第3章-7

 それから幾日かが経った。雷は徐々に元の元気を取り戻していったみたいで、彼氏彼女を探すぞ、と意気込んでいる。それはそれでどうなの? とツッコミを入れたい気分ではあるが、元気になったんだしまぁいいか、とスルーしておいた。

 そんな平和な日々を、ただ日常の様に過ごしていった。

 しかし、平和なんて言葉は日本皇国において溢れている訳で。それが脅かされている諸外国の国では、毎日が危険な訳で。それと比べたら、鼻で笑われるかもしれないけれど。

 僕は割りと危険な目にあっていた。

 今は下校中で、今日は輝耶が部活で遅くなるという訳で煌耶ちゃんと共に帰っていた。自慢にもならない位の田舎道を二人で歩いていると、前から似つかわしくない集団が歩いてきた。どいつもこいつもニヤニヤと笑ってやがる。

 明らかに不良アピールをする金髪ロン毛を先頭に五人程。辺りに民家が無い場所で、下校する生徒も僕達だけ。絶好のシチュエーションという訳だ。あぁ、畑仕事に向かうお爺ちゃんとか通らないかな~。警察に今すぐ連絡してほしい。

 僕、これからボコられます。

 これ絶対にそういうシーンだよね……


「おう、お前がマサか」

「あ、いえ、ミヤビって読むんですけど……」

「は? 嘘言ってんじゃねーよ!」


 相手の年齢は高校生くらいか。たぶん、というか絶対に生徒会長関連だ。いわゆる『回し者』というやつだろう。分かり易い脅しで助かるけど、物理的過ぎて困る。


「み、みやび君、え、えっと……」

「おう、ちっちゃいのはいらんわ。やっぱ女は二十後半だろう」

「相変わらず熟女好きだな、アツシは」


 そういって、ゲラゲラと笑うヤンキー集団。なるほど、リーダー格の金髪ロン毛はアツシという名前か。煌耶ちゃん、覚えておいてね。それにしても、アツシがロリコンじゃなくて助かった。シッシと手を払うジェスチャーに逆らわず、煌耶ちゃんは少し離れる。


「あのさぁ、俺らお前をボコれって言われてんの」

「誰からですか?」

「んなもん言える訳ねーだろうが!」


 振り上げられた拳を左手で受ける。父さんの突きに比べたら、めちゃくちゃ遅い。簡単に受ける事が出来た。でも、そんな腕とは関係なく右足がジンジンと痺れてくる。ガクガクと震えないだけマシか。まだ輝耶を蹴り飛ばした後遺症が治ってないらしい……


「お、生意気~」

「いやいや、なんで殴られるんですか? 条件を教えてくださいよ。例えば、お金くれとかあるでしょ」

「おっ、持ってんの、金?」

「いいえ」


 シレっと答えて笑ってやった。今度は腹に向かって殴りかかってくるが、これも難なく受け止める。輝耶の蹴りに比べたら軽いものだ。


「てめぇ!」


 早くも金髪の堪忍袋が切れたらしい。器量の狭い男だ。そんな事では女にモテないぞ、と内心で思いながら、拳や蹴りを裁いていく。その間もジンジンと右足は痺れ、上手く動けなくなってきた。


「おら!」


 金髪ロン毛アツシを見かねてか、他のヤンキーも参戦し始める。こうなったら僕はお終い。残念ながら影守流の多対一の戦闘技術をまだ習っていない。しかも、相手に攻撃してはいけないというハンデ戦で凌げる訳がなかった。

 後ろから肩の辺りを殴られ、前のめりになる。そのまま後頭部を殴られ、コンクリートへと倒れた。痛い。道場の畳も痛いけど、コンクリートってもっと痛いんだな。


「なんだ、弱いじゃねーか」


 ゲラゲラと笑い声と共に脇腹を蹴られる。やばい。痛い。どうする? 頭を守るか、それとも内臓を守るか。


「ぐえっ」


 変な声が出た。どうやら頭ではなく、身体を狙って蹴るらしい。じゃぁ、身体を丸めるしかないか。意外とボッコボコにされてるのに冷静なんだな、僕。


「おらおら!」

「ぎゃはははは!」


 痛い。なにか身体の中に鉄を埋め込まれて、それが熱せられている様な錯覚。あちこちから蹴られ、痛みがどこなのか分からない。ただ、苦しい。段々と息がし難くなってくる。やばい。助かるのか。いつ終わるのか。もう、やめてくれ……


「も、もういいのではないでしょうか? このままじゃみやび君が死んでしまいます!」


 煌耶ちゃんの敬語が、何とか僕の耳に届いた。危ないよ煌耶ちゃん、と声を出したかったけれど、詰まった息を吐くのが精一杯だった。


「ん? あぁ、殺しちまったらヤバイよな。輝かしい栄光の記録になっちまうぜ」


 アツシの言葉にゲラゲラと笑い声が起こる。


「うし、こんなもんでいいだろ。楽な儲け話だよな~」


 ようやくヤンキー共の足が止まった。助かった。死なずに済んだ。神様じゃなくて、煌耶ちゃんに感謝しよう。うん。


「じゃぁな、マサ。またボコりに来るかもしれんから、金用意しとけよ」


 ひひひ、と下品な笑い声を残し、ヤンキー達は離れていった。ここまで徒歩で来たんだろうか? だったらご苦労さまだ、まったく。


「み、みやび君、大丈夫か? 生きてるか? 死んでおらんよな? な? な?」

「……うん」


 なんとか返事をして、仰向けになった。空と共に涙を浮かべる煌耶ちゃんが目に入る。


「……と、撮った?」

「ば、ばっちりじゃぞ。全員の顔とみやび君がボコボコにされとる様子、全部撮れたぞ」


 煌耶ちゃんは自分の携帯を僕に見せる。いや、画面を見せてくれないと意味ないけど。まぁ、気持ちは分かるのでツッコミは止めておこう。

 とりあえず、これで犯罪の証拠はバッチリだ。警察に持っていったら、何とかしてくれるだろうね。日本皇国の警察は優秀だ、ってテレビで見た事がある。


「きゅ、救急車を呼ぶ?」

「いや……とりあえず家に帰りたい」


 分かった、と煌耶ちゃんはどこかへ電話し始めた。車を呼んでくれているみたいだ。こんな時、お金持ちの隣人の存在というのはありがたいよね。お金持ちの隣人のせいでこんな事になっているという事実は置いておいて。


「すぐ来てくれるそうじゃ。そ、それまでは、私の膝枕でも楽しむが良い」


 なに涙声で訳の判らないサービスを展開させてるんだ、この小学五年生。まぁ、身体を動かす気が全くないので、煌耶ちゃんの好き放題させてあげる。

しばらく待ったら、前にお世話になった姫萩さんがやってきた。今日は大きめの車で、寝転がるスペースは充分にある。車のチョイスが完璧だ。

 あぁ……それにしても……


「膝枕って、クセになりそう……」

「私もじゃ」


 僕と煌耶ちゃんに変な性癖が付いたかもしれない。

 許すまじ、生徒会長……!

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