第四話「もう駄目だ! 逃げられない! 全滅だ!」

   

「やっぱり今日も、撤退戦じゃないか!」

 逃げるのに必死な中、若い騎士が不満の声を漏らす。

 昨日のゼダン隊長の勇ましい発言とは裏腹に、僕たちアルファ隊は、またしても退却を余儀なくされていた。

 もともとゼダン隊長を信頼していない新人騎士が多いせいだろうか。隊長が自らアルファ隊を率いても僕たちの士気は向上せず、むしろ昨日までよりも大きく前線を下げる結果になっていた。

 崖を背にするどころか、その中に逃げ込む形だったのだ。


「隊長! 敵軍が迫ってきます!」

 左右を切り立った崖に挟まれて、強い圧迫感のある退路だ。ただでさえ不安になる退却時に、後方から、悲愴な声が飛んでくる。魔法が炸裂する音や、剣と剣がぶつかり合う響きも聞こえてくるから、この状況で殿しんがりは、ケムラス軍と交戦しているらしい。

「安心しろ! これだけ狭ければ、敵も全軍では当たれん! 攻撃を仕掛けてくるのは、先頭の数人だけだ!」

 ゼダン隊長の朗々とした声が響く。

 アルファ隊だけでは、ガイデ将軍が率いるケムラス軍と比べて、人数的に不利。だが狭路に入ってしまえば、その戦力差も意味を持たない、ということだ。

 そう考えれば、圧迫感ある左右の絶壁が、むしろ心強い味方のように思えてきたが……。

「でもよう、『慎重将軍』が追ってきてるんだぜ? こっちを追い詰める自信があるからこそ、追撃を諦めないんだろ?」

 まだまだ心配そうな声が、周りから聞こえてくる。

 それが先頭まで届いたはずはないが、まるで部下の不安をかき消すかのように、再びゼダン隊長の大声が響き渡るのだった。

「わしを信じて、今は逃げることに徹せよ!」


 しばらく走り続けるうちに、少し開けた場所に出た。

 挟み込むような左右の絶壁がなくなり、視界が広がっただけで、本能的な安心感が僕の中に生まれる。

 しかし、そんな気持ちも束の間、

「隊長! 行き止まりです!」

 聞こえてきた声は、今までで最も切羽詰まった響きだった。

 第一印象の開放感を忘れて、僕も改めて現状を認識する。

 よく見れば、この場所は、少し広くなっているものの……。

 そこから先の道がなかった。


 三方を崖に囲まれた袋小路だ。

 アルファ隊の全員が入れるくらいのスペースがある。隠れとして使うならば、うってつけだろうが……。

 敵軍に追われている状況では、最悪だ!

 退路を間違えたに違いない!

 先頭に立って部隊を率いていたのは、ゼダン隊長その人だったのに!


「もう駄目だ! 逃げられない! 全滅だ!」

「嫌だ、死にたくない……」

「おかあさーん!」

 仲間たちの阿鼻叫喚で、騒然となる中。

 それらを上書きするかのように、ゼダン隊長の力強い声が鳴り響く。

「鎮まれ、鎮まれ! 狼狽うろたえるな、みっともないぞ!」


「心配するな! わしを信じて、そのまま進め!」

 もう彼に対する信頼はゼロだ。もはや恨みの気持ちしか残っていないが、今さら命令に反対したところで、どうしようもない。周りの騎士たちの動きに流されるがまま、その袋小路の広場へ入っていき……。

「よし! 全員、所定の位置についたな? 今だ! みんな目を閉じろ!」

 ゼダン隊長の言葉に応じて、彼の隣の従者が、合図の青旗を揚げる。

 その途端、僕たちは白い光に包まれた。慌てて目を閉じるが、それでもまぶた越しに眩しさが伝わるくらいの、強烈な光だった。

   

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