第4章-2
翌日、朝から病院へ行って検査してもらった。輝耶には風邪気味という事にして誤魔化したんだが……
「あぁ、みやびってバカじゃないもんね~」
という良く分からない答えが返ってきた。バカは風邪をひかないと言いたいんだろうけど、普通にお大事って伝えられないものかなぁ。だから口を開けば残念お姫様、なんて呼ばれるんだ。
まぁ、嘘というものはいずれバレる物、という覚悟でもって僕は病院で長い待ち時間を過ごした。ちなみに、医者への説明は盛大に階段から転げ落ちたという事にしておく。ほら、金髪ヤンキー共にボコボコにされました、なんて言ったら警察に通報されるかもしれないし。まだ通報されるには早い。生徒会長との繋がりをムーンゲッターの皆さんに発見してもらうまでの我慢だ。それから生徒会長を脅迫でもして、金髪アツシ君達は補導してもらおう。
なんとか午前中に検査が終わって、異常なしという結果が出た。半信半疑だったけど、本当に鍛えられてるんだな、と改めて思う。後はアツシ達の暴行が胴体に集中していた事。恐らく、顔はバレるからという生徒会長からの命令でもあったのだろう。脳に異常が無いのはやっぱり良かった。頭の中がおかしくなってなんて、本気で恐ろしい。
「やってて良かった影守流、かなぁ」
影守流は小さなお子様から主婦、更には社会人のおじさん達も習っている。運動不足解消や護衛の為という名目が多く、みんなスポーツ感覚だ。そんな中、一番弟子である僕だけは正当に練習を受けていた。他人よりも多くね。
「マジで車に当たっても大丈夫なのか……?」
いやいや、まさか。もし車に撥ねられたのなら、父さんだったらこう言うだろう。車なんかに当たるなんて練習不足もいいところだな、ってね。こと速さに置いては、影守流の見せ所。車なんかに当たっている場合じゃない。
父さんとマンツーマンで行っている修行は、そう言ったものを超越する事。一応は出来るんだけど、完璧とまではいかない。実質、未だに父さんの足元にも及んでいない。
それでも。そんな現状だとしても、まぁ楽しいからいっか。なんだかんだ言って練習というか身体を動かすのが好きだし楽しい。影守流ではなく、別のスポーツを、と言われても球技は苦手。だから影守流が僕にピッタリなんだろう。さすが、一番弟子なだけはある。と、自画自賛しておこう。おっと、僕の生きる道標は品行方正か。
「慢心はいけないな。満身創意だっただけに」
なんちゃって。学校前でそんな事を呟いたが、さすがの煌耶ちゃんもツッコミには現れなかった。仮に現れたとしたらストーカーレベルで監視されているので、僕の持ち物に発信機が仕掛けられている可能性がある……あぁ、なんだか今すぐ鞄をひっくり返して調べたい衝動に駆られたが、我慢しておこう。絶対に気のせいだから。そうに違いないはず。
半ば無理矢理自分に言い聞かせる様にしてから、消失へと向かった。
「おはようっス」
すでに給食の時間も終わり、お昼休み。重役出勤とからかわれながらも自分の席へと座る。教室に雷の姿は無かった。いつも通りといえばいつも通りなんだけど、なんとも不安が募る。
「遅い登校ね、バカ」
「朝はバカを否定してくれたのに、なんて言い草だ」
一人ぽけ~っと座ってた輝耶がニヤニヤと声をかけてきた。たぶん、寂しかったんだろうな。輝耶にも友達は居るものの、その一族の特殊性から親しいとまでは中々いかないらしい。ただでさえ苗字が無い上にお金持ちだからね。一般庶民とは感覚が違うんじゃないか、と言われる事もしばしば。
「風邪はどうだったの?」
「大した事ないって。薬も貰ってきたし、すぐに治るだろ」
鞄から薬の袋を出して見せてやる。中身は痛み止めの薬だけど、白くいかにもな袋を見れば疑いはしないだろう。
「雷は?」
「いつものお散歩。もしかしたら告白を受けているのかもね」
「あぁ……そうかも。雷蔵は女子と付き合ってる方がいいのかもしれないな」
「百合って奴ね。美しい美少女同士の禁断の愛。う~ん、絵になるわ」
