第1章-5

 授業が始まり、給食が始まり……と、新しい学年になってから日常が生まれ始めた頃。僕の生活パターンもある程度が固定されてきた。といっても、放課後の話だけど。

 多くの部活から勧誘を受けてはそれを断ってきた僕の放課後は、学校をウロウロする事だ。これは去年、中学部に入ってから始めた事なんだけどね。というのも輝耶が卓遊戯部という部活に参加したので、その終わりを待っているという訳だ。僕もたまに参加する事もあるんだけどね。卓遊戯という訳で、ボードゲームやTRPGをする部活。輝耶は特にTRPGが気に入っている。

 テーブルトークRPGという事で、別の誰かに成る事が出来る。というのが輝耶には魅力的に見えたらしい。やっぱりお姫様意外の何かになりたいのかもしれない。ちなみに僕は、演技とかまるで出来ないので接近戦の男の戦士をプレイするばっかりだ。


「お、影守。いたいた!」


 そんな風な事を考えていた放課後、ぼけ~っと廊下を歩いているとクラスメイトから声がかかった。え~っと、名前は何だっけ? まだ覚えてないや。


「ちょっとしたアンケートだ。誰にも見せるなよ。次は奥村に廻してくれ」


 そう一方的にまくしたてたクラスメイトはそのまま行ってしまった。バスケット部らしく、部活に急ぐそうで、引き止める暇もない。


「なんだ?」


 渡された紙は四つ折りにされており、僕はそれを遠慮なく開いた。そこにはデカデカと『二年一組女子人気投票!』と書かれており、女子の名簿の横に『正』のマークが並ぶ仕組みとなっていた。う~む、どうにも下品な企画ではあるが、興味がないとは嘘になる。これはジックリと観察してみようか。


「圧倒的じゃのぅ」

「ひぃ!?」


 背中から声がして、僕は思わず悲鳴をあげた。しかし、その声と言葉で背中の人物が何者かは瞬時に分かる。僕の後ろを遠慮なく取り、仙人みたいな言葉遣いは彼女しかいない。


「煌耶ちゃん……びっくりするじゃないか」


 小学部の授業もとっくに終わってるのに、まだ帰ってなかったらしい。まぁ、煌耶ちゃんとは一緒に帰る事が多いんだけどね。


「まだまだ甘いのぅ、みやび君。私に後ろを取られる様では私の命は守れんぞ」

「むぅ。精進します」


 僕が頭を下げると、彼女は僕の頭を撫でてくれた。


「しかし、みやび君のクラスは残酷な事をして遊んでおるのだな。女子が見たら泣く者もおるのではないじゃろうか?」

「いや、さすがに泣きはしないだろうけど……他言無用でお願いするよ」

「うふふ」


 う。煌耶ちゃんが純粋な瞳で僕を見る。卑怯なんだよなぁ。あの瞳で見られると断れない。なんというか、大人と子供を上手に使い分けている感じかな~。僕なんか大人に成れないっていうのに。それにしても、なにか無茶なお願いをされそうだ。


「私の口はそれなりに堅いので信用するが良いぞ、みやび君」

「僕次第なんだろうけど」

「うむ、良い心がけじゃ。まぁ、それよりもアンケートを見るが良い。圧倒的なのが一人おるじゃろ」


 彼女の言葉に、僕は紙を見た。あぁ、本当だ。一番下の人物が突出している。


「え~っと……七津守雷……雷蔵か……」


 僕は両手で顔を覆った。この複雑な人間社会を哀れ悲しむように、懺悔する様に顔を覆った。笑いをこらえているのか、涙をこらえているのか、僕自身も理解できない。ただただ、表情を誰にも見せない様に顔を覆った。


「どうしたみやび君。友人の躍進にむせび泣いておるのか?」

「いや、感情の整理が出来ないので、混乱してただけだ。もう大丈夫」


 という訳で、改めてアンケート用紙を見た。う~む、雷が半分以上の票を集めている。あとはチラホラとバラけており、二位の女子が三票という酷い結果だ。


「圧倒的だな、雷は。確かに美人だもんなぁ」

「私も憧れる美しさじゃしな。ところでお姉様には票が入っとるかのぅ?」


 どれどれ、と僕は名簿を見る。輝耶は、え~っと、一番上か。


「……ゼロだ」

「あははははは!」


 廊下で煌耶ちゃんがゲラゲラと笑った。まぁ、誰もいないから良いけど、お下品よ。せっかくの豪奢な着物も滑稽になってしまう。ランドセルを背負っている時点で滑稽なんだけどね。


