第三話「おいおい、それじゃ『泣いて愛人を斬る』の故事になっちまうぞ」

   

「なんで魔法使いを温存するんだろ。おかしいと思わないか?」

 野営地での食事タイムは、最前線の騎士にとって、貴重な休息時間だ。そんな時でも新人騎士たちは、ゼダン隊長に対する文句を平然と口にしており、「しっ! 聞こえるぞ!」と咎める者もいないくらいだった。

「温存というより、自分の周りに置いておきたいだけじゃないかな。ほら、魔法が使えるのって、女性騎士が多いから……」

「おいおい、それじゃ『泣いて愛人を斬る』の故事になっちまうぞ」

 そう言って笑うのは、入隊式のパーティーで目立っていた騎士だ。名前は知らないが、トミー同様、明るく陽気な好青年なのだろう。女性騎士云々の話を、冗談として笑い飛ばそう、というつもりらしい。

 だが、戦場で『泣いて愛人を斬る』を持ち出すのは、不吉ではないだろうか。女性に対する依怙贔屓は大敗に繋がる、という故事なのだから。

 彼らの間に嫌な空気が流れて、少しの間、会話が途切れた。その沈黙を破って出てきた言葉は、またゼダン隊長に対する采配批判だった。

「魔法使いの温存よりさ、俺は今の布陣の方が、理由わけわからないぜ」

「それは簡単だろ? ほら『背山はいざんの陣』ってやつだ」


 僕は会話に参加せず、距離を置いて聞いていただけだが、最後のくだりには考えさせられてしまった。

 なるほど、『背山はいざんの陣』という言葉が出てきたように、ちょうど僕たちの戦場も、切り立った崖みたいな山々を背にしている。ただし故事にあるような山壁ではなく、崖と崖の間を縫って進めるような道もたくさんあるので、完全な『背山はいざんの陣』ではないのだが……。

 だからこそ中途半端であり、これでは『背山はいざんの陣』のエピソードにあるような「部下たちに不退転の覚悟をいだかせる」という効果も期待できないはず。

 そもそも、わざわざ崖を背にして布陣するよりも、崖の上に陣取る方が良かったのではないか。『泣いて愛人を斬る』のクショバ山のケースとは異なり、周りを敵軍に囲まれるような地形ではないし、敵軍の人数だって、こちらを取り囲めるほど多くはないのだ。

 それこそ「高地から低地を攻めるは有利」という原則が当てはまる状況だろう。こちらが高地で睨みを効かせていたら、『慎重将軍』のガイデ将軍は、あちらの陣に閉じこもって攻めてこなかったのではないか。僕たちは今頃、無傷で安全に過ごせていたのではないか。

 僕は、そう思ってしまうのだが……。


「お前たち、今夜はしっかり休めよ」

 考え事をしていた僕は、見回りに来た上官の言葉に、ビクッとしてしまう。

 振り返って『上官』の顔を確認して、さらに驚いた。噂のゼダン隊長、その人だったのだ!

 新人騎士たちの不満は聞こえていなかったらしく、穏やかな表情を浮かべている。

「明日は厳しい戦いになるぞ。わしもアルファ隊と共に打って出る。遅れるなよ! いつも以上の奮戦を期待しておるからな!」

「はい!」

 指揮官直々の言葉に、身が引き締まる思いだった。

 同時に、チラッと考えてしまう。『明日厳しい戦い』ではなく『明日厳しい戦い』なのではないか、と。

   

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