見た目は美少女同士でも、片方は男なんだけどな。というか、雷レベルの女子が居るんだったら、すでに学校中の話題になっているはず。残念ながら今年の一年生に逸材は存在しないらしい。クラスメイトの男子諸君達からの情報だ。間違いは無い。
ちなみに三年生ともなると、すでに彼氏彼女の事情となっており、僕達二年生の出る幕じゃない。まぁ、三年の先輩と付き合ってる女子とかの話は良く聞くけど。逆の三年の女子と付き合ってる男子、という話は聞かないな。
「卓遊戯部の部員でも紹介してやったらどうだ?」
「え~。う~ん、ダメね」
「どうして?」
輝耶は少しばかり考えた風を見せたが、すぐに否定した。
「卓遊戯部の人って、みんな変な人ばっかりだし。雷には合わないと思うわ」
「あぁ……なるほど確かに」
何度かお邪魔して一緒に遊んだけど、確かに個性的過ぎて雷には合わないなぁ。まぁ、その個性的過ぎるメンバーの一員に輝耶も含まれているという事は言わないで置く。無駄に蹴られるだけだし。
「そういや、輝耶は誰かいないの?」
「私?」
自分を指差してキョトンとしている。そういや、あんまり輝耶と恋愛話なんかしないな。幼馴染でずっと一緒だったから、お互いの事をほとんど知っている。なので、あんまり聞いた事がなかった。
「いやぁ、全然ないわ。あれあれ、生徒会長の事も気付いてなかったぐらいだし」
輝耶は言ってゲラゲラと笑った。照れ隠しとかそんなんじゃなくて、本気で笑っている。なんというか、もうちょっと落ち着いてくれれば、もうちょっと清楚な雰囲気を出してくれればモテると思うんだけどなぁ。
「生徒会長以外に、話しかけてくる男子とかいないの?」
もしかしたら気付いてないだけかもしれない。何か切欠でもあれば輝耶も意識するんじゃないだろうか。
「男子ね~。う~ん……みやびぐらいしか居ない……」
その返答に、僕はガックリと肩を落とすしかなかった。なんだろうな、こう身内に物凄く魅力が無いというのは、残念というか何というか……微妙な気分になる。
「いいのよいいのよ、大学生くらいで素敵なレディになる予定なんだから!」
「高校生くらいからにしてくれ。というか来年からでもいい」
大学生デビューじゃ手遅れかもしれないし。
「はいはい、分かったわよ。モッテモテになって言い寄ってくる男と全員付き合ってやる」
「なんだそのビッチ宣言」
「誰がビッチだ!」
「お前がだよ!」
いつも通りな、いつも通りじゃない様な、そんな話をしていたところ、校内スピーカーからチャイムではない、ピンポンパンポン、とリズムが鳴った。
『伊勢守剣座くん伊勢守剣座くん、生徒指導室まで来なさい』
繰り返す、という言葉と共に何度か生徒会長の名前が呼ばれた。生徒会長が教師に呼び出される事は珍しくない。しかし、いつもは職員室なのだが今回は生徒指導室だ。僕も連れて行かれた事があるが……あそこはいわゆる怒られる部屋。そんなイメージを抱かせるぐらいにシンプルな部屋になっている。なにせ机と椅子しかないのだから。
他の生徒達は気にした様子はない。そもそも生徒会長の名前を覚えているのかどうかも怪しい。僕と輝耶だけが何だろう、と首を傾げた程度だった。何があったのか、ぐらいに思っているとポケットの中で携帯電話が震えた。
携帯電話を取り出し、確認する。差出人は煌耶ちゃん。件名は何もなく本文を開いてみた。内容は酷くシンプルで、
『勝ったぞ』
その一言だけ。しかし、添付ファイルが二枚あった。しばらくダウンロードタイムがあり、確認できる様になる。
「あっ」
そう、短く言葉をあげてしまった。それが失敗だった。
「なになに、どうしたの?」
輝耶が携帯を覗き込む。とっさに引っ込めるが、その行動が更に怪しく思えたのだろう。輝耶が意地でも僕の携帯電話を奪いにかかってきた。
添付された写真の一枚は僕が不良共にボコられている写真。僕は地面に倒れ伏しているので顔は分からないけど、親しい人物が見れば僕だって分かるだろう。あとはリーダー格のアツシの顔がバッチリと映っている。