「仕方がない。輝耶に一票入れてあげよう」


 同情票でもゼロよりマシだろう。カバンからシャーペンを取り出し、輝耶の名前の横に『一』と書いた。これで多くの女子より頭一つ飛び出した。次は奥村くんに廻すらしいが、恐らく出席番号の後ろから廻ってきているのだろう。そう伝えればいいか。


「それじゃぁいくぞ、みやび君」

「うん? どこへ?」

「今のままでは私の口は羽よりも軽い。ちょっとした重りを探しに行くのじゃ」

「あ、なるほど。で、その重りはどこにあるんだい?」

「今はどこにあるか分からないので、一緒に探してもらうぞ」


 そう言って煌耶ちゃんは歩き始めた。僕はそれを追いかける。


「何を探せばいい?」

「まぁ、もったいぶっても仕方がないので言うと、あずま君じゃ」


 雷に何か用事かな?


「ほれ、この前に話したじゃろう。あずま君自身、男子が好きなのか女子が好きなのか。良い機会じゃから、聞いてみようではないか」

「……マジで?」


 うむ。と、煌耶ちゃんは満足気に頷いた。いや~、それって結構な問題事だと思うんだけどな~。人生を左右しかねない質問じゃない? どうやら男子からは圧倒的な人気があるから良いのかもしれないけど。果たして雷は女子からどう思われているのだろうか。知りたい様な、知りたく無い様な。


「ちなみに私はあずま君に憧れておる。あんな美人になりたいもんじゃ」

「煌耶ちゃんは充分に可愛いと思うけど?」

「そうかのぅ。というか照れるではないか。公衆の面前で愛を確かめ合う程、私は成熟しとらんぞ、馬鹿者」


 煌耶ちゃんが嬉しそうに僕をバシバシと叩いた。イタイイタイ、と僕は悲鳴をあげるがもちろん嘘。ぜんぜん痛くないよ。うんうん。

 そんな感じで煌耶ちゃんと雑談しながらも下駄箱へと辿り着いた。まずは雷がまだ学校にいるのかどうかを確かめないといけない。雷も部活に参加してないから、もう帰っている可能性がある。普段はフラフラと校舎を散歩してる事が多いので、確立は七対三ってところかな。


「失礼するよ」


 一言謝ってから雷の下駄箱を覗き込んだ。そこにあるのは黒い学校指定の靴。上履きが無いところを見ると、どうやらまだ帰っていないらしい。


「では、あずま君を探すと同時に校内デートといこうではないか」

「はいはい、お姫様」


 差し出された煌耶ちゃんの手を僕は軽く握る。まだまだ小さな手だなぁ、なんて思いながら中学部校舎を歩き始めた。中学部のそれぞれの教室や音楽室、美術室などの特別教室を見て廻るが雷の姿は無い。代わりに吹奏楽や美術部に誘われてしまう始末だ。まぁ、美術部にいた奥村君に件のアンケート用紙を渡す目的もあったのだけれど。

 そんな風に校舎内をグルリと廻っても見つからず、今度は体育館やグランド方面を探して見る事にした。いわゆるギリギリで上履きでいける範囲。

 体育館へと続く廊下でグランドを見渡してみる。陸上部やらサッカー部、野球部の人たちが青春を謳歌していた。ちなみに僕は、どういう訳か球技が苦手だったりする。もしかしたらチームワークが必要な競技が苦手なのかもしれない。


「いないのぅ」

「う~ん、残されるのは……」


 体育館の中をちらりと覘き見る。バスケット部やバレー部がこっちでも青春を謳歌していた。しかし、雷の姿は見当たらない。となると……


「こっちかな?」


 いわゆる体育館の裏。絶好の隠れポイントで、それなりに秘密を保てるポイントだ。教師達もワザと気にしないんじゃないかな~って思われる場所。ときどき不良と呼ばれる前時代的な生徒がここでタバコを吸っているので注意が必要だ。

