フィーネの冒険記
M.M.M
日記1
今日、私はバルオキー村近くの森へ出かけました。
秋はクロモモやミツリンゴがたくさん採れるので私はそれを使って特製のパイを焼くつもりでした。アルドお兄ちゃんやお爺ちゃんもあれが大好きで、ご近所にもおすそ分けするだから何個作ろうかなと考えていました。
でも、森の食べ物を欲しがるのは人間だけじゃありません。獣や魔物たちも美味しい木の実や果物を目当てにやってきます。だから警備隊の人たちと一緒に行くべきだったんですけど、お兄ちゃんを含めて自警団の皆はカレク湿原に増えた魔物の討伐に出かけていました。
私は森を甘く見ていました。獣や魔物は自警団や王都から来る討伐軍を怖がってるから森の端っこは大丈夫と思っていたんです。でも、何も知らなかった罰はすぐにやってきました。私はどんどん森の深い所へ行き、そこでゴブリンと遭遇してしまいました。
「ゴブ?」
「ゴブブ?」
手に大きな棍棒を持ったゴブリンが5体いました。
お互いに出合い頭にきょとんとしましたが、彼らはすぐに恐ろしい目つきに変わりました。もちろん私はすぐに逃げました。走って走って、間違いなく人生で一番の速さで逃げて茂みの中に飛び込みました。
枝がチクチク痛かったけど、それどころじゃありません。ゴブリンたちの走る足音が近くまで来て止まりました。
「どこへ行ったでゴブ?」
「まだこの辺にいるはずでゴブ」
すぐ近くでゴブリンたちがそう言ったのを覚えています。
私は茂みの中で口を押さえていました。バクバクと鳴る心臓の音さえ彼らに聞こえるんじゃないかと思うくらい近い距離です。
「匂いがするでゴブ!」
1体のゴブリンが鼻をくんくんさせてから言いました。
ゴブリンは猟犬くらいに鼻が利くんでしょうか。彼らはゴフゴフと鼻を鳴らしながら周りを調べ始めました。
私は「これからは村から一人で出て行ったりしません。お兄ちゃんとお爺ちゃんの言うことをちゃんと聞きます。だから助けて下さい」と神様に祈りました。
ゴブリンたちが茂みを棍棒でつつき始め、私から2,3歩の距離まで来ると気が遠くなりました。あんな棒で殴られたら絶対に痛い。いっそ兵士の人たちが持ってる剣や槍の方が楽に死ねるんじゃないかと思いました。
その時です。あの人たちの声が聞こえたのは。
「待て!ゴブリンども!」
「女の子を追いかけ回すなんて恥を知りなさいよ!」
「拙者たちが相手でござる!」
「コンバット・モード起動!」
私が見たのはお兄ちゃんが入ってる村の警備隊でも王都の騎士でもなく顔を布の覆面で隠した人たちでした。助けてもらった私がこんなことを言っちゃいけないけど、その時はすごく怪しい服装と思っちゃいました。
「ゴブブ!」
「お前らは何者でゴブ!?」
そう言われた覆面の人たちは少し黙りました。
そしてお互いを顔を見ました。
「俺たちは……いや!そんな事はどうでもいい!」
先頭にいた剣士さんが大きな声で言いました。
「素直に立ち去ればお前らには何もしない!」
「大人しく森の奥でキノコでも食べてなさい!」
「つまらぬものを斬りたくないでござる!」
「撤退か投降をお勧めシマス!」
この人たちは私を守ってくれてるんだ。
そうとわかった私は彼らを応援したかったですけど、怖くて声も出ないし体も動きませんでした。
「ゴブブー!」
「舐めるなでゴブ!」
「やっちまえゴブー!」
ゴブリンたちは棍棒を振り上げて彼らに襲い掛かりました。
その直後にどんなことが起きたのかは私にはわかりません。怖くて目を閉じてしまったからです。怒鳴り声や硬い木が折れる音が聞こえて、しばらくするとゴブリンたちの悲鳴が聞こえました。
「ギエエエッ!」
「こ、こいつら強いでゴブ!」
「今は退却するでゴブー!」
「覚えておくでゴブ!変な連中!」
私が目を開けると逃げていくゴブリンたちの背中が見えました。
「弱い者いじめしてるから強くなれないんだよ」
「見逃すの?討伐しちゃば?」
「いや、むやみに殺生するのはよくないでござる」
「戦わず解決する事コソガ最大の勝利デス」
覆面の人たちはその気になればゴブリンを倒せたけど見逃したようです。
ゴブリンがどれくらい強いのかわからないけど、この人たちがもっと強いのは間違いありません。3人は剣や大きなハンマーを持っていたけど、女性の人は両手に籠手を嵌めているだけだったので私は驚きました。
「おーい!もう出てきても大丈夫だぞ!」
剣士さんがこちらに呼びかけました。
私はゆっくり茂みから出て最初にお礼を言いました。
「あ、危ない所を助けてくれてありがとうございました!」
「怪我はないか?」
剣士さんは物凄く心配そうに声をかけてくれました。
顔はわからないけど凄く優しい人だと私は直感でわかりました!
