第1章-4
父さんから居残り修行と技習得の宿題を言い渡された頃には、すでに夕方を過ぎた夜だった。ちなみに輝耶はとっくに帰っている。一番弟子と二番弟子の差が激し過ぎるのでどうかと思うけど、影守家の役割を考えたらこれが当たり前なんだよな。それでも不公平な気がしてため息が出た。
道場の片付けと掃除を父さんと一緒に終わらせて家へと戻る。すでに夕飯が出来ているので、先を急ぐように食卓に着くと手を合わせて、いただきます、と宣言した。中学に上がってから、幾らでも食べられる気がしてしょうがない。美味しいよね、ご飯。
満腹になって、そのままお風呂に入り、自分の部屋に戻った。さて、何をして過ごそうか思案していると、携帯電話がメール着信を伝えてくる。
「誰だ?」
僕の携帯は滅多に鳴らない事で有名だ。なにせ、友達が少ない。クラスメイトとは普通に話すのだが、特に仲が良いのは誰だと言われたら、僕は腕を組んで考え込んでしまう。嫌われている訳ではないんだけど、いや、そう信じているんだけど……幼馴染に濃い存在が二人も居るので、なかなかね。半分保護者扱いだし。輝耶なんてモテてもいいぐらいには、かろうじて可愛いと思うんだけどな~。やっぱり雷の方が美人だから見劣りするのかね~。
なんて思いながら携帯を見ると、件のお姫様の妹からだった。煌耶ちゃんからのメールで、件名はなし。本文に短く『相談がある』と書かれていた。
「いつものか」
内容を理解した僕は、ひとつため息を吐いた。それから両親に、お屋敷に行ってきます、と伝えると、玄関からそのまま走り出した。
すぐにお城風お屋敷に着くと、インターフォンを押す。ちょっとした時間経過の後、新人メイドさんがドアを開けてくれた。
「い、い、いらっしゃいませ」
「こんばんは。まだ慣れてないですか?」
「あ、あはは……住み込みOKな就職先はメイドとは思いませんでしたもの……」
おじさん、意地が悪い募集の仕方するなぁ、なんて思いながらお屋敷へと入った。絢爛豪華そのもののお屋敷を勝手知ったる様にして移動していく。時々出会うメイドさんに挨拶しながら三階の端っこにある部屋へと辿り着いた。
コンコンとノックして、返事を待つ。
「入って良いぞ」
中から聞こえる煌耶ちゃんの声を確認してから、僕は扉を開けた。そこは僕の部屋より少し大きめの部屋。絢爛豪華とは言い難い、普通の部屋だった。ただし、壁は真っ白で綺麗だけどね。
机があって、本棚があって、テレビがあってベッドがあって。そんなベッドにちょこんと煌耶ちゃんが座っていた。
「こんばんは、煌耶ちゃん」
「うむ。突然の呼び立て、申し訳ないのぅ」
「何言ってるの。僕だったらいつでも呼んでくれて構わないよ」
「そう言って貰えると、私も嬉しいよ」
とまぁ、とても小学部の女の子と話してる気分ではないのはいつもの事。そこが魅力あるといえばあるのだけれど。
煌耶ちゃんがポンポンとベッドを叩いた。そこに座れという事なので、僕は遠慮なく煌耶ちゃんの隣に座る。
「む、お風呂上りじゃったか。湯冷めさせてしまうな。共に布団に入るかの?」
「いやいや、問題ないよ。そのまま寝ちゃったら大変な事になっちゃう」
おじさんと輝耶にぶん殴られる気がする。
「ふむ。中学二年男子といえば性欲の塊。つまりそういう事じゃな」
ほっほっほ、と怪しく笑いながら煌耶ちゃんはニヤニヤと笑う。
「は?」
「遠慮するなよみやび君。いざとなったら私の身体を自由にするが良い」
「へ?」
「遠慮はいらんぞ。性交など恐るるに足らん! なんなら私が――」
顔を近づけてくる煌耶ちゃんの顔を両手を挟み込んだ。本当なら菩薩掌とでも叫びたかったが、そんな事をする訳にもいかないので、我慢する。
「誰の差し金だ……?」
むしろ誰の入れ知恵だ?