という訳で、僕は影守流の足運びを、煌耶ちゃんはお得意の気配断ちを使って体育館の裏へとまわる。当たり前の様に使ってるけど、凄いな煌耶ちゃん。足音ひとつしないのはどういう技術なんだろうか。今度教えてもらおう。

 ゆっくりと裏へとまわると、人の気配がした。複数ではなく少人数。どうやら不良達では無さそうなので僕はある程度の警戒心を解いた。煌耶ちゃんに向かって口元に人差し指を立てると、彼女も理解したのか頷く。僕達はそのまま静かに移動し、体育館の二階に繋がる階段の下まで移動し、そのまま階段の下に隠れる。ここなら、何とか話が聞けるかな? ちょっとした覗き行為に何だかワクワクする。もしかして探偵の才能とかあるんじゃないかな。浮気調査ぐらいならバッチリできそうだ。殺人事件は勘弁だけど。


「あ、あのっ! 来ていただいてありがとうございます!」


 少し緊張したかの様な女の子の声。僕はちらりと覗き見る。そこには二人の女子が居た。一人は少しばかり小さいらしく、中学部一年生かな、そんな風に適当な当たりを付けておく。そして、緊張した面持ちの小さな女の子の向こうに見えるのが僕達の探す人物だった。


「そんなに緊張しなくて大丈夫だから」


 雷は優しく微笑んで、女の子を落ち着かせた。


「ほほぅ、これは良い機会に巡り合ったものじゃ」


 僕のすぐ後ろにぴったりとくっ付いて煌耶ちゃんも覗き込んでいるらしい。彼女の息が首元に当たって少しくすぐったい。


「こらこら煌耶ちゃん。こういうのをデバガメっていうんだよ」

「亀というよりは狸な気分じゃな。しかし、他人の告白シーンなどテレビでしか見れないし、なによりこれは本物じゃ。後世の為に見ておくのも悪くない」


 山ほどラブレターをもらっているお姫様が良く言ったものだ。その台詞は僕が言いたいぐらいだが……まぁ、覗き見るっていう意見は合致しているので僕達はそのまま耳をすませた。


「あ、あの、わた、私、ずっと七津守先輩の事、素敵だなった思ってて」


 あわあわと女子生徒が言葉を綴っていく。そこに美しさはないけれど、可愛らしさがあって、一生懸命さが伝わってくる。


「も、もし、七津守先輩が女の子を好きなんだったら、よ、良かったら私と付き合ってもらえませんか……私、七津守先輩がずっと好きです!」


 おぉ~、言った。言っちゃった。告白だ。すげぇ。僕の耳元で煌耶ちゃんも、ほほ~、なんて声を漏らしている。やっぱりこういうシーンっていうのは素敵だなぁ。それを覗き見ている僕達は下種の極みだけれど。


「……ありがとう。あなたの気持ちはちゃんと受け取ったわ」


 雷が静かに微笑む。すごい大人びた顔だ。あんな表情も出来るんだなぁ……


「正直に言うと、私自身、男子が好きなのか女子が好きなのか分からないの。だから、そんな中途半端な気持ちであなたと付き合う事は出来ないわ……」

「そ、そうですか……」

「でも、あなたの言葉は嬉しかった。もしかしたら、私は心は女だけれど、女性を好きになるのかもしれない。それがあなたのお陰で少しだけ分かったわ」

「……はい」


 あ~、フラれちゃったか。そっか、雷自身、どっちが好きなのか分かってないのか。複雑なのは体だけではなく、心もそうだった訳か。


「うっ……っく。さ、最後に、ひとつおね、がいがありま、す」


 嗚咽交じりで、女の子が言う。


「ぎゅ、って抱きしめてくだ、さいっ」

「……うん」


 雷は優しく微笑んで、女の子を抱きしめた。おぉ、すげぇ。なんかドラマみたいだ。こんな事が日常的に繰り返されてるんだろうか。う~む、なんか僕だけ子供で置いていかれている気分だ。


「あ、ありがとござ、いましたっ!」


 最後に女の子は礼をすると、こちらに走ってきた。僕と煌耶ちゃんは慌てて身を隠す。泣いていた為、目を押さえながら彼女は走っていったので、バレずに済んだ。


「危ないところじゃったのぅ」

「いや、まだ油断は出来ないぞ」


 まだ雷が残っている。さて、向こう側に行ってくれればいいんだけど、こちらに来られたらどうしようもない。僕達は息を殺して壁と一体化していると、やがて足音が聞こえてきた。やばい、まずい、向こうむいててくれ雷蔵!