そして二枚目。どこからどうやって撮ったか分からないが、アツシ率いる不良達と生徒会長が親しげに笑っている写真。しかも手にはお金が握られており、お金を渡していると想像できる何とも怪しい写真だ。場所は以前、輝耶がこっそりと行っていたゲームセンター。後ろから生徒会長が尾行していたあの場所で、取引らしきものが行われている。恐らく、昨日の夜の写真だろう。
因果関係は分からないけれど、とにかく生徒会長とヤンキーの繋がりを確実にする証拠だ。手は出すな、と輝耶に言われていただけにこんな物は見せられない。
「ダメだ。プライバシーの侵害だ」
「なにがプライバシーよ、一緒にお風呂に入ってきた仲じゃない!」
「そんな昔の記憶、忘れたよ!」
「いいからいいから! 照れないでお姉さんに見せなさい!」
「まだお前の弟になった覚えはねーよ!」
影守流の技を応用して掴もうとしてくる輝耶の腕を、僕も影守琉を用いて捌いていく。しかし、それは輝耶も充分に知っている技。応用に応用を重ねて対応してきやがる。だが、それもまた影守流だ。一番弟子たる僕がそう簡単に捕まる訳にはいかない。
そんな僕達をクラスメイト達は笑って応援し始めた。傍目には僕達がじゃれ合っている様にしか見えないらしい。これでも高等技術の応酬をしているんだけどね。
「おうおう、また痴話喧嘩か。ほどほどにしとけよ~」
「待て待て! そんな場合じゃねー!」
僕は叫ぶが誰も助けてくれなかった。所詮、クラスメイト達との友情もこれぐらいか。真なる友人とは、友のピンチに無償で駆けつけてくれる、そんな正義の味方めいた存在なんだ。って、思っている暇も輝耶が攻めて来る。助けて! 割とマジでピンチ!
「諦めなさい、みやび!」
「嫌だ!」
そんな風にして攻防を繰り返していると、ピピピという電子音が聞こえた。誰か携帯電話のマナーモードの設定を忘れていたらしい。でも、ちょっと異様だった。その電子音を切欠に、次々とクラスメイト達が携帯電話を取り出す。時には携帯電話の震えるヴーヴーという音が重なり聞こえた。
「な、なに?」
「……さぁ?」
さすがの輝耶もこの状況に手を止めた。学校中の全ての生徒にメールが届いたかの様な錯覚。窓から見える廊下でも、みんな携帯を見ていた。そして、にわかにザワめきが起こり始める。マジかよ、とか、ヤバクない、とか、そんな言葉を画面を見ながら呟いていた。
「あ……私のにも届いた?」
輝耶が携帯電話を取り出した。それと同時に、僕の携帯電話も再びメールを受信したらしく震えだす。
送り主は雷。内容は転送で送ったらしく件名が『生徒会長、闇の取引!』という、まるでゴシップ記事の様な、週刊誌みたいな名前が付けられていた。慌ててメールを開く。
『生徒会長は裏で不良と繋がっていた! 先日、丹南学園中学部のある生徒が不良達にリンチにあう。その証拠は添付された一枚目のシャメだ。そして、その不良に生徒会長がお金を渡すところが二枚目のシャメ。丹南学園のノーマル組生徒達よ、こんな生徒会長を許していいだろうか! 今こそ立ち上がり、アルファベット組の上から目線を叩き潰そうではないか!』
この内容を丹南学園の関係者に回してください、という最後の一文でメールは終わっていた。つまり、このゴシップメールは地域限定チェーンメールにされていた訳だ。問題は、これの発生源が確定していること。つまり、煌耶ちゃんだ。いや、煌耶ちゃんではなくムーンゲッターのみんなが送った可能性がある。この爆発的なメールの伝わりをみると、発生源が一つとは思えなかった。
そしてもう一つの問題点。
「これ……みやびでしょ」
輝耶にバレた事。僕が蹴られている写真がそのままなんだから、しょうがない。そりゃバレてしまう。輝耶がギロリと睨みつけてきた。
「…………」
僕は、いい訳も出来ず黙った。輝耶が静かに近づくと、もう一歩だけ詰め寄ってきた。まるで恋人同士みたいな距離にびっくりすると、輝耶が思い切り僕の体を抱いてきた。
「っいった!」
