささやきで反論した。
「フィーネからそう名乗ってたと聞いたんだよ。文句は未来の俺に言ってくれ」
「未来のあなたも同じアルドじゃないの?」
「そういうエイ……お前はどうなんだ?」
「え?私は……エ……エミリアよ!」
エイミも大して捻った名前を考えられなかった。
それを誤魔化すように彼女は残りの2人にも自己紹介させる。
「ほら、皆も自己紹介して!」
「むむ?拙者は……名乗るほどの者ではござらん」
「逃げたわね、サイラス……」
「ワタシはアキールと申しマス」
「アキールって?」
リィカの偽名を思わず聞き返してしまったアルドに彼女は小声で答えた。
「リィカという発音を逆再生するとそうなります」
「へえ……」
咄嗟に偽名を考え付くリィカに彼は感心したが、そんな彼らを他所にフィーネは彼らが何者でどうしてここにいるかを聞いてきた。
「あの、皆さんはどうしてここに?どういう方々なんですか?」」
「俺たちは……その……通りすがりの冒険者だ!」
アルドは未来のフィーネから聞いた、つまり未来の自分たちが言ったという身分を名乗った。
「そうだよな、みんな!」
「え?ええ!そうよ!私たちは通りすがりの冒険者ね!」
「然り!たまたまこの森を通りかかったのでござる!」
「ハイ。ワタシたちはアナタと何の関係もアリマセン」
彼らは口々に冒険者であることをアピールした。
三文芝居であることは否めないが、素直なフィーネはあっさりとそれを信じてくれたらしい。アルドは安堵しながら彼女を村まで護衛しようと決めた。
「君はバルオキー村の住人なんだね。じゃあ、村の近くまで送ろう」
「私、お金を全然持ってなくて……」
律儀なフィーネは護衛する報酬について考え、そして彼女にできる解決法を思いついた。
「そうだ!私の村でせめて料理を食べていってください!」
「え!?そんなことしたら大変な事に……」
「いや!待ってくれ!」
エイミの言葉をアルドは静止した。
バルオキー村に行けばこの時代のアルドと出会うのではないかという当然の疑問を抱いたエイミだったが、アルドはフィーネに聞こえないように仲間と話し合った。
「ちょっと、アルド。どうするの?」
「早く別れた方がよいのではござらんか?」
「違うんだ。フィーネの話だと覆面の冒険者は村に来てフィーネの料理を食べたらしい」
「えー。村に行っちゃうの?この時代のアルドに会ったらまずいでしょ?」
「大丈夫だ。この時、俺は湿原の方に出かけてて覆面の冒険者とは会えなかったんだよ。その時の俺は残念だと思ったけど、今の俺にとっては都合がいい」
「ややこしい言い方ね」
「ならば村に行って問題ないでござるな?」
「村へ行ってよいのデハナク、行かなければ歴史が変わってしまいマス」
「そういうことだ。俺たちは未来の俺たちがやったことを同じように真似しなきゃいけないんだ」
「ねえ、未来の私たちはなんですぐに合成鬼竜に帰らなかったのかしら?」
「ソレは未来の自分に聞いてみるしかアリマセン。デスガ、結局ソレは自分自身でもアリマス」
「考えると頭が痛くなってくるな……」
「私もよ……」
「拙者も混乱してきたでござる……」
全員に頭痛をもたらした奇妙な体験はまだ終わらない。
こうしてアルドたちはフィーネに連れられてバルオキー村へ行くことになった。
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