「……何やってるの? 忍者ごっこ?」


 バレた。必至で体育館の壁と一体化していたんだけど、無駄だった。煌耶ちゃんと共に観念して雷の元へ向き直った。


「覗き見? 品行方正が聞いて呆れるわね、雅」

「うぐっ」

「煌耶ちゃんも品位が落ちるわよ」

「ぐぬぅ」


 と、一通り雷に怒られて、他言無用の約束を交わされる事となった。なんか今日は口止めをしたりされたりが多いな。品行方正たる僕の生き方では、他人の秘密をベラベラと喋る訳にもいかないので大丈夫なんだけど。まぁ、形式的に僕は秘密を厳守すると約束を誓った。


「というか、体育館裏には近づかない方がいいわよ」

「そうなのか?」

「中学部の告白スポットとして有名よ。不良がタバコを吸っているなんて噂は誰も近づかない様にするカモフラージュよ」

「ほぅ、それは良い方法じゃのぅ」


 なるほどね。道理で先生も見回りに来ない場所になっているはずだ。そういう理由だったのか。


「小学部ではラブレターが流行ってるんだっけ?」

「うむ。私も沢山もらっておるよ。そういうあずま君はこの場所に詳しいのぅ。やはり沢山呼び出されておるのか?」

「男子と女子、両方から呼ばれるわ」


 わお。これが初めてじゃないんだなぁ。すげぇな、雷蔵。いや、凄いのは雷を好きになる方か。性別の壁、心の問題なんて関係ないんだなぁ。恋は盲目……とは、少し違うか。愛があれば国境や性別なんて関係ないってやつかな。


「しかし、あずま君。本当に男女どちらが好きなのか分からないのか?」

「えぇ、そこは私も困っているわ」

「なるほどのぅ。誰か好きになった事はないのか?」

「残念ながら初恋はまだよ」


 ほぅ、そうなのか。というか煌耶ちゃん、凄い勢いで踏み込んでいくな。さすがあの婆さんに育てられただけはある。


「う~む、あずま君には魅力的にうつる人物が現れてないという事か。ならば仕方がないのぅ。例えば、お姉様とかはどうじゃ?」

「う~ん、輝耶ちゃんかぁ……友達だからね。恋愛感情は浮かばないわ。もちろん、雅も」


 雷の視線を受けて少しだけドキリとする。いや、ほら、もし好きだと言われてもすげぇ困るので。友達と言われて安心したけど。


「私は?」

「煌耶ちゃんは妹みたいな感じだし、邪魔するつもりは無いわよ」

「そうか~。謎多き美少女じゃのぅ。では、ひとりえっちは何を見て――」


 僕は煌耶ちゃんの口を素早くふさぎ、ついでにアイアンクローをお見舞いする。


「いぎぎぎぎ、痛い痛い痛いぞ、みやび君! あぁ、ごめんなさい、許してください!」

「お姫様がそんな言葉を口にしない。分かった?」

「はい、分かりました! 痛いです! 許してください!」


 ピンチになったらきちんと敬語が喋れる煌耶ちゃん。婆さんの教育は捻じ曲がってるよ、まったく! ちなみに雷は意味が分かったらしく、顔を赤らめている。いちいち反応が完璧だよな~。下ネタに平気な顔をしながら、きっちり頬を染める。う~む、モテる訳だ。


「今日は一緒に帰る?」


 雷は話を誤魔化す様に聞いてきた。僕は煌耶ちゃんを解放しながら頷いた。


「それじゃ、輝夜ちゃんを一緒に待とうね」

「うむ、お姉様は寂しがり屋だからな。放って帰ると文句を言われてしまう」


 ついでに僕にまでトバッチリがくる。もっとも、僕は輝耶と一緒に帰らないといけないので、当たり前なんだけど。一応、護衛という事になっているし。先祖代々の風習? なのかな。

