第4章 ~僕とお姫様達の難題事件~

第4章-1

 姫萩さんと煌耶ちゃんに身体を支えてもらいながら、なんとか自分の部屋に戻ってこれた。実質、一人でも歩けるのだけれど、すでに心が折れてしまった。痛みっていうのは、やっぱり辛い。できるなら、もう一生味わいたくないものだ。


「ありがとう、姫萩さん」

「いえいえ、それでは私はこれで」


 そう言って姫萩さんはニコやかに去っていった。かっこいいな~。

僕を玄関で見かけた母さんはびっくりしていた。当たり前か。息子がボッコボコにされて帰ってきたんだもんな。慌てて父さんを呼びに道場へと向かっていった。そんな母さんとは違って、父さんはノンキに笑いながら僕の部屋へとやって来た。


「ドンドンと影守流の実績が出来ていくな。重畳重畳。これで一勝一敗か」

「いや、ちょっとは心配してよ……」

「そうじゃぞ、お父様。みやび君が死んでしまうかと思ったのじゃ」


 僕と一緒に煌耶ちゃんも抗議の声をあげてくれる。さすが煌耶ちゃん、優しいなぁ。


「そう簡単に死なんように息子を鍛えているから、安心していいぞ煌耶ちゃん。試した事が無いが、車ぐらいに撥ねられても大丈夫だ」

「そ、そうなのか!」


 いや、信用しないで煌耶ちゃん。嘘だから。死ぬから。それ、事故だからね。なんで所々で純粋なの? 人間がいくら鍛えたところで改造人間みたいな能力を手に入れられる訳ないじゃん。


「とりあえず、明日は病院に行っとけ」

「分かった。あ、父さん、この事は輝耶に秘密にしておいて」


 何もするな、と言われた手前、手を出してはいないのだが……ボコられたっていう事実を何となく知られたくなかった。なにせもう一つの武器を手に入れたのだ。暴力を受けたという証拠。今や煌耶ちゃんの携帯電話が伝説の武器にも思えてくる。


「……ふむ。では別メニューをやらしているとしておくよ。もしくは煌耶ちゃんとデートしてるとでも言っておくか。その状態でもちゃんと練習しとくんだぞ」


 そう言い残して父さんは部屋を出て行った。はいはい、分かりました。そう返事しておくけど、正直無理です。体中痛いし。


「練習? こんな状態でも何かやらねばならんのか?」

「まぁ、秘密の特訓。という訳でもないけど、精神鍛錬の一種だね」


 集中力をアップさせる訓練なので、身体が動かなくても充分に出来る。


「それより、どうする? 一応の証拠はあるけど……このままじゃ生徒会長とあのヤンキーが繋がっている証拠とか無いよね」


 黒幕が生徒会長だという証拠を見つけなければならない。今のままでは証拠不十分だ。


「その事なら抜かりは無い。すでにムーンゲッターに連絡しておいた」

「は?」

「生徒会長、伊勢守剣座の監視と尾行じゃな」

「それ、凄く危ないんじゃ……」


 なに大規模に小学生を巻き込んでるんだ。しかも自分の親衛隊を私利私欲で使うとか、批判ものだよ、煌耶ちゃん。


「私の道徳感などどうでも良い。みやび君をこんな目に合わせた奴じゃ。それ相応の、いやそれ以上に痛い目にあってもらうつもりじゃよ」

「だからと言って、ムーンゲッターの皆様を危険な目に合わせるのはちょっと……」

「それなら心配いらん。必ず二人一組で動く様に伝えておるし、行き過ぎた行為や危ない目に合った奴は除名すると命じておる。小学生がチョロチョロと動いておっても、そんなに気にならんじゃろう」


 なんというか……用意周到ですね。ここまで信望するムーンゲッターの皆様はどれだけ煌耶ちゃんが好きなんだろうか。なんだか申し訳ないような気分になってくる。


「なんか煌耶ちゃんにお世話になりっぱなしな気がしてきた。少しばかり情けない気分だ」

「気にする必要はないぞ。みやび君がお姉様や私を守っている様に、私はみやび君を守る。それに、私自身は何の能力もない。私が使っておるのは、我が一族の財力と私を慕ってくれている人間じゃ。私自身は何にもしておらんよ」


 煌耶ちゃんは少し悲しそうに笑った。子供らしくない、大人びた表情。そんな笑顔は煌耶ちゃんに似合わないな、と思った。


「本当はみやび君を閉じ込めて、誰にも触れられない私の物にだけしてしまいたいのじゃ。そうすれば誰の目にも触れず私だけがみやび君を所有できる。生殺与奪の権利を私が握っている状態にしたいのじゃ。でも、我慢しておる。それは最後の手段じゃからな」

「すいません、その告白は滅茶苦茶恐いです。勘弁してください」

「冗談じゃ。英語で言うとアメリカンジョークじゃよ。私はこれでもワガママなお姫様。我慢などするはずが無いじゃろう」


 本当に冗談だったのか……? 悲しそうな顔のままなんだけどなぁ。


「そういう訳で、後の事は私とムーンゲッターに任せるが良い。生徒会長に人生の終わりを見せてやろう」


 殺し屋でも雇うつもりだろうか……恐ろしい……


「さすがに殺すのは」

「誰もそこまでやるとは言っとらんよ。まぁ、エリート様には似た様なもんじゃがな」


 かっかっか、と高笑いしながら煌耶ちゃんは僕の部屋を後にした。なんか、被害者なんだけど加害者になっていく気分がする。

でも、まぁいいか。

 生徒会長みたいな人間が輝耶に近づくのが納得できない。純粋な恋愛感情ならば文句は一つもない。それで輝耶が幸せだったら何の不満もない。

 だが、あいつは輝耶を利用しようとした。訳の分からない顕示欲みたいな物で、輝耶を悲しませるのは、許せない。それは、僕が輝耶の護衛だからじゃない。ただの友達であり、幼馴染だからだ。

 輝耶には、笑っていて欲しい。口を開けば残念なお姫様だけど。それでも、ゲラゲラと笑っている方が輝耶らしいのだ。


「まぁ、でも……僕の出番はここまでか」


 ボコられる事によって、犯罪の記録はとれた。あとはアツシとか呼ばれてた奴と生徒会長が繋がっているところさえ掴めればオーケーだろう。それを証拠として突き出せば、もう悪さは出来ないだろうね。


「そういう意味では、護衛らしく身体を張って守れた訳かな」


 ズキズキと痛む身体が、なんだか勲章にも思えてきた。なんだかマゾっぽい思考なのであんまり良くないけど。父さんだったら、複数に囲まれても無事に切り抜けられそうだし。ちびっこ達と戯れているのとはまた違った感覚だった。そもそも実戦だしね。


「……」


 あとは右足かな。また痺れていた。今度は輝耶でも何でもない相手だっていうのに。何の縁もない不良共だというのに、ビビった様に右足が動かなかった。


「はぁ……」


 大きくため息を吐く。また今回みたいに実戦が待っているかもしれない。もう、二度と実戦なんて無いかもしれない。それでも、右足の痺れは乗り越えないといけない。肝心なところで動けなくなっては、意味がない。

 このままじゃ、誰一人として守れない。


「…………ふぅ」


 気合いを入れる様に、僕は眼を閉じた。今は父さんに言われた練習をする事しか出来ない。いつか、影守流を完璧に修めるまで頑張るしかない。


「よし」


 短い呼気と共に集中を開始した。無音と無色の世界が広がる。まだ十秒かかっている。父さんは瞬時に入れる。まだまだ遠い目標だ。

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