思わず悲鳴をあげてしまう。医者に見せて無事が確認されたところで、痛みまで完全に消えた訳ではない。痛み止めを飲んでいても、痛いものは痛い。僕の体は紫色に変色している訳で、やせ我慢しているだけなので、強く触られると痛い事が誤魔化せない。
「やっぱり……」
「……」
「どうして言ってくれなかったの! なんで!?」
ごめん、という言葉が浮かんだけれど、それは口から出て行かなかった。輝耶はそんな言葉じゃ納得しない。いや、何を言っても納得しないだろう。僕と煌耶ちゃんが嘘を付いた事には変わらないんだし。
いや、結果的に嘘になっただけだ。僕は、ここまでするつもりは無かった。煌耶ちゃんの暴走だ。いや、もしかしたら煌耶ちゃんじゃなくてムーンゲッターの誰かの仕業かもしれない。
とにかく、この結果は輝耶を裏切る事となってしまった事に違いは無い。
「私に任せてって言ったよね。どうしてこんな事になってるの……?」
「……昨日の帰りに写真で見た通り、集団でやられた。そいつらと生徒会長の繋がりを見つければ、全部解決すると思ったんだ」
「えぇ、そうね。それで解決するわね。他人の人生を壊してまでっていう方法だけど。私の話を全然聞いてなかった生徒会長も許せないけど、ここまでやっちゃうみやびと煌耶も許せない」
輝耶自身も生徒会長に働きかけをしていたらしい。輝耶の行動が遅かった訳じゃなくて、生徒会長が本物のバカだったという訳か。
「生徒会長が言ってたのよ。みやびが三田で遊んでるって。ゲーセンに入り浸って、変な奴らと遊んでるって。そんな幼稚な嘘に引っかかっちゃってたわよ。バカは私一人で充分なのに……」
時折、輝耶が三田に行っていたのはそういう理由だったのか。あわよくば、僕と輝耶の間に不信感でも植え付けるつもりだったんだろう。そういう根回しで僕を引き剥がす予定だったのだが、僕が輝耶を蹴り飛ばした事によって我慢が利かなくなったのか。
訳の分からない自尊心と、しょうもないプライドが引き起こした行動。つまり、ただの嫉妬心だ。あいつは、生徒会長は、ただの友達の、ただ隣に住んでるだけの、ただの幼馴染なだけの僕に嫉妬した。
馬鹿だ。アルファベット組のくせに、ただの馬鹿だ。素直に輝耶に好きと伝えていれば良かったのに。家柄なんか気にせず、好きと言ってやれば良かったのに。輝耶も馬鹿だからさ、素直に返事すると思うぜ。あんた誰? ってね。
「なんなのあんた達。なんで裏で動き回ってるの! この世で私に関係ない事なんて一つもないって言ってるでしょ! 全部私に、話してよ……!」
輝耶の素直で真っ直ぐな拳。いつもの癖で払いそうになるが、何とか手を止めた。ストンと軽く胸に当たる。それは全然痛くなかった。力も何も入っていない、ただの女の子みちたいな拳だった。
「……阿呆が」
少し目を伏せて、輝耶が言う。
「……この阿呆が!」
怒りに体を震わせて、輝耶が言った。
対して、僕は口を開いた。
「……どこで間違ったんだろうな。最初から全部、話してたら良かった」
「だから阿呆と言ってるの!」
「ごめん」
「謝るな! 謝る相手は、もういない!」
輝耶が叫ぶ。僕達が謝るべきなのは、誰だろうか? いま、人生が限りなく投了に近づいている生徒会長だろうか? でも、あいつは全ての元凶だ。自業自得で自縄自縛なのは間違いはない。
だったら、やっぱり……僕が謝る相手は輝耶しかいない。謝る言葉は何一つもっていないけど、輝耶に謝るしかない。
「ごめん」
「知らん!」
最後に、渾身の右ストレートが飛んできた。油断していた。本当に油断していたので、思いっきり顔面に食らって、思いっきり転んだ。幸い、机や椅子を巻き込まずに済んだので、大した事は無い。
「いてて……」
頬を押さえながら、輝耶を見る。彼女は……教室から飛び出す所だった。誰かが止めようとしたが、それを振り切って輝耶は出て行った。
あぁ……まったく、どうして。
「失敗したなぁ……」
そう呟くしか、僕に出来る事は無かった。
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