「はい、大丈夫です」
「よかった。でも、森の中に一人で入っちゃ駄目って言われただろう?」
剣士さんは少し怒っていたけど、それだけ私を心配してくれたということです。そういえばお爺ちゃんやお兄ちゃんに怒られる時もこんな感じです。
「ごめんなさい!森の縁なら大丈夫だと思ってたんです!」
「魔物と会ったことがないから仕方ないけどさ……」
「まあまあ。失敗して初めてわかることってあるじゃない」
「その辺にするでござるよ、アル……ゲフゲフッ!」
もう1人の変わった服装の剣士さんが何かを言おうとして突然咳き込みました。
東方から来た人に時々見かける服装をしてて、その手はどういうわけか緑色です。何かの病気なんでしょうか。
いろいろ気になったけど、私が誰なのかを説明しなきゃいけないと思いました。
「えっと、本当にありがとうございました。私、フィーネといいます。バルオキー村に住んでて木の実を取りに来てたんです」
「そうか。俺の名は……」
普通の方の剣士さんは名前を言いかけてなぜかやめました。
「アル……ル……アールダー!」
「えー?」
隣にいる女性の戦士さんが変な声を出しました。
どうしてかはわかりません。
「俺はアールダーだ!」
「それでいいの?」
「そういうエイ……お前はどうなんだ?」
「え?私は……エ……エミリアよ!ほら、皆も自己紹介して!」
「むむ?拙者は……名乗るほどの者ではござらん」
「ワタシはアキールと申しマス」
緑色の剣士さんは名乗らず、ピンク色の鎧とドレスを着た女性のアキールさんは不思議な声で言いました。
見慣れない服を着ているし覆面もしていたけど、私を助けてくれたからいい人に決まってます。
「あの、皆さんはどうしてここに?どういう方々なんですか?」
私はアールダーさんたちの身分を恐る恐る聞きました。騎士や貴族の人の前で平民はひれ伏すのがルールだと村で教えられていたからです。どうして顔を隠すのかも聞いてみたかったけど、聞いたらまずい事かもしれないのでやめました。
「俺たちは……その……通りすがりの冒険者だ!」
アールダーさんは職業を名乗りました。
一瞬悩んでた気がしたけど。
「そうだよな、みんな!」
「え?ええ!そうよ!私たちは通りすがりの冒険者ね!」
「然り!たまたまこの森を通りかかったのでござる!」
「ハイ。ワタシたちはアナタと何の関係もアリマセン」
アールダーさんたちはお互いを見ながら言いました。
冒険者。魔獣を討伐したり、遺跡に眠る古代の宝を目指して渡り歩く人々のことです。私の村にもときどき立ち寄る冒険者がいます。その時はどんな冒険をしたのか酒場で語ってくれて、私のお兄ちゃんみたいな男の子はすごく熱心に聞いてました。
そんな人たちがたまたま通りかかってくれるなんて今日の私はよっぽど運が良かったんだと思います。
「君はバルオキー村の住人なんだね。じゃあ、村の近くまで送ろう」
「ふふ……」
エミリアさんがちょっと笑ってました。
よくわからないけどこんなに頼もしい護衛を断らない理由はありません。でも、気になることがありました。
「私、お金を全然持ってなくて……」
村や都を移動する人はお金を払って護衛を雇います。
私が聞いた話だとけっこう高いと聞いていたんです。
でもアールダーさんは首を振りました。
「お金なんていらないよ」
「でも、それじゃご迷惑に……」
「気持ちだけで十分だ」
なんて親切な人なんでしょう。
冒険者は強いけどお金に汚くてすぐに使い果たしたり、荒くれ者が多いと聞いてましたけど、彼らはそんな噂とは全然違いました。
でも、それでは私の気がすみません。何かお礼が出来ないかと考えました。
私にできるのはせいぜい料理くらい。でも、冒険者の皆さんは携帯食ばかりでまともな料理を食べられないと聞いたことがあります。精一杯のご馳走を作ったら喜んでもらえるかもと思いました。
「そうだ!私の村でせめて料理を食べていってください!」
「え!?そんなことしたら大変な事に……」
エミリアさんが困ったような声で言いました。
私の料理を食べると大変なことになるんでしょうか。そんなに酷い料理じゃないのに。
「いや!待ってくれ!」
アールダーさんは仲間の皆さんと何かを相談し始めました。
私の料理なんて欲しくないと言われないか不安だったけど、少し待つと彼は優しい声で言いました。
「じゃあ、ご馳走になろうかな」
「はい!美味しいご飯を作ります!」
私は腕によりをかけて冒険者の皆さんの舌を満足させようと決めました。
幸い、秋の美味しい食べ物がたくさんあるので材料に問題はありません。頭の中でどんな献立にしようかを考えながら私は冒険者の方々に守られながらバルオキー村へ帰ったのです。
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