 両手に花状態で体育館裏から出てくるのは少し警戒した。まぁ、僕達の仲は知れ渡っているので問題ないけど。とりあえず、僕と煌耶ちゃんは気配を消す。


「うわ、なにそれ気持ち悪い」


 辛辣なコメントが雷から浴びせられるが我慢する。そりゃ目の前で存在感が薄くなったら気持ち悪いよな。というか、ほんとどうして煌耶ちゃんはこんなワザを習得してるんだろうか。恐ろしいというか謎というか。

 ひとまず教室まで戻ると、時計の針は三時半を指していた。ひとまず部活動が終わると思われる四時までは教室で待機する事にする。


「ほほう、ここがみやび君の席じゃな。ここから私の教室は……見える訳が無いか。残念じゃ」


 そもそも小学部の校舎は離れている。見えた所で煌耶ちゃんを探し当てるのは無理だろう。その前に僕の席は窓際じゃないので外すら満足に見えないけどね。席替えに期待しよう。

 そんな風に三人で会話しながら四時を待った。チャイムが鳴って、少しだけ校舎が騒がしくなる。文化部が活動を終えたという証拠だ。僕達もそれに習って卓遊戯部がある特別校舎へと向かった。

 廊下の角を曲がる寸前で、煌耶ちゃんが不意に僕達を止めた。


「どうしたの?」

「ロマンスじゃ」


 僕と雷は顔を見合わせた。ロマンス? ロマンスとは、あのロマンスの事だろうか? 疑問に思いながらも角から覗き見る。そこには、輝耶ともう一人、男子生徒の姿。スラリとした高身長に細くフレームの無いメガネ。遠くからでも分かるイケメンオーラをヒシヒシと感じる。それと共に、ある肩書きが彼を覆っていた。

 生徒会長。

 始業式で挨拶したのを覚えている。あれは三年のアルファベット組である生徒会長だ。ほほぅ、アルファベット組がウチの輝耶さんを所望ですか。


「これで輝耶一族の未来は明るいなぁ。良かった良かった」

「いやいや、まだ分からぬよ、みやび君。私達が囃し立てれば実る果実も腐ってしまう。ここは慎重に見守るべきじゃよ、くひひひひひひ」

「そうでござるな、でぃひひひひひひひ」

「二人共、笑い方……」


 雷にツッコミを入れられた。すっかりデバガメが似合う二人になってしまったらしい。

 何を話しているのか分からないけれど、ニヤニヤと輝耶と生徒会長を見守っていると、どうやら会話が終わったらしい。生徒会長は廊下を向こうへ、輝耶はこっちへと来た。僕達は慌てて廊下を後戻り。ある程度まで走って下がるとクルリと方向転換して、今歩いて来ました感を演出した。


「あ、お~い、部活終わったよ~!」


 そんな僕達に気付く事なく、輝耶は元気に手を振った。あちらもロマンスを感じさせない演技力だ。さすがTRPGで鍛えられているだけはある。


「おう、一緒に帰ろうと思って待ってたよ」

「そうなんだ」


 不意に輝耶が僕を覗き込んでくる。


「ん?」


 僕の顔を、何か疑う様な感じで輝耶が見てきた。もしかしてさっき覗いていたのがバレたんだろうか。出来るだけ平静を装いつつ、どうかしたのか、という疑問風な表情を浮かべておいた。


「別に。なんでもないよ~」


 輝耶はそう言って僕から視線を外した。

 何か意味深だけど……まぁ、いいか。きっと生徒会長のイケメン度を僕の顔で再認識したに違いない。

 輝耶は何でもない様に雷と今日のセッションについて盛り上がっている。クラスメイトのアンケートでは絶望的な輝耶の人気も、生徒会長が拾ってくれるのなら問題は無い。やっぱり春という季節は恋愛に積極的になるのかな。

 とりあえず、明日からの学校生活はそれなりに楽しいものになりそうだ。他人の恋愛というものは見てて楽しい。

 上手くいけば良いな、輝耶。

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