「お、おばあちゃんだが?」
「あのババァ……」
煌耶ちゃんになんて技を仕込みやがる……
「それ、僕意外に使うの禁止ね」
「当たり前じゃ」
はぁ、まったく。とりあえず、大きく息を吐いてから煌耶ちゃんを解放した。少しだけ髪形を整えてから煌耶ちゃんは本題へと入る。
「今日は五枚じゃった。五年生になって初日というに、いきなりの新記録じゃよ」
そう言って、煌耶ちゃんはランドセルから五つの封筒を取り出した。それぞれ創意工夫がこらしてある。どれも『煌耶さんへ』と丁寧に文字が書かれており、いわゆるラブレターだと一目で分かった。
メールがある時代にラブレターとは古風な、と思うけれど小学生の間ではラブレターで告白するのが流行しているらしい。しかも三年前からというかなり長い流行で、最早告白のスタンダートと言ってもいいかもしれない。
「お姉さんも見習って欲しいもんだね」
僕が知るところ、輝耶がもらった様子は一度も無い。不思議な魅力を持つ妹の方がモテモテという訳だ。もっとも、煌耶ちゃんの事が好きな少年達も、知識を得れば遠慮する事になるかもしれない。なにせ堕ちた皇族。自分の背中に歴史が圧し掛かるかもしれないとなると、中途半端な覚悟では告白できない。
「しかし、このままいくと同学年の男子を掌握する日も近いかもしれんのぅ。あっはっはっはっは!」
「調子に乗らない」
軽めにチョップを入れておいた。はい、と小さくなる煌耶ちゃん。かわいい。
「とりあえず、いつも通り後ろに居てくれるだけで良い」
「はいはい」
煌耶ちゃんはベッドから立ち上がると、机へと座った。僕はそれを後ろから眺めているだけだ。
彼女は、ラブレターに律儀に返事を書くのが習慣だった。それを後ろから眺めているのが、僕の習慣。始めてラブレターをもらった時に酷く狼狽した彼女を落ち着け、この形に収まった訳だけど。最初の内は僕がラブレターを読み、彼女に聞かせてたんだけどね。
「そんな甘い言葉、自分で読める訳がなかろう!」
というのが煌耶ちゃんの言い分。最近は慣れてきたみたいで、僕が居る必要はなくなったんだけど、こうしている事が多い。フカフカの最高級ベッドを楽しめる機会なんて、この先あるかどうか分からないから、煌耶ちゃんのベッドの感触を楽しんでおく。なんか、そう言うと変態っぽいな……気をつけよう。僕の中の品行方正が泣いているかもしれない。
「今回も全員お断り?」
「当たり前じゃ。話した事もない相手と付き合う訳にはいかんじゃろ」
「ほら、お試し期間とか?」
僕の言葉に、煌耶ちゃんが物凄い形相で振り返ってきた。
「心なんぞにお試しがあってたまるか。そんな言葉、私の前意外で使う事は許さんぞ、みやび君」
「りょ、了解です」
怒られてしまった。年下の女の子に心の有り方について怒られるとは……僕もまだまだ品行方正が板に付いてないというか、なんというか。
「そういえば、みやび君はラブレターを貰わないのか?」
「残念ながら一度もないよ」
「そうか。お姉様も貰っている雰囲気は無いし……雷くんは?」
雷蔵ねぇ~……
「貰ったという話は聞いた事がないけど……本当のところは分からないよ」
「そうなのか? 綺麗で可愛いから男子と女子の両方から好かれそうじゃないか?」
「う~ん、でもやっぱり複雑だよ?」
凄く可愛いけど、男だ。凄く良い子だけど、心が女だ。果たして、雷を好きになってくれる人がいるのかどうか。
「ふ~ん。まぁ、雷くんを好きになると強制的に同性愛になってしまうものな」
なるほど。男子が雷を好きになるのと、女子が雷を好きになるのは、同じ意味となってしまうのか。面白いな。あ、いやいや、他人の恋愛感情を面白いと言ってはいけない。
「愛に国境も性別もないっていうし、そのうち彼氏もしくは彼女が出来るだろう」
「雷くん自身はどうなのだ?」
「あ~……そういや知らないや。今度、一緒に聞いてみるか?」
「そうじゃのぅ。友人の事をきちんと知るのは良い事じゃしな」
確かに。ただの友達、よりかは、単なる親友、の方が良いよな。
そうやって雑談しながらも煌耶ちゃんは返事を書いていく。そんな様子を見ながら、夜も深けていった。余り遅くまでいるとおじさんに怒られるので注意が必要だ。怒るおじさんを叱るおばあちゃん、という構図になってしまうので。ちなみにおばさんはめっちゃ優しい人だ。いつも僕を見てニヤニヤ笑ってるけどね。
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